遠きに目ありて (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書) (創元推理文庫 M て 1-1)
- 東京創元社 (1992年12月10日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (406ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488408015
作品紹介・あらすじ
成城署の真名部警部は、偶然知り合った脳性マヒの少年の並外れた知性に瞠目するようになる。教えたばかりのオセロ・ゲームはたちまち連戦連敗の有様だ。そして、たまたま抱えている難事件の話をしたところ、岩井信一少年は車椅子に座ったまま、たちどころに真相を言い当てる…。数々のアイディアとトリックを駆使し、謎解きファンを堪能させずにはおかない連作推理短編の傑作。
感想・レビュー・書評
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警部の真名部はある縁で小児麻痺で車椅子の信一少年と、その母咲子と知り合う。
信一少年は実に鋭い観察眼で、警部の語る事件の様相から真相を充てる。
警部はこの母子と会うことを楽しみにし、いつか本当の家族になりたいが、自分の心構えがまだまだ足りないんだよな…と思う。
各話では、日本は車椅子の人が出歩くにはあまりにも不便だ、と問題提議している。
当時の日本はバリアフリーという概念も薄く、聡明な少年も同じ年の子たちと自分を比べて気分が暗くなることもあるが、そんな少年に対して、警察官たちが車に工夫をこらして少年と接する姿が優しい。
元は仁木悦子「青じろい季節」に脇役として出てくる少年とその母を作者の天藤真が気に入り、許可を得て自分の作品で主役にしたものらしい。
【多すぎる証人】
団地の中庭でママさんバレー練習中、メンバーの津見よし子の夫が3階のベランダへ這い出てくる。彼は刺されて虫の息で、妻に最後の言葉を伝えて息絶える。
証言を取りに行った真名部警部は、多すぎる目撃者たちのバラバラすぎる目撃証言に戸惑う。
それをある縁により知り合った小児麻痺で車椅子の信一少年に話すと、少年は見事な推理を提示するのだった。
【宙を飛ぶ死】
同窓会の参加者の井沢がホテルから姿を消す。
駆けつけた井沢の婚約者は、井沢の抱えた問題を警部たちに伝える。
捜査が行き詰った時、警部は前回の事件で鋭い観察眼を見せた信一少年のことが思い浮かぶ。
【出口のない街】
やくざとの繋がりを噂され左遷されてきた赤沢巡査。
彼は執念で自分の無実を証明するためのヤクザ、岩堀を探している。
ある街で岩堀を見つけた赤沢巡査。
しかし出口のないその路地で岩堀は死体となって発見され…
今では信一少年のことは捜査陣でも知られるようになり、
家から出られなかった信一も事件現場を生で見たがる。
車椅子の少年を家から出すため警部たちは考えをめぐらす。
【見えない白い手】
資産家の未亡人が、甥に命を狙われていると警察に相談に来た。
「我々の仕事は市民を守ることです。起きる前の事件の相談でもどしどし来てください!」という真名部警部だったが、起きる前の事件に裂ける人数は限られて…
【完全な不在】
信一少年は、警察に捜査協力する小児麻痺の少年として警視庁でも有名になり取材を受けるほどになっていた。
その信一の前で、元大物俳優の大宮と真名部警部が殺人論について議論を交わす。
そしてその大宮の家で死体が発見され…詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1976年頃の作品で、今風の書き方ではないけれど、こういう推理小説も楽しい。名探偵コナンみたい。機会を見て著者の他の作品を読みたくなった。特に映画化された大誘拐。
探偵が警部の話を聞くだけで問題を解くから、読み手と探偵が同じ土俵に立てるところが安楽いす探偵の醍醐味です。 -
くどくなるが、この作家も創元推理文庫で作品が出ていなかったら、全く手に取ることの無かっただろう。そしてその出会いは私にとって実に有意義な物となった。
本作は脳性麻痺で車椅子生活を強いられている信一少年が成城署の真名部警部が持ち込む捜査が難航している事件を明敏な頭脳で解き明かすという典型的な安楽椅子探偵物の連作短編集。しかし特徴的なのは安楽椅子探偵を務める信一少年が身体障害児であり、それに関する社会問題も提起しているところにあるだろう。収録されている短編の初出はなんと76年と30年以上も前のことながら、90年代になってようやく人々の意識が向きだしたバリアフリー不足の問題など、障害者が社会では生きるのには厳しい状況について触れられているのが興味深い。今その視点で読むと、既に使い古された内容と感じるかもしれないが、私が本作を読んだのは90年代の初めの頃だったので、このような内容は実に新鮮で、けっこう心に響いた記憶がある(まだ純粋だったのだね)。この信一親子にはモデルがあり、なおかつ天藤氏が当時から親交の深かった仁木悦子夫婦との付き合いも手伝って、身障者を主人公にしたミステリを書いたことが解説で触れられている。
で、それだけのミステリかといえばそうではなく、収録されている作品のレベルはなかなかに高い。単純なミステリになっていなく、読後考えさせられる内容もある。
どの作品か忘れたが、特に印象に残っているのは肯定できる殺人はあるかというテーマの作品。殺人は許されるものではないという通念を覆されるような思いをしたものだ。
あとどう考えても本当のような話に思えない証人を探す話は、なぜだか未だに記憶に残っている。
そして全作品に通底するのは天藤氏の人間に対する温かい視線だろう。前にも述べたが身障者に対する社会へのさりげない問題提起に、真名部警部と信一親子との交流(母親に対するほのかな愛情も含めて)と社会的弱者に対する優しさに満ちている。この感覚は宮部みゆき氏の諸作の味わいに似ている。数十年後、作者の写真を拝見する機会を得たが、その顔は優しき微笑を湛えており、この人ならばさもありなんと思ったものだ。
無論のこと、この作家の作品を追いかけることになるが、次に手にした彼の作品が私の読書人生において5本の指に入る傑作との出会いになったのだった。 -
眞名部警部が心癒される場所は、ある少年(とその母親)の元だった。その少年は整った顔立ちをしており、明晰な頭脳を持っている。ただ、彼には行動の自由がない。なぜなら彼はからだに障害を持って生まれたからだ。
障害を持った信一少年と、ひょんなことから知り合った眞名部警部。少年のリハビリにとはじめた事件の話だったが、信一は思わぬ推理力を発揮し始める。
障害のある少年が探偵役という異色のミステリー。
いわゆる安楽椅子探偵の類だが、探偵役が少年というのと、彼に事件をもたらす警部の過度な信一ダイスキ光線が微笑ましい。
70~80年代の作品ということで、警察は正義であり、なんだかゆるくて、ずるさがなくて安心できる。
このあたりの年代はおそらく特殊学級なんかができて、障害者に普通の教育をしようという動きが少し出てきた頃ではないのだろうか。
ミステリーを解決する信一少年の推理力も素晴らしいのだが、端々で眞名部警部が「車椅子で通るには道が悪すぎる」とか怒っていて、30年近くたった現在でも「ほんとにそうだ!」と思うこと多し。世の中って変わらないな・・・。
信ちゃんが愛され大事にされてて嬉しくなりました。
警部もかわいいおっさんです。 -
天藤真推理小説全集を少しずつ集めながら読んでいく次第。まずは一巻が手に入っていたので本作からスタート。
推理自体は派手さはなく、スッキリまとまっている印象を受けました。安楽椅子探偵ものとしてストーリーの流れもフォーマットにはめて、良い意味で安心して読める感じ。こういう短編集はやっぱり大事だなぁとしみじみ思える内容でした。
特筆すべきはやはり、探偵役の信一君が脳性麻痺の障害者である点でしょうか。信一君の言動の描写には著者の愛を感じる一方で、社会的な批判には切れ味がみられます。
安楽椅子探偵という手法も、この設定に上手く作用しているように思えます。犯人像が複数の目撃談から浮かび上がる際、 証言者達の世界と信一君の世界はある意味で切り離されていて、推理はするものの、決して交わらないように物語は進みます。徐々にに関係性は変わっていきますが、それでも障害者の社会進出にはまだまだ深い溝がある時代、信一君の視点は遠く、その目から事件を、人々を、社会を見つめているようにも思えます。 -
小気味良いテンポで進む推理連作短編。
書かれたのは1976年である。
だけれど、今読んでもそれほど古さを感じない。
車椅子に乗った少年が探偵役なのだけれど、少年の聡明さはもちろんのこと、周りの人物たちの視点もやわらかい。
けれど、少しだけ思ってしまう。聡明じゃなかったら駄目なのかな……と。ただ、在るだけですばらしいと言えたらもっといいのにな、と、ね。小説にならないかもしれないけどさ。 -
この本の根っこにあるのは、仁木悦子さんの『青じろい季節』というミステリーである。それ自体は個人的にあまりおもしろい話とは思わない。しかし、ちょい役で強烈な個性の少年が登場する。それはちょっと頭のいい脳性麻痺の少年である。他人とコミュニケーションをとるのも大変で、一人では殆どなにもできない。しかし、存在が非常に清清しく何となく気持ちがいい。
そして、その少年を気に入った天藤さんが仁木さんに許可をもらい、その清清しい脳性麻痺の少年を主人公にしたのがこの作品である。ひといきに、安楽椅子探偵もの・・・のくくりにはいれられない何かがある。
この作品の素晴らしさは、ともすればただの福祉奨励小説になりそうな設定をさらに膨らませ、そうである必要性を持たせているところにあると思う。車椅子の少年は、捜査につまった警部の話を聞くだけで真相を言いあてた。
それは、少年が超能力を持っているわけでも異能の人だからでもない。ただ単に、人の話をきちんと整理できるからに他ならない。少年にとって母親以外の人間の言葉というのは非常に貴重なものであった。それは、ともすれば狭くなりがちな自分の世界を照らす光だからである。
他人ときちんと向き合い、他人の一言一言を大事にしている。そういう少年だから・・・。そう、だからこそ見抜いたのである。数多い・・・多すぎる証言の中で『なにが言われていないか』を。それは捜査官の死角であったかもしれない。けれど少年はそれを発見した。
そして、そういうコトを積み重ねて少年は少しずつ世界を広げてゆく。より遠くへと・・・。
実はこの作品はミステリーだけでなく思春期の少年の成長を描いた小説でもある。いちばんの注目は警部と少年のお母さんの不器用な恋愛模様。そして、それを見つめる少年の複雑な心模様なのかもしれない。 -
いつも読んでる本より少し読みにくかったですが、
少年が少しずつ成長するところや、推理のどんでん返し安楽椅子探偵要素など楽しめる要素がたくさんあったのがよかったです。