恐怖 (創元推理文庫 F マ 1-3)

  • 東京創元社
3.53
  • (3)
  • (3)
  • (11)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 167
感想 : 12
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (656ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488510039

作品紹介・あらすじ

アーサー・マッケンは平井呈一が最も愛した怪奇小説家だった。二十代の頃、友人から借りた英国の文芸雑誌で「パンの大神」に出会った平井青年は、読後の興奮収まらず、夜が明けるまで東京の街を歩き回ったという。戦後その翻訳紹介に尽力、晩年には『アーサー・マッケン作品集成』全六巻を完成させた。太古の恐怖が現代に甦る「パンの大神」のほか、大戦中に英国の或る地方を襲った怪事件の顛末を描く中篇「恐怖」などの七編に、作品集成の解説すべてを併載。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 「パンの大神」
    …ロンドンで著名な紳士が次々と自殺していく。見え隠れするのは一人の女性

    「内奥の光」
    …ブラック医師は妻を殺したのか。博士の手記には…。

    「輝く金字塔」
    …友人の家の前に毎夜暗号が現れる。石で軍隊の様子、鉢、三角、半月、そしてアーモンドのような目。1か月前には、妖精隠しにあった少女がいた。

    「赤い手」
    …高名な医師が殺害された。そばには赤い手の落書きがあった。先史時代の人がロンドンの街を跋扈しているのだろうか。

    「白魔」
    …人間は善も悪も混ざり合った生きものだ。みんな似たり寄ったりなのさ。少女の白い悪夢。

    「生活の欠片」
    …お互いを大切に愛し合っている初々しい若い夫婦の日常が綴られているのを、読み進めていくと…。夫の残した詩が夫婦のことを書いたものだとよいな。

    「恐怖」
    …戦時下、情報統制のなか何も知らされないことから、ひたひたと恐怖が忍び寄る。
    田舎町の軍事工場から数百の棺が並べられ、不可解な死が頻発する。敵国からの侵略なのか、それとも。

    〇昨今の小説の文体に慣れ親しんでいると、なかなか噛みごたえのある文章。平井氏の1970年代に訳された作品。東洋と西洋の言葉が混じり合い独特の雰囲気。怪異が文脈からあふれ出る。

  • 古い訳ではあるが軽妙な文体で楽しく読めた。
    パンの大神が一番好き。

  • 一冊丸ごと平井呈一訳のマッケン傑作選。とにかく分厚い。巻末の「マッケン作品集成解説」を除いても600ページぐらいがひたすらマッケンの作品で読み応えバッチリ。
    私の好みでは、冒頭の「パンの大神」とラストの「恐怖」のこの2作が特に面白かった。
    全体を通して、古代の邪神(たぶんケルト系)、民間伝承や前史時代の人類の生き残りなどを不穏に散りばめたようなテイストが楽しめて良かったです。
    「作品集成解説」によると、まだまだこの本に選ばれてない作品の中にも気になるものがチラホラあって読んでみたいですね。

  • 『幽霊島』に続き、創元推理文庫の平井呈一翻訳もの復刻シリーズ(と勝手に思ってる)第二弾はまるごとマッケン。とにかく分厚い650頁弱。「白魔」と「生活の欠片」は古典新訳文庫で既読だったのだけどすっかり内容忘れていたので改めて読めて良かった。以下個別メモ。

    「パンの大神」ドクター・レイモンドという男が、養ってきた孤児の少女メリーに彼の念願であったある手術を施す。立ち合った友人のクラークは、手術後目を覚ましたメリーが何か超自然的なものを目撃して恐怖に震え気を失ったあと白痴になってしまったのを見届ける。レイモンドは彼女が「パンの大神と見た」と言う。(その後たぶん十数年の月日が流れ…)ある村に現れた孤児のヘレンという少女の周辺で不審死が相次ぐ。やがて彼女は名を変えて社交界に現れ、またしても不審な死が続き…。何が起こったのかはっきり言葉で説明されていないので解釈は難しいけれど、なにか超自然的な漠然とした恐怖が残る。

    「内奥の光」作家のダイスンは旧友と偶然再会し『ハールズデン事件』の話を聞く。ブラックという医師が妻を殺害した容疑で逮捕され、妻の遺体は検死の結果、その脳に異常がみられたという。ダイスンは好奇心からブラック夫妻のことを調べるうちに、なんと老いさらばえたブラック本人と出会い真相を知るが…。実は医者が妻の脳にある手術をしていて…という「パンの大神」と似た系列の話。魂が閉じ込められている美しいオパールというのが鮮烈。

    「輝く金字塔」またしてもダイスンが探偵役。田舎に住む友人が謎解きの協力を求めてやってくる。近隣で少女の失踪事件が起き、前後して彼の家の庭に、小石を並べた奇妙な図形が毎朝描かれているというのだ。ダイスンはその謎を解き、その図形が差している時間と場所に友人を連れていくと…。ありえない、といえばそれまでだけど、なんだかありえそうで怖いのがマッケンの特徴。簡単に言うと邪悪な小人が踊ってるだけなんだけど、『1Q84』のリトルピープル思い出す。村上春樹もマッケン読んだのではないかしら。

    「赤い手」これまたダイスンもの。古代人について調べている友人とダイスンが夜のロンドンを散歩していると、紳士の遺体を発見。現場に落ちていた凶器は古代の石斧で、壁には赤い手の絵が描かれていた。ダイスンは謎を解き、犯人をあぶりだすためある罠をはり…。ダイスンものは一応推理小説風の展開になっているけれど、解決の仕方はミステリーとは言い難く荒唐無稽だしやはり超自然的。

    「白魔」語り手が友人から借りたある少女の手記を読むという枠が一応あるけれど、内容はほぼその少女の手記。幼い頃から乳母に、彼女の曾祖母から聞いたという妖精や魔術にまつわる不思議な物語を聞かされて育った少女は、自身も不思議な体験をし、教わった呪術を使うようになり…。伝承されている物語自体はケルト系の素朴なものなのだけど、それが現実に起こるのはやはり怖い。こういう女性たちが魔女と呼ばれたのだろうなと思わされる。

    「生活の欠片」ある夫婦のこまごまとした日常生活が延々続く。終盤でちょっとした意識の転換があるのだけど、とにかくそこまでが長いので意図を把握しづらい。ある意味難解。

    「恐怖」第一次世界大戦中、イギリスの辺鄙な町で次々と奇怪な殺人事件が起こる。崖や沼への不自然な転落は自殺として処理されたが、一家惨殺や説明のつかない殺人もあちこちで起こり人々は姿の見えない犯人に怯える。戦時中ということもあり、軍事工場の爆発など不穏な事件も続出、一説にはドイツ兵の仕業とも。医師のルイスは仕事柄事件現場に立ち会うことも多く推理を巡らせるが…。これだけで薄めの文庫1冊分はある長編なのだけど、とにかく奇妙な事件の羅列でなかなか真相に辿り着かない。ルイスの出す答えはもちろん超自然的なものなのだけど、ありえないとは言い切れない。

    巻末に翻訳者の作品解説も収録。こんなに分厚いのにまだ収録されていない作品もたくさんあり、マッケンはもっと読みたい。

  • 現代に照らし合わせて読んでしまうと物足りなさが残るものの、この作品が書かれた年代を考えれば賛否両論巻き起こした問題作と言われるのは理解出来ます。ただ個人的には再読は無いです。

  • ところが、ぼくは、人間の目がああいうまぼろしを見れば、害なきを得ないということを忘れていたのだ。またきみが言ったように、生命の家をあんなふうにあけ放すと、なにが飛びこんでくるか知れたものではない、ひょっとすると、人間の肉体は真言秘密の悪魔のかぶりものにならないともかぎらない、ということもぼくは忘れていたのだ。つまり、ぼくは自分にまだわかっていない力をもてあそんだのだ。

    2022/4/3読了
    S・キングが『心霊電流』で献辞を捧げた『パンの大神』を収載。見れば正気を保てなくなる、恐ろしい異世界がすぐ傍にある、という世界観は共通している。
    ところで、「身体上の危険はぜったいにない」と断言したくせに、ドクター・レイモンドの実験は、悲惨な事態を招いてしまう。で、言って(書いて)いることがコレ。「どうだ、こう考えれば説明が付くだろう」とドヤっているようだが、後悔・反省しているとは全く思えない。

  • パンの大神、白魔、恐怖がよかった。マッケンは文明や進歩に懐疑的。彼が信じるのは太古に存在した神々、精霊、悪鬼たち。翻訳は時代を感じて読みづらかった。

  •  後期作品「恐怖」(1917)以外は1890年代の初期作品を集めた、イギリスの古典的怪奇小説作家マッケンの中短編小説集。630ページとかなり分厚くて読み応えのあるボリュームだった。高校時代あたりにマッケンは1,2冊読んでいたようだが、その頃とはたぶん違う視点で読んだ。
     いずれの作品にしても、マッケンの興味は「幽霊」でも「犯罪」でもなく、遙菜遠い森に潜む何かや、先史時代の名残を示す存在にあるようだ。日常世界に潜む何かを露出していこうというスタイルは、ラヴクラフトと共通である。というか、ラヴクラフトがマッケンの影響を受けているらしい。
     しかし、マッケンの作品では「隠されていた存在」がクライマックスでついに姿を現す、といった明瞭な場面はない。ラヴクラフトなら異形の存在が遅くともクライマックスまでに出現し、その形状が詳しく描写されるところだが、マッケン作品ではいつもハッキリしたものが呈示されずに終わる。何が起きたのか、その具体的な記述がないままに終わってしまうのである。そこが、現在の視点からはホラー作品として刺激が足りず、不明瞭すぎる印象が強い。
     描写はじっくりと書き込まれている感じだが、文体はどこか鈍重で、ともすれば10ページ以上も改行の無い叙述が続いたりして、辟易させられる。
     異色なのは「生活の欠片」(1890)という作品で、凡庸な若夫婦の凡庸な生活が、前半延々と微に入り細に入り記述される。これでは普通小説だ。後半も、さほど異常な事件が起きるわけでもなく、ほとんど怪奇小説とは呼べないものとなっているのだが、主人公がしばしば思いを寄せる遥か遠くの森の光景が、その憧憬が強すぎるために生活を破砕しかねないという、そのじわじわと迫る心的イメージが、強いて言うと他の怪奇小説作品と同様の顕れ方をしている、とは言える。
     ロンドンでの都市生活に隠された何かを常に待望し続けるというマッケンの小説世界は、それ自体は馴染みやすいものだ。ただ、それが巧く書けているかどうかは、ちょっと疑問である。

  •  ヴィクトリア朝時代の英国ウェールズに産まれた稀代の作家アーサー・マッケン。牧師の子であったがアーサー王伝説の色濃いウェールズで育った故か、神学と同時に隠秘学(オカルト)にも傾倒し、前期はケルト神話やギリシア神話をモチーフとした幻想的な怪奇小説を連続して発表したが、いずれも当時の価値観に合わず「不道徳な汚物文学」として批判された。第一次世界大戦を経験した後、後期には主にエッセイや犯罪実録を執筆するようになる。
     本書はその怪奇小説家としてのマッケンをリスペクトした傑作集である。クトゥルフ神話~ラヴクラフトを経由してマッケンを手に取った。次は『怪奇クラブ』を復刻してほしい。

     以下、ネタバレ無しの各話感想。
    ----------------------------------------------------------
    『パンの大神』
     医者が真実を求めて行ったある実験。裕福な農家に養子としてもらわれた少女の周囲で起きた奇妙な出来事。ロンドンで続発する変死事件。これらをつなぐミッシングリンクとは。「パンの大神」とはいったい――?
    (当時の宗教的道徳観により描写自体は曖昧な仄めかしに徹しているが、それでもと言うべきかそれゆえにと言うべきか、インモラルなエロスを感じる作品。余談だが、パンの大神というイメージはやがてシュブ=ニグラスの化身という体でクトゥルフ神話に取り込まれていく。)

    『内奥の光』
     ロンドンの郊外にある田舎に住む医者の妻が変死する。解剖の結果、彼女の脳髄は人間とも動物とも異なる、悪魔のように異質なものだったという。話を聞いて興味を持ったダイスンは独自に調査を始める。はたして医者の妻に何が起きたのか――。
    (マッド・サイエンティストもの。当時の「家庭の天使」という価値観を鑑みれば、道徳を説きながらもそれを承知することになる妻に対して、ただただ憐憫の情しかない。)

    『輝く金字塔』
     ダイスンの元を旧知のヴォーンが訪ねてくる。ここ最近、家の前にある道に、時々石のかけらで奇妙なシンボルが作られているという。そのかけらが大昔の石のやじりであることに気付いたダイスンは、好奇心からこの奇妙な事件を調査してみることに――。
    (作家探偵ダイスンものの一編。クライマックスの描写には異種姦めいた独特の猥雑さがあり、そういうものが好きな人には一読の価値はあるだろう。本作を含めてマッケンの作品に時々登場するこのような小さい人々は、やがてヴーア族としてクトゥルフ神話に取り込まれていく。)

    『赤い手』
     ダイスンと友人のフィリップスは夜の散歩中に他殺体に出くわす。地面には凶器と思しき石斧が、壁には赤いチョークで書かれたハンドサインのようなものが描かれていた。調査を始めたダイスンは犯人を見つけることができるのか――。
    (作家探偵ダイスンものの一編。序盤から終盤まで推理小説の体で話が進むので、なぜこれが収録されているのかと思いきや、その結末に、なるほど収録されるわけだ、と首肯。)

    『白魔』
     緑色の手帳に残された少女の手記。幼少の頃より人ならざる存在を認識していた彼女はある日、迷い込んだ森のなかで「白い人」に魅せられたことを機に、この世ならざる世界に足を踏み入れるようになる――。
    (東雅夫曰く「マッケン流妖術小説の極北」。怪奇小説ではあるが、どちらかというと少々恐怖演出のあるファンタジーの体でなんとも幻想的な作品。本作で散見されるアクロ文字などの独特な単語は、やがて形を変えてクトゥルフ神話に取り込まれることになる。)

    『生活の欠片』
     平凡な銀行員であるダーネル。ある日、妻の叔母から百ポンドの小切手が送られ、妻と使い道について意見を重ねていく。また、空き室を誰に貸すかという問題や女中の交際相手に対する問題、更に叔父の浮気疑惑まで飛び出し、ダーネルの周囲は俄に騒がしくなっていく――。
    (最初は平凡な銀行員の周囲で巻き起こる騒ぎを描いているだけと思いきや、所々に非日常的なナニカを飛び出させて、これがそういうものではないことをアピールしてくる。しかし不気味ではあるものの恐怖感は薄く、幻想的な不穏さを漂わせるに留まっている。そこまでの展開や結末を含め、ラヴクラフトを経験している人であれば受け入れやすい内容だろう。)

    『恐怖』
     第一次世界大戦の最中、ウェールズの西のはずれにある片田舎で変死事件が続発する。はたしてそれは怪物によるものか、殺人鬼によるものか、それとも秘密裏に侵入してきたドイツ兵の新兵器によるものか。その地に満ちる「恐怖」とはいったい――。
    (片田舎で続発する変死事件の顛末を描いた群像劇。未知の恐怖に翻弄されながらも手元にある情報を元に推理を繰り広げる地元民たちは、現代で言うなら、新型コロナウイルスという「未知の恐怖」に翻弄される我々でもある。その「恐怖」は時代も場所も情報の過少も関係なく人の心を蝕む。最後の独白は戦争を経験したマッケンならではであろう。)

  • 2021年9月24日読了。19~20世紀に生きた作家アーサー・マッケンの代表作『パンの大神』を含む7篇の中短編をセレクトした短編集。何分古い小説ではあるが、訳のバランスがいいのか読んでいて黴臭い感じは受けず、古きよきイギリスの香り漂うクラシックとして読めた。人間の科学が踏み入れてはいけない領域を侵し、世界の裏側でうごめく太古の存在が現代社会を浸食する…という恐怖を直接に描かず伝聞でほのめかす『パンの大神』はなるほどテーマとスタイルが合致し、じわじわ慄然とさせられる名作と感じるが、他の中短編は正直21世紀に生きる現代人たる自分にはかったるく冗長で読み終わるのにつらいものがあった…。とはいえ賢者は歴史に学ぶという、たまに古典に触れることは大事というものだろう。

全12件中 1 - 10件を表示

アーサー・マッケンの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×