戦禍のアフガニスタンを犬と歩く

  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560080627

作品紹介・あらすじ

タリバン政権崩壊直後の冬のアフガン-。英国の元外交官が、戦乱の生々しい爪痕と、かつてあった文明の痕跡をたどり、いまだ混迷から抜け出せずにいる国の姿を描く。「王立文学協会賞」「スコットランド芸術協会賞」受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 「二〇〇〇年のある日、ローリー・スチュワートは故郷のスコットランドを散歩していて、ふと、このまま歩き続けたらどうだろう、と考えた。それがすべての始まりだった。その年、彼はイランを出発し、アフガニスタン、インド、パキスタンを経由しネパールまで、アジア大陸を横切る全長九六〇〇キロを踏破する旅に出た(「訳者あとがき」より)」。だが、タリバンに入国を拒否され、アフガニスタンは後回しにするしかなかった。翌年にタリバン政権が倒れると、彼は大急ぎでネパールから引き返してきたのだ。

    通常アフガニスタンの西の都市ヘラートから東のカブールに行くには、ヒッピーたちが旅したように南のカンダハールを経由する。それなのに、あえて最短距離のルートを選択し、積雪三メートルに及ぶ冬の山岳地帯を抜けて歩き通した苛酷な旅の記録だ。誰からも冬季に山岳地帯を行くのは無謀だと説得されるが、南はまだタリバンの勢力下にあり、そこを通るのは危険だ。彼は一刻も早く踏破したかった。歴史学者でもある男はムガール帝国初代皇帝バーブルの日記を通して、彼が同じルートを冬に踏破したことを知っていた。

    邦題には「犬と歩く」とあるが、はじめは犬は登場しない。その代わりに武器を携行した男三人が旅のお伴だ。なにしろ、タリバン政権が崩壊してたったの二週間だ。外務官僚のユズフィは言う。「きみはアフガニスタンの観光客第一号だよ。(略)護衛を連れて行きなさい。これは譲れない」。彼は市場で手ごろな木の棒を買い、鍛冶屋に行って両端に補強用の鉄を取り付けてもらう。この杖は「ダング」と呼ばれ、山道を歩くとき重宝するが、いざというときは武器にもなる。

    この本のことは、ロバを連れてモロッコを旅している邦人のツイッターで知った。本の影響を受けてのロバ旅らしい。モロッコではマカダム(村長)が行く先々についてきて、次の村まで同行し、そこのマカダムに引き継ぐ。イスラム教の喜捨の精神で、旅人は大事にされるのだ。この本のなかでも、日が暮れて村に着いた旅人は一夜の宿と食事を提供され、翌日次の宿を紹介してもらって旅を続けている。一日の旅程が終わる頃には次の村で休めるようになっている。今は荒れ寂れているが、かつては通商のために人が通った道なのだ。

    もっとも、当時のアフガニスタンは、まだ各地でタリバンが戦っており、宗派間、部族間の抗争も続いていた。武器を携行した男たちが同行していては、村人も投宿を拒否できまい。喜捨といえるのかどうか。食事といってもパンとお茶がやっとで、時にはパンさえ出ないときもある。どの村も貧しく自分たちが食べるのもやっとなのだ。旅はおろか、女たちは村から離れることができず隣村のあることさえ知らない。

    そんななか、泊まった一軒の家で、犬を連れていけと勧められる。大型のマスティフ犬の一種で、オオカミ対策に飼われているという。ただ、餌代にも事欠く有様で、彼が貰ってくれれば餌にもありつけるだろうという。彼はためらったすえ、その犬を引き受ける。皇帝にあやかって「バーブル」と名づけられた、この犬がいい。イスラム教の国では、犬は不浄な動物とされ、ペット扱いされない。ただ使役されるだけだ。当然、犬の方も飼い主に愛着も示さなければ、遊びにつきあうこともない。だが、スコットランド人はちがう。

    はじめは居場所を離れることを嫌がり、歩き出してもすぐに地べたに座り込んで動こうとしない。パンで釣ったり、紐を引っ張ったりしてやっと動き出す始末。ところが、そんなバーブルが少しずつ彼に心を開き出す。雨や雪の中を苦労して歩き、村にたどりつくと、彼は嫌がる村人に頼み込んで、犬をどこか屋根の下で寝させてくれるように頼む。それをすませるまで自分も家の中に入ろうとしない。食事に肉が出ると、犬にも分けてやる。旅が終わったら、スコットランドに連れ帰るつもりでいる。

    どこを向いても厳しい自然と貧しい人々の暮らしがあるばかり。そんなある日、険しい山の中で尖塔を発見する。伝説の「ジャムのミナレット」だ。「細かい複雑な彫りの施されたテラコッタにターコイズブルーのタイルが線状にはめ込まれた細長い柱が、六〇メートルの高さにそびえている」。塔の首のあたりにはペルシアンブルーのタイルでこう綴られている。「ギヤースウッディーンはヘラートにモスクを、チスティシャリフに修道僧のドームを建て、失われた都ターコイズ・マウンテンをつくったゴール帝国のスルタンだ」

    彼はその辺り一帯の司令官の家に誘われ、塔についての話を聞き、地中から掘り出したものを見せてもらう。何人もの考古学者が訪れながら、遂に発見することのできなかった、失われた都ターコイズ・マウンテンの遺跡は、盗掘者の手で掘り出され、二束三文の値で売り飛ばされていた。かつて、チンギス・ハーンに焼き尽くされた伝説の都は、ずっとイスラムの遺跡として守られてきた。しかし、タリバンが追いやられた今、僻遠の地ということもあり、新政府の目も及ばず、せっかくの文化遺産は荒らされ放題になっている。

    地下に貴重な文化遺産を蔵しながら、ヤギが食べる草も生えない高地に暮らす人々は、掘り出した遺物を売って暮らすしかない。皮肉なことだ。遺跡を見る目は歴史学者のそれで、この部分は明らかに他とは筆致が異なる。だが、その後、旅は苛酷になる。赤痢に罹り、下痢で体力を奪われながら雪の山道に踏み迷う難行が待っていた。さすがの彼も凍った湖を行く途中で力尽き、もうここで旅を終えてもいい、と雪の中に倒れ込んでしまう。彼を救ったのはバーブルだった。首に吐息をかけて起きるよう促すのだが、それでも動かないでいると、歩いて行って振り返り越しに一声吠える。その姿に彼は自分を恥じ、再び立ち上がる。

    バーミヤンの石仏が象徴するように、過去に偉大な文化を擁しながら、行路にはかつてを偲ぶよすがとてない。荒れ寂れて人も通わぬ道も、かつては隊商が駱駝に乗って通った道である。歴史家として彼はそこに何を見ていたのだろう。果たして人類は成長したといえるのだろうか。著者は声高に語ることはないが、書かれたものを読めば、その思いは読者の胸に迫る。淡々とした筆致で綴られた手記には、最後に物語のような思いもかけない幕切れが待っている。この旅に出ることで、彼はバーブルと出会うことができた。これを縁といわず何といえよう。原題“The Places in Between ”を『戦時のアフガニスタンを犬と歩く』とした訳者の思いがわかる気がした。

  • コーランは物理的に他の書物と同様に扱えるモノではなく、公的に話すのは一部の指導者に限られる。

  • 書評を読んで、本屋で取り寄せして読んだが、読んだ甲斐があった。タリバン崩壊直後のアフガニスタンを歩いて横断する話だが、筆者がアフガン中東の歴史に詳しいので、通常のルポよりもよく分かる。とにかくアフガンの貧しさや近代化から取り残されている事が実感できるし、文化的な原因もある事が分かる。この国が近代化するのは至難の業ではないか。相棒の犬との交流は素晴らしく、よっぽど人間よりマシだと思う。

  • 20220130

  • 最後がちょっと悲しい。
    犬好きとしてはマスチフ系の大型犬とカブールまで徒歩行とは
    それもタリバンの残党が跋扈する土地を
    勇気と冒険心の物語
    こういう人物には脱帽
    こういう人物が国会議員のイギリスが羨ましい
    こういう人物はウソをつかないと思う

  • ちぐはくなアフガニスタン人との会話が、アフガニスタン人の友人との会話を思い出させた。

    残酷で過酷なはずなのに、淡々と話が流れていく。

  • ■一橋大学所在情報(HERMES-catalogへのリンク)
    【書籍】
    https://opac.lib.hit-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/1000676920

  • アフガニスタンをヘラートからカーブルまで、徒歩で横断したイギリス人元外交官の旅行記。

    過酷な気候、病気や疲労に襲われる自らの体調、相棒である犬の変調、道々で会う人々の生活の様子、アフガニスタンの峻厳な自然。そのどれに対しても等距離で描写しようという態度がほぼ全編に亘って貫かれている。その一貫した姿勢は、母国ではない地で働く私にとって非常に勉強させられるものがある。

    ほとんど、と書いたのは、本書6章の本文と原注で、先進国の"援助"政策立案者に対する痛烈な見方をしているが、そこだけは、今まで抑制的に記載してきた彼の信念が発露している。他の部分との対比で、余計にそれが際立っている。

    翻訳も非常になめらかで、読みやすさには問題がない。残念なことを挙げるとすれば、人名や地名のカナ表記のチェックが甘いということと、ダリー語をカタカナ表記し、そのあとに日本語をつけるという表現方法が随所に登場する。著者が文法的な誤りをして、それをあえてそのまま日本語に翻訳したということであれば、それは一つの技法かもしれない。ただし著者は相当程度ダリ―語ができると思われるため、このような初歩的なミスはなされないとも考えられる。

  • 未(ま)だ完璧に熟読して無い!けども?、此(こ)の時期のアフガンは?、ある意味では今と違って若干安閑(じゃっかんあんかん‥平穏の意味)な状態だった!ので、既定されたコースの旅とは言え?…貴重な旅行記と言えそうですね?‥。

    追記‥この書籍の序文の中で、面白い?と言うか?、エッセンス?的な要素が有った!ので?…加えた記述が反映されて無ければ?…他のアプリに移動(と言うか重複追加)して詳しく記述させて戴きます!。

    再追記‥他のアプリでの登録(他の類似も、外部連携による自動的拡散性が有るアプリに)は?…登録は確認出来ませんでした。ので、改心して‥このアプリでの評を記述させて戴きます‥謝…罪‥詫‥。

    再々追記‥ネタバレでは無いので、ネットはしません!!が評の続きを再記述させて戴きます。
    アフガニスタンの様な地域は…やはり不毛が本当に在るのですね…、こう言う言い方も変は承知の上ですが是非温暖化が齎した事を御祈り申し上げたいです。
    アフガニスタンは13世紀のチンギスハーンが有名ですが、我々日本人の片割れの先祖も、通って列島にやって来た(アイヌ系が有力視されてます)ので尚更です。

  • アフガニスタンのムスリムの間で犬は不浄の動物とされ、犬を連れて歩いているというだけで石を投げつけられることもあったといいます。
    外国人、異教徒というだけで十分苦労なことなのに、なぜ犬という疫病神を引き受けるのか。(実際犬と出会う以前も旅は苦難の連続でした)
    そしてこの犬の運命。旅の終わりに待ちうけたものは、確かにどんなフィクション作家も思いつかない結末です。

    もちろん、犬が主人公なわけじゃなく、アフガニスタンという国が、国家という概念で括り切れない多様さを持っていることを、歩く旅ならではのつぶさな観察で伝えてくれています。

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