鬼殺し(上) (EXLIBRIS)

  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (381ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560090480

作品紹介・あらすじ

東山彰良氏推薦! 魂を震わす巨篇
 日本統治時代から戦後に至る、激動の台湾を生き抜いた客家の少年と祖父の物語。「現代の語りの魔術師」と称された台湾の若手実力派による本書は、莫言に激賞され、数々の文学賞を受賞して高く評価された。
 1941年12月、日本軍を乗せた汽車が客家の村にやってきた。祖父に育てられた怪力の少年・劉興帕は、日本軍中佐の養子となって入隊し、日本人になることを夢見て戦う。だが敗戦を迎えると、今度は国民党軍が乗り込んできた。祖父は帕の片腕を切断してともに台北に逃れ、帕が日本兵だった過去を消すために偽の死亡証明書を手に入れる。帕は台湾人として再生を果たすべく、故郷へ帰っていく。
 日本への抵抗心を持ち続ける「鬼」としてさまよう帕の大叔父・呉湯興は、「鬼王」と呼ばれる客家の抗日英雄だった。二・二八事件まで続く台湾の混乱を目撃した鬼王は、村で帕と再会し、ついに自分を殺してくれと帕に頼むが……。
 常にアイデンティティの揺らぎの中で格闘する帕。台湾には孤児のようなイメージがつきまとう。歴史に翻弄され変貌する村を舞台に、いくつもの物語を紡ぐことで、人間本来の姿の再生を描ききった大河巨篇。

感想・レビュー・書評

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  • 大日本帝国統治下の台湾、山合いの小さな僻村に巨大な鉄の怪物がやってくる。それに立ちはだかるのは、小学生にして既に身の丈180センチの怪力の少年であった。往々にして、新しい世界の到来は、怪物然としている。しかし、少年は臆しなかった。それは、豪華客船にも見紛う、壮観にして精悍な汽車であり、やってきたのは日本陸軍の中佐であった。少年はその勇猛を買われ、中佐の養子となる。さて、少年の育ての親である祖父は、大陸から台湾に渡ってきた客家の子孫であった。また、かつて日本の台湾領有に抵抗した志士でもあった。ここに、長きにわたる孫と祖父の、愛憎の軌跡が始まる。皇民化運動、国家総動員、米軍の空襲、上陸、そして、国民党の台頭、二・二八事件。日本人になろうとした孫と、中国人であろうとした祖父の紆余曲折は、そのどちらをも承服しない台湾を浮かび上がらせる。

    遡れば、1661年までスペイン、オランダの植民支配を受け、鄭氏政権の統治、清朝の支配、そして、日本の植民支配を経て、中華民国国民党政権下に入った台湾。現在、その人口の98パーセントを漢民族が占めるが、そのルーツはけして一様ではない。古くから中国南方より渡ってきた闘南語(台湾語)を話すホーロー人、清朝の時代にやってきた客家語を話す客家人、そして、国共内戦で追われてきた北京語(中国語)を話す外省人。忘れてならないのは、アミ、パイワン、タイヤル、サイシャットなどの先住民(政府から認定されたものだけで、16ある)の存在である。人口にして2パーセントに満たないが、先の漢民族の85パーセントが、すでに先住民との混血という調査結果もある。本書が詳らかにするのは、そんな複雑多岐で、多言語多民族の島としての台湾である。

    筆者は1972年生まれ、父が客家人、母がホーロー人で、自身のアイデンティディは客家だという。幼少時は、北京語を標準とする政府の言語政策(日本語を駆逐するためでもある)で、方言を話すと罰せられるため、学校では北京語、家庭では客家後と闘南語を使い分けて育った。本書は構想から5年、筆者37歳で上梓されたが、途中、執筆に行き詰まり、当初の客家語主体で書く試みも断念せざるをえなくなったとされる。しかし、本書は一貫して「台湾という郷土に生きる多様な人々の言葉を取り戻す」ことが徹底されている。言葉を取り戻すとは、その言葉でしか表せない意味世界を取り戻すことでもある。その圧倒的な語彙力、描写力には感嘆させられるばかりだ。驚天動地、疾風怒濤の傑作。翻訳も素晴らしい。

    「マジックリアリズムを駆使した、全華文小説における最高傑作だ。この鬼を満載した、創作の極致を窮めた小説は、まるであり得ない速さで走る鬼列車のようで、私は、その大型の高圧ボイラーのような創造力に、『自分なら限度オーバーでとっくに爆発してバラバラになっていたにちがいない』と、恐怖に身ぶるいするほどの感動を覚えた」駱以軍

    「殺人は容易だが鬼殺しは難しい、これをやってのけたその文才には驚嘆するばかりだ。民国六○年代(一九七〇年代)生まれの昔日の青年が、今まばゆいばかりの文学の花を咲かせた」莫言

    「繁茂する言葉が、霊魂=「鬼」たちを慰める呪文であるとしたら、この過剰さは台湾の受けた痛みの深さを示すものだ。怪力の帕はあらゆるものを背負い続ける。汽車、家、寝台、石碑・・・。しかし、彼がずっと背負っているものがあるとしたら、それは台湾の歴史そのものである。」小野正嗣

    「甘耀明は二〇一四年九月に来日した際の講演の中で「鬼殺し』について「日本統治時期に生きた人々を、これまでの作品に見られるステレオタイプな台湾人像、日本人像ではなく、人間本来の姿に戻して捉え直したかった」と語っている。従来の「台湾と日本」という対立構図に、「人と鬼」の図式でゆさぶりをかけ、新たな座標軸を打ち立てようとする壮大な構想があったことがわかる。「鬼殺し」は、関牛奮という小さな山村に生きた人々の歴史記憶の再構築をとおして、台湾の主体性を回復する道を模索した台湾のポストコロニアル文学であり、台湾現代文学を代表する作品と言ってよいだろう。」白水紀子(訳者)

  •  怪力無双の青年が力業で強引に問題を解決する。台湾の客家族の青年、劉興帕は神に愛された怪力を持つ。
     祖父、劉金福の反対を聞かずに大日本帝国陸軍の鬼中佐、鹿野の養子となり日本名、鹿野千抜を名乗るようになる。

     かつては何もなかった客家族の村、関牛窩には鉄道が敷かれ、だんだんと軍事要塞化していき台湾全土から学徒兵が集まるようになる。帕は皇軍軍曹となり、彼らをまとめて突撃訓練を繰り返す。
     村は次第に変容し、ついには米軍の空襲が関牛窩を襲う。


     徹底して滑稽でコミカルな表現だ。飛行機もどきの円盤で爆撃機を迎撃したり、夜な夜な墓場では死体が鬼となり跋扈する。
     その表現が空襲のシーンでは逆に狂気が強調される。

    「上流から流れてきた死体の茹でて膨らんだ内臓から絶えずスースーと空気が抜けて、まるでこんなに腹いっぱい食べたのだ、死んでも損はなかったと感極まってため息をついているようだった」
    「ある八人家族は戦火をもろともせずにご飯を食べていた。子供はおかずを争って食べ、大人はスープを飲み、スープの汁が口の隅に付いていた。ただすべてがもう動かなかった。焼夷弾が彼らを瞬時に炭化したのだ。風が吹いてきて最後の晩餐は一陣の黒い風に変わり、楽し気に消えて行った」

     これほどコミカルに一般市民に対する空襲を描ける日本の小説を見たことが無い。

     辮髪の祖父は日本に歯向かい懲罰牢へと放り込まれ、
     徴兵される父を離すまいとする娘は父を挟んで汽車と同化する。
     帕の従兄は神風特攻隊に志願し空に散った。

     戦争が何をもたらしたのか。それを戦地はどう受け止めたのか。日本の小説だけではなく、海外の小説を読むことは、今までとは違う側面を知ることになる。

     
     終戦後、大日本帝国軍が撤退した後の台湾は、客家族の村はどう変貌していくのか。下巻に続く。

  • 日本人の鬼中佐の養子となったタイヤル族で無敵の主人公と台湾への日本の侵略を象徴する鉄道が駆け巡る関牛窩(グアンニュボー)という架空の村の物語。
    もう想像の範囲を超えてしまっているのだが、ところどころでとても美しい場面があって読み進めてしまう。不思議な魅力がある。

    実際の台湾史を題材として、マジックリアリズムの手法を駆使した作品、とのこと。

  • 装丁と内容とのギャップがこれほどまで大きな本を見たことがない。でもよく考えると、表紙の絵のような光景が目に浮かぶ読者は、真に理解している人だとも言えるかもしれない。

  • 書籍についてこういった公開の場に書くと、身近なところからクレームが入るので、読後記は控えさせていただきます。

    http://www.rockfield.net/wordpress/?p=8960

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著者プロフィール

1972年、台湾・苗栗県生まれ、客家出身。2002年「神秘列車」で寶島文学賞審査員賞、「伯公討妾」で聯合報短篇小説審査員賞を受賞するなど、6篇が文学賞を続けて受賞し、03年にこれらの作品を収めた初めての短篇小説集『神秘列車』を刊行。その多彩な表現により「千の顔を持つ作家」と呼ばれて注目を集めた。「新郷土文学」のホープとして、その後の活躍はめざましく、05年、中短篇小説集『水鬼學校和失去媽媽的水獺』で「中国時報」年間ベストテン賞、中篇小説「匪神」で呉濁流文学賞、06年「香豬」で林栄三文学賞受賞。09年、五年の歳月をかけて書きあげた長篇小説『鬼殺し』で「中国時報」年間ベストテン賞、台北国際ブックフェア小説部門大賞などを受賞し、〝新十年世代第一人〟の代表作と高く評価された。15年、『邦査女孩』を刊行、台湾文学賞金典賞などの賞を受賞。17年、『冬将軍来的夏天』を刊行。作品を発表するごとに話題を呼んでいる。邦訳書に『神秘列車』、『鬼殺し 上・下』(以上、白水社)がある。

「2018年 『冬将軍が来た夏』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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