イギリスの情報外交 インテリジェンスとは何か (PHP新書 326)
- PHP研究所 (2004年11月16日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (262ページ)
- / ISBN・EAN: 9784569639925
作品紹介・あらすじ
老練なイギリス外交の背後には、常にインテリジェンス活動があった。古くは16世紀のエリザベス王朝の時代に始まり、20世紀初頭に活動を開始したMI6は世界中に名を馳せた。そしてチャーチル首相は、毎日のように届けらる暗号解読情報を、「私の金の卵」と呼び重宝したのだ。本書は、近年公開された20世紀前半のイギリス情報関連史料をもとに、一九四〇年代のイギリスが、対日極東政策を推し進めるにあたって、インテリジェンスをいかに活用し、外交成果に結実させたのかを明らかにする。
感想・レビュー・書評
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【由来】
・XYSAで小川先生が言及して、興味を持った。
【期待したもの】
・イギリスのスパイ活動がどんなものか。
【ノート】
・ニーモシネ
第2次世界対戦前夜のイギリスのスパイ活動がどんなものかと思って読み始めたが、スパイと言うより、シギント(盗聴や暗号解読)を中心とした相手(この場合は日本)の外交的意図の把握と、世論操作によるプロパガンダによる相手の牽制が、どのような内情により、どのようなタイミングで行われ、それがどのような結果につながったが説明されている本だった。インテリジェンスを伴うことによって、いかに英外交が国力以上のものを引き出して問題を解決していったかということが、日米英の当時の資料を照合して紹介されている。
当時、バトル・オブ・ブリテンでドイツと交戦状態にあったイギリスは、アジアにおける日本の拡大路線に警戒を抱きつつも、日本とも交戦することになれば国の存亡の危機であるという認識を持っていた。そこでイギリスは、不介入を基本路線とするアメリカを何とか引きずり出そうとする。そのために、日本側の電文を解読し、タイミングよく、日本に牽制をかけたり、アメリカに情報を提供することで、時間稼ぎをしながら英米共闘路線を築き上げていった。暗号も、解読されてしまっては、どうしようもなく手玉に取られるだけ。とは言え、政府組織だって一枚岩ではないため、外部の人間が見たら矛盾するやり取りが飛び交うこともあるので、暗号電文を入手したからと言って、それだけを全ての判断根拠にするわけにはいかないが。
なお、この時、ドイツの暗号エニグマを解読したのが、コンピューターの父であるアラン・チューリング。同性愛者であった彼は最近になって名誉を回復され、彼の名を冠した研究機関が立ち上げる予算が計上された(<a href="http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=27651" target="_blank">http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=27651</a>)。
・イギリスにおいては、外務省が強硬姿勢で、軍部が控えめだったというのが新鮮だった。それほど当時の日本軍が強かったのか。こういうのって、大抵は軍人が大義名分を振りかざして強硬路線を主張するという先入観があったのだが。
「もし半年でも早く日本がイギリスを攻撃していたならば、大英帝国は崩壊していたかもしれない(P244)」という一文は新鮮だった。日本軍って、そんなに大英帝国に肉薄してたのか。
また、入手した情報が、限られた関係者だけに配布されるのではなく、関わりのある部局関係者に広く配布されるというのも興味深かった。防諜の観点からは望ましくないが、それでもメリットとデメリットを比較したら、メリットの方が大きいと認識されていたということだ。
・「一般に政策決定者が情報を選別し始めると、どうしても自らのイメージに沿うような情報を抽出しがちになるという弊害が生ずると言えよう。前述のようにいくつかの情報は日本が英米との関係改善を望んでいることを示唆していたが、既に英外務省や戦時内閣にとって日本との関係改善は現実的な路線とは映らなかったのである。(P214)」 これはチャーチルが現場からの情報を自分自身で目を通していたことに対しての著者の記述。ちなみにフォークランド紛争の頃のサッチャーもインテリジェンスについては、同じ姿勢を取っていたらしく、それがフォークランドへの素早い原潜の派遣決定につながったらしい。やはりイギリスという国は、その国力をヘッジするという観点から、インテリジェンスに対する意識が、伝統的に高い国なのだろう。
・なお、この著者、ちょうどタイミングよく、今読んでいた「外交」の2014年の9月号にも執筆してた。
【目次】
第1章 インテリジェンスとは何か
第2章 イギリスの対日情報活動
第3章 情報分析から利用までの流れ
第4章 危機の高まり―日本の南進と三国同盟
第5章 危機の頂点―一九四一年二月極東危機
第6章 危機の緩和と英米の齟齬
第7章 危機の回避―日本軍の南部仏印進駐
第8章 イギリス外交の硬直化と戦争への道詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
第二次世界大戦時のイギリスの対日情報活動に視点を当てて、イギリスのインテリジェンス機関やその意思決定プロセスに対する説明を織り交ぜながら、緻密に解説されている良書。
素晴らしい研究をされておりますね。
小谷さんの様な方が、ぜひ日本のインテリジェンス機関の第一線でご活躍頂きたいと願わずにはいられません。 -
まえがき
第一章 インテリジェンスとは何か
インフォメーションとの違い
イメージ構築としてのインテリジェンス
インテリジェンスと政策決定過程
第二章 イギリスの対日情報活動
人的情報源(HUMINT)と通信情報(SIGINT)
英国秘密情報部(MI6)
軍事情報部
内務省保安部(MI5)
政府暗号学校(GC&CS)
極東統合局(FECB)
第三章 情報分析から利用までの流れ
ホワイトテールにおける情報の流れ
合同情報委員会(JIC)ルート
秘密情報部ルート
外務省ルート
通信情報の活用方法―日米との比較
第四章 危機の高まり―日本の南進と三国同盟
一 ビルマ・ルート問題
チャーチル首相の登場
イギリスのジレンマ
対日宥和政策の選択
イギリス極東戦略の再検討
二 日本の北部仏印進駐
戦争行進曲の始まり
静観するアメリカ
三国同盟と極東委員会の設立
まとめ
第五章 危機の頂点―一九四一年二月極東危機
一 イギリス極東戦略最大の危機
二月極東危機とは
情報収集活動の機能低下
一九四一年初頭の東南アジア情勢
二 インテリジェンスの問題とその解決
情報収集過程における混乱
日英戦争勃発のシナリオ
大々的なプロパガンダ
英米の情報協力と危機の回避
まとめ
第六章 危機の緩和と英米の齟齬
一 松岡の訪欧
二月危機以降の英米関係と日本
チャーチル首相の時間稼ぎ
日ソ中立条約の成立
二 イギリスと日米交渉
間接的アプローチの模索
日米交渉に関する情報の収集
ハル国務長官との対立
イギリスの思惑
まとめ
第七章 危機の回避―日本軍の南部仏印進駐
一 イギリスの情報収集と分析
BJ情報と対日政策
南部仏印進駐の兆候
英極東戦略の転換点
二 英米による共同制裁の発動
アメリカの極東介入に備えて
南部仏印進駐と対日制裁
まとめ
第八章 イギリス外交の硬直化と戦争への道
一 対日経済制裁から大西洋憲章へ
チャーチル首相のラジオ演説
対日石油禁輸
経済対立から政治的対決へ
大西洋会談
二 イギリス外務省の対日強硬策
イギリスの最後通告
政策の優位とクレイギーの孤立
MI5のカウンターインテリジェンス
三 戦争への道
一〇月以降のBJ情報
暫定協定案、そして開戦
まとめ
四 むすび
危機を回避した大英帝国
あとがき
主要参考文献
人名索引
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老練なイギリス外交の背後には、常にインテリジェンス活動があった。古くは16世紀のエリザベス王朝の時代に始まり、20世紀初頭に活動を開始したMI6は世界中に名を馳せた。そしてチャーチル首相は、毎日のように届けられる暗号解読情報を、「私の金の卵」と呼び重宝したのだ。
本書は、近年公開された20世紀前半のイギリス情報関連史料をもとに、一九四〇年代のイギリスが、対日極東政権を推し進めるにあたって、インテリジェンスをいかに活用し、外交成果に結実させたのかを明らかにする。
(本書カバーより)
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著者は防衛庁防衛研究所戦史部の助手(本書執筆時点)を務められ、現場とは言えないかもしれないが、それでも本書のテーマであるインテリジェンスを国内でおそらくかなり早く正確に知り得ることが可能な立場におられると思います。
本書は著者の博士論文を骨子にしているため、目次を見ただけでも分かりますが非常に分かりやすく読みやすい構成になっていました。久々にこういった新書で、論文調のきちんとしたものを拝見した気がします。
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現在、東アジア国際情勢の現状は刻々と変化しており、日本は冷戦後の混沌とした荒波に飲み込まれようとしている。従って最初の議論に立ち返るが、やはり日本にとってインテリジェンスを整備することが急務であり、そのための検討を進めていかなければならないだろう。
(まえがき p6)
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とあるように、日本のインテリジェンスの遅れを知らない方も、本書を読んでイギリス(アメリカ)のそれと比較すると、その危険を理解することができるかと。(分かりやすさでいえば、入門書的な面で池上さんや佐藤優さんの本のほうがいいかもしれません)
イギリスは「二枚舌」「三枚舌」と呼ばれるほど外交が長けていた(いる)国として著名ですが、その戦略に欠かせなかったのがこの「インテリジェンス」の扱いであって、まずはこの国の手法を学ばない理由はないだろう、というのがベースの認識としてあります。
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よって本書の狙いは、イギリスの情報活動を知ることによって、これまで曖昧にされてきたイギリスのインテリジェンスと外交戦略の関わりと明らかにしていくことなのである。
(まえがき p8)
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としていますが、大英帝国の長い歴史をすべて詳らかにすることは当然紙面の関係で限界もあるため、「具体的には、一九四〇年から四一年にかけての日英米の国際関係を、インテリジェンスを通して見ていく」(p8)ということになっています。
私もこの話題には詳しいわけではないので、1章、2章あたりは概念や用語、この時代の背景などの説明を読み込むのに必死でしたが、そこから先は少しだけ「007」を見ているような気分になりました(笑)
ちなみにこの本中古で買ったのですが、線引きがされていて、前の人は何を思ってここに線を引いたのだろうなぁ…と。(確かに中身的には重要なのですが)
こういうのは中古で本を買うデメリットでも、楽しみでもありますね。折角なのでその部分を引用。
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従って一九四〇年から四一年に至るイギリス世界戦略の目標は、英独の戦いにアメリカを巻き込むことであり、そのためならば日本との戦争も仕方がない、というものであった。
一方、日本から見れば、この時期に南進政策を推進し始めたのはごく自然なことであった。資源の豊富な東南アジアは、主にフランス、オランダ、イギリスの植民地であったため、第二次大戦によってこの地域に生じた力の空白への進出は、日本にとって合理的な選択の一つであったと言える。チャーチルは、「フランスが崩壊した時(一九四〇年六月)に、どうして日本が(東南アジア)に打って出なかったのか、我々は不思議に思った」と感想を漏らすほどであった。従って日本の南進はイギリスにとって十分に予測できたことであったのである。
他方、日本の戦争プランは、イギリス、オランダを相手に限定するというものであった。これは日本陸軍が推進した方針であり、日英戦争が生じてもアメリカは参戦しない、という「英米可分」の方針に基づいていたのである。従って日英間の争いにアメリカを関わらせたくない日本と、何としてもアメリカを介入させたいイギリスの方針とは正反対であり、この点で日英のアメリカをめぐる争いは始まっていたのである。
(p62-63)
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情報を集めて 準備するの 大事
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イギリスのインテリジェンス機関の歴史の本。
第二次世界大戦、日本との対立が深まる中で米国が
インテリジェンス機関を駆使して戦局打開を図る過程が
描かれている。
イギリスの情報機関といえども(SIS)がかなり日本の
戦力を過小評価していて、外務省情報の方が日本側の
意図を理解していたのは意外だった。 -
こりゃおもろい。これ読まずに「チャーチルの愛した日本」だけ読んでたらとんだ捉え違いをしてたよ。チャーチルに関して言えば第二次大戦時のガクガクブルブル具合でも強がってる感がよくわかる。ただ過去の出来事でもう結果わかってるストーリーを見るのはやはり辛い。
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本書は戦前のイギリスの情報外交を分析した本である。日本帝国の南進をいかに食い止めるか。いかにアメリカを味方につけるか。当時、ドイツとの戦いにより、疲弊していたイギリスが唯一、情報を武器に生き抜く事が出来たのかをうかがいしる事が出来る。歴史を逆の立場からみる醍醐味が味わえて面白いです。
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イギリスがインテリジェンスをいかに国家戦略に活用したかを描いた良書。なぜイギリスがいまだに国際社会において重きをなしているかがよくわかる。
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イギリス外交がどのようにしてWW1・WW2で直面した危機的状況を乗り切ったのか。
主に日本・米国とのやり取りから考察している。
外交において情報がどのような役割を果たすのか、影響を与えていくのか、それを知り、活用できたことが、イギリスの強さですよね。
砲艦外交なんかが出来た強大な植民地帝国でしたが、世界大戦中・後と、帝国は衰退期に入りますもんね。
力で押すことができなくなった分、情報や策謀で優位を保つことが重要になります。
実は結構ギリギリな状況だったりしたようですが、そこも上手に立ち回り、優位をキープしていった技術は流石です。
時間がなくて流し読みになってしまったのが残念。 -
第二次大戦直前のイギリス外交が、インテリジェンスをいかに利用し外交政策に反映させていたかが良く分かる良書。著者の博士論文が下敷きになっているだけに完成度が高い。
情報の入手過程よりも分析・評価・政策決定の描写に重点が置かれていたのが良かったと思う。政策決定者の視点の偏りによって獲得された情報の評価が大きく変わるというのが興味深かったが、情報が政策を決定するのでもなく、政策決定者が恣意的に情報を取捨選択するのでもないということ(どっちが先かという問題ではなく相互に影響しあっている)を忘れてはならない。
また、政府上層部での情報共有のあり方についても示唆的だった。重要な情報であればあるほど、機密漏えいのリスクを犯しセクショナリズムを無視してでも幅広く共有して意思決定に役立てようとしていたイギリスの制度には学ぶべきものがあると思う。
具体的な内容に関して言えば、「我々はこの時代の国際関係を日米関係、日英関係と二国間関係から定義しがちになるが、幅広く日英米関係を俯瞰した方がより理解が深まるのである。1940年からチャーチルが抱き続けた極東構想は、日英の対立にアメリカを巻き込むことであった。この大戦略が達成されれば、後の問題は全て解決したのである。」とあるように、三国関係の中でイギリスがいかに自己の利益をインテリジェンスを用いて最大化しようとしたかということが時系列的に述べられている。