冷血(下)

著者 :
  • 毎日新聞社
3.63
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感想 : 149
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784620107905

作品紹介・あらすじ

「私たち一人一人にとって、世界を埋めるものは多かれ少なかれ異物なのだ」刻一刻と姿を変えていく殺戮の夜の相貌。容疑者はすでに犯行を認め、事件は容易に「解決」へ向かうと思われたが…。合田刑事の葛藤を描く圧巻の最終章。

感想・レビュー・書評

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  • 下巻は犯人が逮捕されてからその後が語られる。
    警察の取り調べや実況見分の様子、供述調書、起訴状、そして判決文にいたるまで繰り返し繰り返し事件の様子が克明に描かれる様は、上巻のレビューでも書いたとおりまさにノンフィクションの様。
    その間に合田刑事の目線からの語りが挟まれることによって、やっと、ああこれは物語なんだなと我に帰る。

    この本のタイトルは「冷血」であるが、この小説の中で「冷血」と形容されるのは一度きり。それも犯人に対してではない。
    一体誰が冷血なのか、冷血とは何なのか。
    動機もないままに“なんとなく”一家惨殺をする犯人なのか、犯人を前にして職務を放棄した医者なのか、もしくは犯人を絞首台に送りこむ国家なのか・・・。
    読了してもなお自問自答せざるを得ない。

    被害者一家にまつわる記述は実に淡々としたもので、同情心を煽るようなものは一切ない。
    それに引き換え、犯人の一人の井上は人を引き付ける魅力を持った愛すべき人物として描かれている節がある。
    もう一人の犯人戸田についても、最後は壮絶な死様を呈し哀れを誘う。
    自分の気持ちの振り子を戻して公平にならないと思うが、なかなかそこを脱しきれないでいる。
    これは作者にしてやられているのか?

    何とも気持ちの収まりどころのない小説である。
    ただ読んで良かった言うのは間違いない。
    凄惨な事件が続く昨今だからこそ、この小説を読む価値があるのだと思う。

  • 下巻の読みどころは二つ。
    犯人二名の感情と行動。
    そして子供を二人も殺した犯人に対して、合田の心境の変化。

    それを総括するような箇所、「動機や犯意と呼べるものがあったとしても、ばらばらの断片であって、そんなものを一つ二つ拾い出してみたところでほとんど意味は無い。いったい自分たち警察も検察も社会も、この被疑者たちに何を求めているのだろう。欲しいのは、彼らをともかく刑場につるすための理由ではないだろうか」

    結局、ミステリー小説として読んでも、何も分からない状態で本書は終わります。”殺すつもり”はない。でも、”殴る”気持ちはある。これだけ殴れば死ぬかも知れないと思った、でも、何かよく分からない。
    ほぼこの繰り返しの内容、しかしこれが現実なんだろうな。

    この犯罪者に対しての合田刑事がどう向き合おうと決断したか、自分が変わったと思う瞬間、ここに本書のクライマックスがありました。

    自分なりの絶賛言葉でいえば、フィクションがノンフィクションについに追いついた、という感じでしょうか。
    高村文学の最高峰、に間違いないでしょう。

  • 強盗殺人事件の被疑者と向き合い、事件の背景とその素顔を探ろうとする刑事の姿を追う長編小説。

    事件に至るまでを、被害者と犯人の両サイドから描いた上巻は、なかなか動かないストーリーにもどかしさを感じていた。
    が、犯人はあっさり逮捕され、包み隠さず自供するに至り、単純な謎解きのミステリーではないことに気づく。以降、解決はしているのに真の答えの出ない迷宮に苦悩する刑事の視点に同化して、重く根気のいる読書となった。

    犯人の繰り返す、何となく、何も考えず、勢いでという言葉に裏はなく、これらがすべてを物語っている。
    重い躁鬱や問題の多い家庭環境を背景に、反省は一切なく、かと言って虚勢を張るわけでも自暴自棄になるわけでもない犯人。人間に対して無関心で、自身の生への執着すらないという意味では、「冷血」と言えるだろう。
    だが、タイトルの指す「冷血」は、犯人のみに向けられたものではない。周囲の血縁者や事件後の関係者など、あらゆるところに存在する。目のつけどころはさすが高村薫、文章も男性的で冷血ならぬ冷静沈着だ。
    その分、被害者の女の子視点のはしゃいだ文章には、やや違和感があった。

    好きな作家なのに、なぜか今まで読み落としていたこの作品、近頃は主流となりつつある派手でわかりやすいミステリーとは対極にあるため、万人受けはしないだろう。
    でも、読んでよかった。疲れるので再読はしないだろうけれど。

  • 合田雄一郎シリーズ。
    両親共に歯科医師の4人家族が惨殺され、その犯人の犯行に至る動機の検証に翻弄する警察、検察の模様が描かれる。
    上巻の半分は被害者家族の日常の様子、犯行に及んだ2人の犯人の犯行までの足取りなどが描かれる。
    なかなか登場しない合田に、本を間違えたと思ったくらい。
    上巻の後半は事件が発覚して、犯人が逮捕されるまで。
    下巻になると、ほとんどが取り調べの様子を録音したデータを合田が聞く様子が描かれる。上巻の時から感じていたが、今作では自分のしていることの目的が分からないまま、事件を起こした井上、戸田2人の犯人の心理的分析がメインで、前作の「太陽を曳く馬」の時と同じような哲学的な印象が強い。
    今は特捜に所属する合田が、事件の第一線で活躍することもなく、少し物足りない…

  • 大好きな高村薫の大好きな合田シリーズ。出た時に真っ先に購入し、じっくり落ち着いて堪能できるタイミングに読もうと待ち続け、ようやく「いまだ!」という事になった次第。そのタイミングが来るまで5年もかかるとは、買った時は思わず笑。さすがに5年も経っていた事にびっくりした。

    そして、期待に違わず堪能できた。相変わらず入り込める文章。「とまれ」「否」の多用が不評のようだが、私にとってはもう、高村さんのリズムに引きずりこませてもらえて大好きでした笑。人物描写も、いつもながら深くて感情移入でき、特に犯人二人の生い立ちになんともリアリティと説得力があった。リアリティと言えば戸田の歯痛の描写も・・。これには自分までもが歯が痛くなりそうだったが、常に歯痛を堪えていると戸田のような思考回路になりそう、とこれも非常に説得力あり。

    出て来る二人のように、誰しもが聞いて納得する動機を犯人が持っていたわけではない、というのは現実世界でもあるのでは、とはっとさせられた。それに気付きつつも、明確な動機を引き出そうとする刑事達の描き方も心に残った。例によって高村作品は単なる警察小説、犯罪小説ではなくて、現実世界で起きている矛盾を読み応えのある物語と魅力的な人物達を通して描いたのだと実感。人は、人の気持ちをどこまで理解できているのだろうか。人の行動には、全てにおいて明確な理由があるのだろうか。いつもはそんな事は意識しなくても良いが、人を裁く時は?もしくは、そもそも動機というものはどれだけ重要なものなのか?

    それにしても、合田刑事・・。大人になってしまったのかちょっと物足りなさが。それに、加納が直接登場しないじゃないか!しかも名前すらちゃんと出て来ずに義兄、義兄、で済ませて。ただ、「自分にとっての異物」という表現でその存在の特別さはしっかり表現されてたので、まあ今回はそれで許す笑。

    読了時の満足感と余韻に浸りながら、5年間暖めておいて良かったと思った。

  • 動機はともかく殺人を犯したという事実は変わらない。被告人も犯行を認めている。検察と弁護人と裁判官が死刑に到る審理をただ粛々と進めていく…。
    ドラマはなく、虚しさだけが募ります。そこには誰にも顧みられない取るに足らない『死』があるだけ。
    でもそれにどうしても納得できない人間が。合田雄一郎です。
    同情ではない。
    たとえ殺人犯であっても、その生には何がしかの意味があったと感じたいのだと思います。
    他人の生死、自分の生死にさえも無関心な死刑囚井上。それでも。
    生の名残が熾火のように昏く燃えている…そんなラストでした。

  • いや~。地平が揺らぐ。

    あの不快な上巻は小説ですらなかったという訳か。
    この小説(下巻)を読むための事前資料。
    あれを我慢して読んだから、この小説を堪能できるんだね。

    「とまれ」=「ともあれ」の音変化を書き言葉に?
    「ものであった」…どこの地点からの回顧?
    の多用が気になったけど…。

    あと、井上の手紙も戸田の手紙も、どちらも高村薫の手紙だった…のも、
    勿体なかったけど。

    でもでも、それやこれやを差っ引いても、いやぁ~色んな意味で、色んな角度で、色んな深さで考えさせられる作品でした~。

  • 果たして井上と戸田は冷血だったのか否か。

    上巻ではあえて一家四人殺しの描写を避けた効果が下巻で生きている。
    取調べで徐々に明らかになる犯人ふたりの過去と犯罪の詳細。
    取調べ過程でこのふたりをなんとか理解しようと苦悩する刑事合田雄一郎。
    合田との手紙のやり取りは井上にとって僅かでも救いになったのだろうか。
    いろいろと考えさせられる結末だった。

    …で
    この作品で一番の冷血は友納検事でしょう。
    次点は戸田が搬送された病院の医師。
    井上の親族や高梨家の遺族もかなりのもんだ。
    結局人は自分に関係ない、あるいは関係したくない人間に対しては
    いくらでも冷血になれるということだよねー

    それにしても
    合田刑事モノを読む度に思うこと。
    雄ちゃんってばもうちょっと肩の力抜いて生きようよーっ!!

  • 「こいつはどうせこういうやつだ」、「こいつは何も考えていない」、そういうふうにハナから人を切り捨ててしまえる人物たちを著者は本作にたくさん登場させる。そして、回数を重ねるごとに変幻する供述書、自分の主張に都合よく事実を述べることが当然の論告と弁論という犯罪物にありふれた素材から著者が引き出して見せるのは「嘘ではないが真実とも違う≪おきかえられた真実≫」の姿。誰にでも通じることのできる言葉で説明できないからといって、都合のいい作文で代用したり、説明を放棄してしまってよいのか、という主人公の自問は、複雑な事象や心象は、かんたんに説明がつかないのが当然で、それでも人は言葉以外にそれを表現することはできないのだから、とにかく考えて言葉を尽くすしかないのだ、という著者の一貫した姿勢につながっていく。著者のいう冷血とは、人を人として尊厳しない心性や行為を指すのではないか。そして人を尊厳するということは、その一人の他人のことをきちんと正しく理解することぬきには始まらないのではないだろうか、そういうことを言いたかったのかと思う。

  • 誰かに待たれている感じってわかる?と言う男と、人にも自分にも興味がない男、どこか律儀で本当のクズではない二人がなぜ冷血の所業を?最後まで結論があるわけじゃないけど。迷い立ちすくみながらも二人に向き合い、一瞬の改心を待ち望む合田に、銀竜草の傍線と、「マジで感謝してます」、何かが通じたんだ。穴を穿ったんだ。"人間が生きることの大変さに言葉を失う"、"問答無用で生きよと教えられているような気がします"。本家カポーティは読んでないし、深いとこまでわかってないかもしれない。でも、まちがいなく今年のマイベストだ。

  • 合田さんが登場する作品の中でいちばん陰惨な事件を扱っているのが今作だと思うが、ならずものが行った善行エピソードにときめくような思考回路を一切持ち合わせていない私ですら、人を裁くことの意味や、それこそ生の不条理さや歩む道の不安定さを考えずにはいられなかった。形がなくても、目的や理由が曖昧でも、確実に存在しうるものの大きさ。

    1月にあったトークショーで高村先生が「冷血」は「生きている人間の存在の大きさや重みを前に、合田に立ちすくんでほしいと思って書いた」と仰っていた。「冷血」を読み、読者もまた合田同様立ちすくみ、思考し、答えのない世界に生きているということを実感するのかもしれない。

  • 【訂正後】
    死とは何でしょう

    小説を書くことを考えて生きる手段として続けてきた小説家が
    小説を突き詰めて現実に追いついてしまった、そんな読後感

    著者は、ずっと感じ続けてきた社会への、世間への、人への、
    自分自身への違和感を本作で解したのではないでしょうか

    本作をリアルタイムで体験できることは、
    読書家としてこの上ない幸せと感じる




    読んだ後ずっともやもやもやもやしていたけれど、
    再読しヒョードルさんという方のレビューを読み、
    ストン、と本作が気持ちの中に落ちました
    周りに高村薫作品を読む方がいないので、
    ブクログで共感できるのはとても嬉しいありがたし

    ■初見読後感想~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    いつもどおり、最大限予備知識を排除し上巻を読み始めたが、帯の「一家殺人」の文字が目に入ってしまった。
    自分の頭のなかに「一家殺人=理不尽な事件」があり、直感的に高村氏は理不尽を生み出す人間の業を静かな怒りで描くのではないかと予感した。
    が、冷静に考えれば著者の過去作において、殺人がただの理不尽な事件として書かれたことはなく、本作もその点は同様であった。

    時に被害者となる家族の目線で、時に一家殺人を犯し裁かれる犯人の目線で、そして合田刑事の目線で一連の事件発生の伏線から、犯人の死刑執行までを、著者は彼らの周りの風景と心模様を丹念に描く
    細やかな描写に飲み込まれて、一歩引いてみれば理解できない様なコトまでも納得してしまう錯覚に何度も陥った

    過去作と大きく異なると感じた点は、最初から最後まで、あまりにも静かであるということだった
    著者のこれまでの作品にあまりにも影響を受け、何らかの期待を抱いて読み始めた自分自身の心境のせいか、やはり著者がそのように描いたのかはわからない

    犯人達が犯した一家殺人は許されるものではないが、「冷血」は彼らに向けた言葉では無いと感じた
    井上克美が合田刑事に宛て書いた手紙の文面が頭の隅にこびりついて離れない



    やっぱり全然消化できていない
    少し時間を置いて再読が必要

    追記~死について~
    ・先日読んだ永遠のゼロ
    「直掩機も特攻隊みたいなものですね」
    「全然違います。たしかにこの状況下では援護機も大変です。しかしそれでも私たちは九死に一生ということがあります。たとえ絶望的であろうと、生き残るために戦うことが出来ます。しかし特攻隊員たちは、十死零生なのです。」

    ・本作
    ”いずれ死を迎えるのは自分たちも同じであって、刑死が特別なしであるわけではないという気でもしてきたのか。否、国家によって命を断たれる刑死こそ特別の中の特別であるし、またそうでなければ、死刑制度の意味がなくなるのだ。”
    ”死という結果は同じでも、細胞や内臓の働きが自然に停止する病死と、首吊りという強制終了は、やはり別物だろうからです。”

  • 読後しばらく、悶々しました。
    なんだ、この寂寥感、茫漠とした感じは。

    事件の発生から、捜査、逮捕、起訴、結審、そして刑死で「終結」したはずなのに、何も結びつかない。合田が、言葉にしようとしても出来ないそのままの、印象。
    読んでひと月たって、またちょっと読み返している。
    内容は全然違うのに、前作の「太陽を曳く馬」のように、”空”を見つめている感覚とよく似ているな、と、思う。

    ただ、雄一郎がつぶやく「問答無用で生きよと教えられているような気がします」という言葉が、ほんの少し、自分のなかで「解決」を思う言葉だった。

    今は、この本を読んで、本当に良かったと思える。

  • 何の救いもなく、荒涼な心象風景が呼び起こされるようで暗澹たる気持ちに追いやられてしまう。この「冷血」には、たいした動機も理由もなく一家四人を惨殺し、あっけなく警察に捕まった後も、自分たちの凶行を省みることもなく、はたまた開き直るでもなく、まるでADHA的な非行を重ねる中学生のような犯人が描かれている。

    被害者の一人である女子中学生や犯行直前までの犯人たち二人の内面が描かれているところは秀逸で、複雑で繊細な心の動きにまるで様々な角度からフラッシュを浴びせているようだ。

    しかし、二人が捕まってからは、犯人たちの内面から描かれることはなく、合田刑事から見た二人が登場し、事情聴取が延々と繰り返されていく。そしてやがて合田と犯人たちとの書簡が少しずつ交わされていくのだが、そこに現れる犯人は、文学的な表現ができる思慮深い青年となっている。しかし犯行に対する反省や後悔はなく、人格的な変容が描かれているのではない。

    そこにあるのは塞ぎようのないぽっかりと開いた大きな空洞だ。そこに吹きすさぶ風が血を凍らせていく。9.11で妻を亡くした合田にもその風は吹いている。ただその空洞を見ないようにして生きているだけだ。その為に合田は毎朝、畑に出てキャベツを育てる。金属バットで叩き割るのではなく。でも、育てるのも叩き割るのも、紙一重なんだ、たぶん。

  • 重い。

  • 歯科医一家四人惨殺事件。犯人達の心のありように、せすしが冷たくなる思いがする。合田はなんでそんなに犯人に入れ込んでいるのか…。

  • 殺人罪は殺意を構成要件とする。検察側、弁護側どちらも殺意の有無、または殺意を抱くに至った理由をもって犯人の罪の重さを計ろうとする。
    「逆恨みして」「遊ぶ金欲しさに」「面白半分」...のようなわかりやすい理由であれば犯人への憤りは応報の感情となり、関係者の気持ちは持っていきどころがある。

    本書の殺人者に殺意はない。しかし、一家四人殺しという行為自体は明白であり、死刑という結末は当人すら納得している。機械のような殺人者に、システムとしての死刑執行手続きが淡々と進められる中、理由についてだけ「なぜ殺したのか」「わからない」という不毛なやり取りがエラーのように積み重ねられていく。

    殺人による死、医療過誤による死、病による死、テロや災害による死、そして死刑による死...刑事・合田雄一郎は多くの死に向き合う中で、そこになにがしかの意味のようなものを探そうとしている。

    だが、なにもない。

  • 自白してからの拘置所での自供、裁判。合田へのはがき。上巻と打って変わって、読み進めるのが遅くなる。重いんです。
    犯人二人の生い立ち。友人らしきシンパシーを感じていた共犯者について、相手はそうは思ってなかった節を理解しだし、その部分の削除を申し出、結局は、虫歯がもとで癌になり壮絶な死を迎える戸田。
    キャベツを殴り潰していた過去。
    合田と知り合え、救われたそうだが、殺してしまった一家への反省もなく、死刑に処される。
    冷血って、犯人二人のことではないのよ。被害者遺族、どこかの医者、もろもろに冷血が潜んでる。

  • 空っぽの人間が犯したとしても罪は罪であり、償われなければならない。
    償われたあとに空っぽの人間が残した空っぽがそこに残るだけ。
    前作太陽を曳く馬から引き継がれた仏教的な空を合田がただ見つめている。

  • 高村薫「冷血」上下 http://books.mainichi.co.jp/2012/11/post-2b6c.html … 読んだ。読んだけど。。あれー?高村薫の読後にあった読書への幸福感がない。どうした。晴子情歌あたりからだけど、ネタ切れつーか、齢を取ったということかな。こういう俗っぽい老化はしない人だと思っていたんだけどな(つづく

    視点が内向きで瑣事を捏ねくり回す。中二っぽい。わたしは高村薫をミステリー作家ではなく、社会と折り合うのが難しい人たちや、人間の内面を書く純文作家だと思ってきたけど、だからと言ってこういう方向ではないんだよ。なんかもう典型的な頭のいいオールドミスの作風になっちゃったな。涙(つづく

    ノンキャリの合田がインテリでバイオリンまで弾けちゃう非現実キャラなのはともかく、犯人の文化度が異様に高くて違和感ある。教育程度と知能の非相関を言いたかったの?パリテキサスやトークトゥハーなんて、映画好きでもそう観てないし、利根川図志に至っては。作家が頭良すぎた悪例かな。。(おわり

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著者プロフィール

●高村薫……1953年、大阪に生まれ。国際基督教大学を卒業。商社勤務をへて、1990年『黄金を抱いて翔べ』で第3回日本推理サスペンス大賞を受賞。93年『リヴィエラを撃て』(新潮文庫)で日本推理作家協会賞、『マークスの山』(講談社文庫)で直木賞を受賞。著書に『レディ・ジョーカー』『神の火』『照柿』(以上、新潮文庫)などがある。

「2014年 『日本人の度量 3・11で「生まれ直す」ための覚悟』 で使われていた紹介文から引用しています。」

高村薫の作品

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