- Amazon.co.jp ・本 (568ページ)
- / ISBN・EAN: 9784620108575
感想・レビュー・書評
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天智(葛城)、弘文(大友)、天武(大海人)、持統(讚良)の4代の権力闘争の渦中にいた額田王の半生を描いた物語。万葉集の十二首の長歌・短歌と日本書紀の「天皇、初め鏡王の女額田姫王を娶りて、十市皇女を生む」の記載以外史料のない額田王をジグソーのように歴史の隙間に嵌め込み新たな魅力を生み出すとともに「春すぎて夏來にけらし…」を詠んだ持統天皇の不穏な配置が物語をより興味深く演出している。
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額田王が主人公の話で、おもに近江京が舞台。著者が、どんな考えであるかがわかって面白い。まず、持統天皇について、額田や天智側からしたらマジでやっかいで恐ろしい女だったということがわかる。天武の書き方も興味深い。豪放磊落かつ神経質。いわゆる、よくいる社長みたいなおっさんである。極めて書き方がリアルですんなり入る。こういう男性は多い。そして、それを転がす女持統。これもわかりやすい。なぜかこういう女性はいる。この持統も天武も、モデルとなる人間がいるのであろうか、社長と、その社長の側にいる愛人なんだか奥さんなんだかなんかわかんない人が見事にこの古代を通して描かれている。
次にいい動きをしているのが、藤原鎌足だ。しゃべり方といい、動きの速さ、有能さ、額田王との微妙な関係と良い、絶妙だ。長く、丁寧に書いているので、あのときああしていれば、壬申の乱で勝てたのに……というIFが色々と垣間見れて面白い。鎌足は、オーベルシュタインといったところか。天智の残した、白村江の敗北と、近江への移転による重税などは、多くの禍根を残すものだったということでもある。そして天智の政治があまりに合理で、身内化していたので、持統に負けた。時間と老いの勝利でもある。
以下、メモ。
麻筍の水。袍。乾いた藁で雫を拭う。
葛箱。錨。裳。汗衫(かざみ)。銅製の籠。
挂甲と大刀。
温灰に埋めて熱した酒壺。
釵子、領巾。
大殿。黒木の板戸。
連子窓。大袖の上衣。
藍の袍に朱華(はねず)の裳。
大殿の階(きざはし)、素木の高欄。
軍粮。
裾を強く絞った表袴、褶。
髷(きつ)。錦の袍。
梅花を象った銀製の釵子。
高杯(たかつき)。
膳。強飯、菜の煮つけ、茸汁。瓜。生駒の山裾からの氷室の氷。蜂蜜。
堂舎の甍。熾火。宮の粮米、仕丁の管理。
山前は京都府乙訓群大山崎町。
大臣大夫、宮人資人。
磚を敷き詰めた回廊。
脛裳(はばきも)、上着に袍。
糸燭。渡殿(わたどの)。
臥所。
短甲に環頭の大刀を佩く。白絹の帯。
宮城は日の出とともに一日の務めがはじまる。
釵子、錦の内衣に羅の領巾。
裳を長く引いた宮人や采女。酒壺や肴の乗った高坏。
床几。薬壺。
草葺きの仮廬。幄舎。鹿の肉。
鞍上。馬氈(ばせん)。
香炉。
挂甲。目庇の深い冑。鴉羽の矢を満たした背の胡籙(やなぐい)。
喪屋番。粗末な黒木を柱にし、茅で屋根を葺かれた小屋の軒下。本来なら貴人の骸の殯宮安置に当たっては、棺に周到に丹を塗り、数日おきに香を炷(た)く。 -
飛鳥時代に生きた、額田王(ぬかたのおおきみ)を描く。
「大海人王子(おおあまのみこ)の妻となり、十市王女(とおちのひめみこ)を産む」
という、日本書紀の確実な記録のみを尊重し、澤田瞳子の額田像を作り上げている。
額田をめぐって、天智・天武が三角関係だった、とか、絶世の美女だった、とか、カリスマ歌人だった・・・というのをあたかも史実のように言う人もいるが、実は全てうわさや憶測が後から作り上げた像だ。
この作品の額田は、大海人と離婚したあと、宝女王(斉明天皇)、葛城王子(天智天皇)と、2代の大王(おおきみ)に宮人(くにん)として仕えた。
今風に言うと、シングルマザーのキャリアウーマンだ。
葛城には、女としてではなく、臣下として認めてほしい、と焦るあまり失敗もするが、やがて鎌足にも信を置かれるようになった。
そして、娘の十市が葛城の長男・大友王子の妃となると、大友にも頼りにされるようになる。
記録に名前は残るが特に活躍が描かれたことのない、漢王子(あやのみこ)をちょっと気になる厄介者に、同じく知尊を百済から亡命してきた出世欲の強い頭脳明晰な青年に描き、個性を与えている。
壬申の乱については、今まで天武・持統サイドの視線で描かれることが多かった。
頑張れ!気丈なプリンセス・さららちゃん!!・・・的な感じで。
しかしここでは、讃良は徹底的に大海人を支配する悪女扱い。
対して、今までは、勉強は出来るが人望のない二代目、しかも性格に問題あり、のように描かれることが多かった大友王子が、頑張って臣下を率いている様子が見られて良かった。
額田は、男女は関係ないという信念で、戦の最中も大友たちの側を離れない。
その目によって、近江宮側の奮闘が描かれる。
壬申の乱の進行も、丁寧に迫力を持って描かれていた。
2代の大王(おおきみ)に仕え、自分はもはや過去。
全てを見届けることが自分の務めだったと、来し方を振り返る額田目に映るのは芒(すすき)の波。 -
長い物語だし、古代のなじみ薄い時代の小説ですが登場人物が生き生きと人間らしく、生き方について自分ならどうするか考えさせられるなど、深く入り込める物語でした。
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長かった~。
政の世界に生きた、一人の女性の物語ですが、この人の目から見た時代のうねりを描いているので、とても興味深く読めました。
仕事一筋に懸命に生きている様子が目に浮かぶようです。
吉年の若さ溢れる一途な気持ちが爽やかでした。
額田王側から描いたものなので、大海人の気持ちが今一つ分からず、唐突に戦が始まった感が否めませんでした。
額田王の歌も、もう少し入れて欲しかったな~。 -
しきしまの大和の国は 言霊の幸わう国ぞ ま幸くありこそ
額田王の物語。この壬申の乱は…
大海人王子がこのように描かれるとは驚き。
『天智と天武』をもう1度読み直そう❗️ -
飛鳥時代、白村江の大敗から壬申の乱を歌を交えつつ、額田王視点で描かれる。
この小説の特徴は、額田王が色の識別ができない設定であり、葛城(中大兄)、大海人の異父兄の漢皇子の存在。
額田王が色がわからないというのは、史実かどうかはわからないけれど、色のわからない額田に「茜さす〜」の歌を読むことができるのかとすぐに頭をよぎるが、読み進めるうち違和感なく、額田の人格や思考も、色がわからないが故、むしろ納得できる不思議さがあった。
漢皇子については不便強でこの本を読むまでは存在を知らなかった。額田、大海人、中大兄の話しだけでなく、漢皇子の存在が拗れた人間関係を描く上でわかりやすくなっていたように思う。
額田の大海人、中大兄に対する気持ちが恋愛感情ではないのも良かった。
鎌足が忠臣なのは明らかで、ただ不気味で冷ややかに感じるのは、なるほどと思う。思考はさすが藤原氏の祖と思わせる。晩年は額田を教育しているようにも伺える。
額田は大海人と別れ、宮人になるべく鎌足に負けじと必死で、この本の中の額田王は鎌足を意識し過ぎているようにも思えるけど、案外そういう女性像の方がしっくりきた。
額田王に視点を置くと、鎌足や讃良の印象が変わる。讃良は感情を露わにし、彼女の憎しみが、大海人を動かし壬申の乱への引き金になるのも永井路子さんの小説と重なりあい面白く読めた。
額田が詠んだ「熟田津 の歌」、額田が詠めなかった時に備えて中大兄が詠んだ歌を、彼が亡くなってから、彼の作った政が崩れ落ちるその時に聞かされるのは、儚すぎて涙が出た。
この小説に登場するのは、まだ幼い不比等。兄の死をどう思ったか、父と中大兄を見てどう感じていたのか。
ここにこの先の藤原摂関家の礎があると思うと、それも興味深い。
日本書紀、古事記を読んでみようかなぁ…
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飛鳥時代、壬申の乱前後に宮人として生きた額田王の半生を描いた長編小説。
額田王といえば万葉の歌人、その昔大学で万葉集を専門に学んだ私にとっては、歌の詠まれた背景も含めなかなか興味深い作品だった。
人物関係が複雑なため、何度も略系図を見ながら読む。ちょうど読了時に作者のインタビュー記事が新聞に出ていたのだが、主人公についての資料は少ないため、色覚異常という設定を創作したそうだ。先天的な体の不具合を原動力とし、妻であることよりも宮人として生きるたくましさを強調しているところが新鮮。
読後に少し歴史をおさらいし、残された人々のその後を調べてみた。そして、あの讃良王女が後の持統天皇だったことを思い出し、改めて怖さを思い知った。