原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―

著者 :
  • 明石書店
3.58
  • (22)
  • (44)
  • (24)
  • (8)
  • (9)
本棚登録 : 416
レビュー : 53
  • Amazon.co.jp ・本 (276ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750335162

作品紹介・あらすじ

原子力発電所は、「東大話法」によって出現し、暴走し、爆発した――。現役の東大教授が原発事故をめぐって飛び交った言説を俎上にのせ解析。そこから浮かびあがったのは同じパターンの欺瞞的な言葉だった! もう私たちは「東大話法」に騙されない。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • なんとなく見てたニュースが「なるほど。そういった理屈で考えられていたのか」というように理解できる。原発事故半年後に書かれた書物だがそれ以外の官僚や、ニュースコメントにも同じ理論が通用している。そういった意味で、社会の動きを捉えやすくなる一冊でした。

  •  読む価値がないって本当だったなあ。わざわざ確認してしまった。要するに,東大教員が得意とする責任回避の欺瞞話法が,原発事故の張本人だという主張。無意味な揚げ足取りに終始。
     著者が糾弾する「東大話法」は,別に東大関係者に限ったものでなく,日本中に蔓延しているという。東大関係者が特別にそれが上手いからそう呼んでるんだって。本書では,今回の原発事故にまつわる言説を具体的に攻撃していくのだが,その対象は主に香山リカ氏と池田信夫氏。
     言ってることが支離滅裂なところも多く,幼稚な表現も頻出。これで東大教授とは驚くよ…。京大の小出裕章氏は仮面ライダーで,原子力村ショッカーに改造された改造人間なんだって。著書のブログは「マイケル・ジャクソンの思想を明らかにする」ものらしいが,意味が分からない。
     そのブログの反原発記事に共鳴してくれる人の中には,地震兵器とかユダヤの陰謀とかを信じきっている人たちが多いそうだ。いったいなぜだろうと考えて著者が出した結論は,「原子力とオカルトとは共に、熱力学第二法則を乗り越えようとする幻想という点で同じ論理構造を持っている」からだって。
     本当に意味が分からないよ…。amazonのレビューに好意的なものが多いのも信じがたい。今年読んだ本の中でダントツのダメ本。

  •  自分の本棚の分類では「原発問題」というカテゴリーに入れたけれども,本書は,モノの考え方に関するとても大切な視点を与えてくれる本です。
     特に,専門家という人たちの「傍観者の論理」「欺瞞の言語」を鋭く見破る眼を持たないと,もう一度,あの原発事故と同じような目に遭うかもしれません。
     先日の武田邦彦講演会で,原発村の社員らしき人が,「武田先生の講演は東大話法だ」なんて言って内容を批判していて,そのときは,この本を読んだのかなあと思いました。ま,新聞にも取り上げられていたのでそれを読んだのかもしれません。だって,本書を読めば,その質問をした電力会社の人は,自分の立場に立って,電力会社社員としての役目を果たそうとしている意見だったからです。そういう立場で考え行動することが,結果に対して如何に無責任になってしまうのか…も本書で述べられています。
     本書のタイトルにもある「東大話法」の話も確かに面白いですが,私は,第4章の「役と立場の日本社会」が特に共感できました。

  • 福島第一原子力発電所の事故後うようよでききた
    先生方がなぜあくまで傍観者でいられたか
    を立場がそのように発言させたと考えれば得心がいくと解説した本である。
    論理的な思考が稚拙な日本人を煙にまくにはこの程度のレトリックで十分だということがよくわかる。
    また面白いことに話法なのである。記述法ではないのである。ところが原子力白書など東大話法満載であるのに誰もこれを声にだして読もうとはしない。
    立場に立つ人が自分の信念に反してまで発言することをやめても
    別の人がその立場にたつ。
    これは原始力に限らず、景気の復興、自給率の確保、教育の向上、市民生活の安全性の確保、男女共同参画の推進。
    なんでもよい それが社会にとって必要なことと認知されれば、それをテコに実効力がなくてもお金が人が流れ込むという問題があるのではないだろうか。
    私はそのようなもろもろを飲み込むブラックホールのようなものが今回の事故で見えた気がする。
    東大話法はその表層にすぎないと思えるのだがいかがであろうか。

  • ある事実を、自分の都合の良いように言い換え、都合の悪いことは相手を攻撃することで防御する。
    そういった会話の技法を「東大話法」として批判した本。
    原発問題と、東大話法が深い関係にあるという主張はもっともだと思う。

    ただ、こんなことを言ってしまうと、何も主張できなくなってしまうし、本書だって東大話法で構成されていると指摘することは容易だ。

    例えば、香山リカ氏や、池田信夫氏についての考察に多くのページを割いているのは、

    「<規則8> 自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル貼りし、実体化して属性を勝手に設定し、解説する」

    に当てはまるとも言えるだろう。また、

    「<規則10> スケープゴートを侮蔑することで、読者・聞き手を恫喝し、迎合的な態度を取らせる」

    という面もあるかもしれない。
    こういった批判に備えて、この考察の目的は個人攻撃ではなく、東大話法の性質を明らかにするためだ、といった主旨を書いているが、これも

    「<規則12> 自分の議論を公平だと無根拠に断言する」

    といえなくもない。
     


    さらに、第4章で、いきなり夏目漱石の話になって、急に原発の話に戻るのも、

    「<規則16> わけのわからない理屈を使って相手をケムに巻き、自分の主張を正当化する」

    とか、

    「<規則17> ああでもない、こうでもない、と自分がいろいろ知っていることを並べて、賢いところを見せる」

    あるいは、

    「<規則18> ああでもない、こうでもない、と引っ張っておいて、自分の言いたいところに突然落とす」

    に当てはまると言えるのではないか。
     
    結局のところ、コミュニケーションの際にこういった方法は不可欠で、使うなというのはムリは話だ。

    むしろ、聞き手や読者への注意喚起という視点で書かれていたほうが、有益な書籍として、より価値が高まったのではないかと思う。

  • 福島の原発事故の半年後くらいに出たのかな。理性的な安冨先生の抑え切れない焦りと怒りが滲みます。東大原子力にどれだけ金が流れ込んでいるか(他分野全部より一桁多い)、理解できない無責任な発言群は「東大話法」である、それだけで読む価値がある。「影響はない」じゃねーんだよボケ、という姿勢に密かに共感です。もう、言えなくなってしまった、住み続ける人たちがいるから(2019-07-29)

  • これも、時流に乗った俺がの本
    途中放棄

  • 東大を含め、いわゆる「良い大学」出身の人たちが多く集まるコミュニティに属していた時に、時々違和感を覚えることがあった。
    今はもう私はそこからは離れており、その違和感も忘れつつあったところに何かでこの本の存在を知り、タイトルを見て、もしかしたらと読むことにした。

    感想としては、やっぱりその傾向があるのねと思ったのが半分、もう半分はちょっと細かくケチをつけすぎじゃないのかな?そこまでチェックポイントにしたら、喋り辛くなるんじゃないの?というものだった。

    著者も、とにかく今の日本の状況を鑑みて、早くこの本を出さなければと思ったらしく、中身がまとまりきっていないことはこの本のなかで認めている。確かにそうだと思う。章によっては、このことについてそこまで長く、些末なことまで批判しなくていいのではと私は思うところがあった。

    「東大話法」と名前をつけられているが、著者が説明するように、これは別に東大出身者だけに見られる話しかたではない。
    実際に私がいた、エリートが多く集まるコミュニティでは、東大出身でもなくエリートではない人たちでも、そこに所属する期間が長くなり、同じコミュニティの人たちの話法に慣れていくにつれて、知らないうちにそういった言葉の選び方になっていた。

    今考えても、あれは責任を自分が被らないようにするための、言葉の選び方そして論理構成だった。

    ある日、エリート街道を歩んできたわけでもなく、たまたまそのコミュニティに入ることができた男性(私と同じような人だった)が、そのコミュニティの中の先生から質問をされ、自信満々にこの本で言う東大話法で回答をしたことがあった。

    先生は少し間を置き、「うーん、そうですか」と言ったきり、彼にはもう話しかけなかった。
    彼はそこに所属するうちにその話法を身に着けたけれど、正直なところ、本当に分かっている人が聞けば「こいつ自分を守ってるだけだな」と、その正体はバレバレなのだ。

    ただ、「仮にAならばBします/である」というような話の運びについては、一概に批判はできないのではないかとも私は思う。なぜならば、「その問題・話題について判断するには情報が足りないけれども、いま持ち合わせている情報で判断するならば~」という状況は有り得るからだ。
    もっとも、それはやはり保身と言われるのだろうか。この点について私はまだ判断を下せていないし、どうすべきなのか答えも出せていない。

    本書もそうである。
    いつもはあまり深く考えずにレビューの☆をつけているけれど、この本についてはどう☆をつけていいのかわからない。

  • 続編『幻影からの脱出』の方がちゃんとまとまっていて読み応えがあった。内容も重複しているし。まぁ、順番をちゃんと追わなかったこちらも悪いのだけれど。

  • 概ね素晴らしいと言っていい本。こういう良心回路を持った学者が東大におられるというのは心強い。ただし、人工地震説をろくに検証もせずに否定する態度は感心しない。否定できるだけの科学的根拠を出されたら、我々陰謀論者もそうだったのかと納得するところなのだが。残念なのはそこだけ。あとは本当に素晴らしい。名著。

全53件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

安冨 歩
東京大学東洋文化研究所教授
[9章]

「2017年 『どうして高校生が数学を学ばなければならないの?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

安冨歩の作品

原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―を本棚に登録しているひと

ツイートする