電源防衛戦争――電力をめぐる戦後史

著者 :
  • 亜紀書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (348ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750516172

作品紹介・あらすじ

電気をつくる、電気を売る――そこには必ず紛争と抗争が勃発する。
自ら作った発電所を戦前の国策会社に吸収され、戦後取り戻そうと戦い続けた加藤金次郎。
官僚による電力の統制に抵抗し続けた「電力の鬼」松永安左ェ門。
発電所の労働組合と共産党の弱体化のために攪乱工作した右翼活動家・田中清玄。
原子力発電を特急で日本に導入しようとした正力松太郎と中曽根康弘。
利権を食い合う議員と有力者たちと占領軍の思惑……そして原発への途。
戦後の電気業界再編の内幕をスキャンダラスな事件をもとに描く骨太のノンフィクション。

【もくじ】
序 敗戦の夜 
一 日発総裁、殺人未遂で訴えられる
二 スキャンダラスな風景― 電力事業再編成の攻防 
三 受難に立つ加藤金次郎 
四 電力飢饉と電源開発 
五 次男坊と原子力 
六 停電と機関銃― 電源防衛戦 PART1  
七 電源防衛隊、二つの活動― 電源防衛戦 PART2  
八 民主と修養― 電源防衛戦 PART3
九 原子力特急・正力松太郎 
十 最終戦争の時代と原子力 
  あとがき

感想・レビュー・書評

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  • “今日の電力事業の基礎をなす供給体制ができるまでのドタバタが、政治や経済の戦後的な「安定」、すなわち55年体制の成立に至るプロセスと絡み合って、その成り行きを推し進める役を果たしていた。つまり、戦後社会を作ったと言っても過言ではない。”

    “電力事業史から視ると敗戦から冷戦の時代に向かい合うまでの戦後社会の動きがよく見える”ということで、特に原子力が争点となる後半のパートが興味深かった。

    1950年代、原子力啓蒙運動の最大の目的は防共。核への恐怖心をそのまま核エネルギーを平和利用する夢の大きさに転じてテレビを活用した一大キャンペーンが展開される。そこには正力松太郎が絡んでくる。ビキニ事件を矮小化して反米感情をゆるめ、アメリカ政府は友好国政府(=この場合は日本)と民間起業家グループの協力を得て、原子炉を建設するための資材、設備取付をサポートしてソ連による原子力技術による囲い込みに対抗する。

    一方で、集中排除法によって戦後バラバラにされた財閥系企業。幹部が公職追放され、労働運動の高まりによって弱体化。例えば三菱商事は三分割され、1954年に合同を果たして再興したものの、伊藤忠や丸紅など後発の商社が航空機など主要産業の海外エージェントと契約していたため、かつての勢いをすぐに取り戻すことは難かしい状況にあった。そこに原子力発電という手付かずの新分野が登場したのである。そこには莫大な政府予算もあった。

    戦前の大企業とアメリカ企業の結び付きは戦時中に中断、戦後も占領政策のもとですぐには復活できず。アメリカ企業としては戦前の日本企業への投資を回収したかったが、財閥解体、幹部の公職追放がかつてのパイプを切断していた。占領政策のいわゆる逆コースへの転換にはACJ(アメリカ対日協議会)を中枢機関とするジャパンロビーによる、このつながり回復のための働きかけもあった。

    電力会社も核燃料サイクルの確立、高速増殖炉の実用化を目指すという国策に足並みを揃えなければならない。原発の国産化に向けて技術の蓄積ができるように、電力会社はアメリカのメーカーと契約していても、可能なところは国内の複数メーカーに分散して下請けさせた。それは、重電機企業の育成を目指した通商省の行政指導に従うことでもあった。

    そもそも燃料輸入や核廃棄物処理、そして立地をめぐっても民間には手に負えないことばかり。電源三法による立地自治体への交付金によって原発の増設がかろうじて可能になるという事態は、もはや官民が一体でなければ建設も維持もできないということ。さらに、原発への反対運動に対抗するため、電力会社は「国のエネルギー政策への協力」というお墨付きが必要になり、国策民営の性格を色濃くする中で行政と一体化していく。

    *3.11の後、政府予算で東電は救済されたが、こうした経緯を読んでいくと納得というか、東電=国であるが故に必定だったようにも思う。中曽根康弘などは当時何を思っていたのだろうか。

    また当時、原子力は国際的地位の象徴であり、国威の象徴として核は求められたという話も興味深い。恒久平和を実現するものが核だったという話だ。原子爆弾は「無限破壊」のエネルギーを放出する粗雑な使用法とされ、このエネルギーを精密使用、すなわち必要量をコントロールして使用することがまもなくできるようになれば、それが第二次産業革命、さらには恒久平和を実現させる。と石原莞爾などは考えた。

    “核爆発から生まれた戦後社会は、核への恐怖を「平和利用」で克服しようとしたが、今はその「平和利用」の恐怖が日常を侵食している。敗戦はしたが、終戦はしていない。”

  • エネルギー業界で仕事をしてきた自分のイデオロギーが、こうした電源防衛戦争の歴史、特に戦後のドタバタによって形作られているという事実を、残念ながら受け入れなければいけない。
    そして今の仕事が、この先何十年にもわたる安定と混乱をもたらすものであると、自覚した。

    留めておきたいフレーズは以下の通り:

    加藤金次郎が私財を投げ打って建設した富山県庄川の大牧水力発電所が日本発送電に無償で接収されていたこと。

    木曽川の御嶽水力発電所の建設で一千名とか240余名といわれる中国人労働者の虐殺があったこと。

    今日でも私たちの多くは、政策論争の細部などはよくわからないまま、政局上の争いやスキャンダルに目を奪われている。歴史の大局から見れば、ノイズに過ぎないのかもしれない。しかし我々の生活の大半はノイズから成り、ノイズに情緒や行動を左右されている。それを抜いた歴史は、その時代の人が見れば、すっかり脱色された記述に見えるに違いない。ノイズがその時代の人々の心象に刻まれ、以後の人々が生きていく風土ともなるのではないだろうか。電力再編は、現代に継承されている風景の土台が出来上がっていく時代を活写したメロドラマだったと言えるかもしれない。

    関電が全国的に網を張る恐るべき秘密結社カポネ団

    国土の徹底的な完全利用による生活領域の拡大


    TVAは、原爆を作るために巨大に拡大していったのだ


    共産党による電源破壊工作と左派民同の電源防衛


    そもそも燃料輸入や核廃棄物処理、そして立地をめぐっても、民間には手に負えないことばかりだった。電源三法による立地自治体への交付金によって原発の増設がかろうじて可能になるという事態は、もはや官民が一体でなければ建設もできないということだ。さらに原発への反対運動に対抗するためにも、電力会社は国のエネルギー政策への協力というお墨付きが必要となり、国策民営の性格を色濃くするようになった。


    旧財閥系企業が原発に取り組むために再結集したように、九電力会社と通産省が原発のために一枚岩になるように、政党も原子力に関しては超党派で結びついた。


    戦前の日本人は良かれ悪しかれ世界の一流国という自意識がだれにもあった。これからの人達に誇りと自信を持って世界の一流国としての立場を保持してもらいたいことの一つに、この研究の分野がある。これは又幾人かの先輩が示したやうに、日本人の性格にあった世界の様な気がしてならない。


    あらゆる領域で代理戦争のようなイデオロギーの陣取り合戦が繰り広げられ、電力業界もその戦場だったが、さらに政党間や政党内の権力抗争、利権の争奪、官民の対抗意識、個人的な野心の衝突など、さまざまな利得や理念の対立が絡み合いながら、今日の電力供給体制の基礎が出来上がっていった。

  • 電気を主役にして戦後を描いた力作。
    政治も経済も、労働運動も原子力も、日本のもろもろを金の亡者とGHQが都合よく操り55年体制を作り上げたと言えるだろう。
    いまの世の中のおかしさと地続きなのだ。

  • 東2法経図・6F開架:540.9A/Ta84d//K

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著者プロフィール

立命館大学教授

「2024年 『〈学知史〉から近現代を問い直す』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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