〈反〉知的独占 ―特許と著作権の経済学

  • NTT出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (433ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757122345

感想・レビュー・書評

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  • 特許や著作権などの「知的独占」は本当にイノベーションやクリエイティビティを高めるのか?という多くの人が前提としている命題に食い込む。多様な事例をもとに、特許や著作権の制度は、イノベーションにつながらないばかりかむしろ有害であると主張。制度自体の廃止を提言している。以前から疑問に思っていた特許の有効性を考える上でとても参考になる。

  • ルソーは、「社会契約論」のなかで、国家に安定性を与えるために、百万長者も乞食も存在しないように、、つまりは極端な貧富の格差が生じないようにすべきだと主張した。彼は万人が全く差異のない平等をよしとはしなかったが、極端なのはアキマセンゼ、と言ったのだ。

    大事なのは、「程度」の問題である。どんな物事にも「ほど」がある。ほどを知るとは大人になるということである。原理原則に引っ張られて、極端に走ってはいけないのである。

    レバ刺しを食べれば、食中毒のリスクが生じる。このことに人は自覚的であるべきだ。しかし、レバ刺しなんて毎日食べるものではなく、年に数回食べる程度の健康リスクはほとんどない(免疫抑制者など例外は除く)。毎日レバ刺しを食べるような酔狂な人はまれだし、毎日食べていれば健康によくないというならばケンタッキー・フライドチキンだってチョコレート・パフェだって同じことである。食中毒に注意し、レバ刺しがそのリスクであることを認識するのは大切なことだ。注意を喚起するのは、ぼくみたいな感染症屋や行政の大事な責務だ。しかし、それを法律で禁じるというのは「極論」である。絶対たる安全、ゼロリスクを希求する極論だ。
     
    知的財産権についても、ゆるく考えたい。それは完全なる善でも完全なる悪でもない。<反>知的独占もひとつの「極論」であり、知的独占がイノベーションを阻害したり、利益を減じることはない、というケーススタディに満ちている。しかし、知的独占がある人たちの利益を増すのはあきらかで、だからこそ独占したがるのだ。リナックスは素晴らしいが、アップルやマイクロソフトを駆逐したり、凌駕したりはできなかった。いや、リナックスみたいなコンセプトと、アップルみたいなコンセプトが同居している社会こそが豊かな社会なのだ、とぼくは思う。

    図書館があっても出版業界は崩壊しなかった。貸本屋があってもマンガ業界は消滅しなかった。むしろ消滅したのは貸本屋のほうだ。ぼくはジャズ喫茶が好きであの空間を豊かだと思う。まだなくなってほしくはない。ジャズミュージシャンやレコード会社が「権利」を主張してジャズ喫茶の廃止を訴えるような、みっともない真似はしてほしくない。ディズニーがジャングル大帝もどきの映画を作った時、多くの日本人は鬼のクビでもとったように突っ込みを入れたけれど、手塚治虫もほとんど全ての日本の漫画家も、ハリウッド映画をパクっている。それをパクりというか、オマージュというか、パロディというか、剽窃というか、言い方はいろいろだけれども。

    この問題は、「どれだけ利益が得られるか」とか「イノベーションが阻害されるか」といった「功利」で議論してはいけない問題だと思う。「世の中がこうなっている」という説明で議論してもいけないと思う。官僚とか法律家の視点「世の中を以下に精緻に説明できるか」で説明してはいけない。そうではなく、あるべき姿、倫理の問題として捉えるべきだ。

    特許は、製薬メーカーに新薬開発のモチベーションを与える。しかし、極端に特許による利益が増えると、特許を取ることが手段ではなく目的となる。そこで、ちょっと剤形を変えただけのme too drugが増加する。古い薬、ジェネリックが安くなりすぎるのも問題だ。患者が搾取されるのもよくないが、メーカーが利益を全く出せないのも同時によくない。メトロニダゾールみたいな良い薬は、もすこし利益を出してあげればよいのだ。ぼくは冗談で、新薬に仕立て直して特許を取ればよいのにとか言う。ビタミンCとかグルコサミンを配合した、「フラジール・ゼット」とか「超スーパー・フラジール」とか名付けて高値で売ればよい。特許による利益が暴利的でない形で、パテントの切れた薬が商売にならないくらい暴落しないような形で、より緩やかな形で両者が併存していたほうがよい。むろん、途上国にはさらに安価で薬が提供できるほうがよい。

    かつて日本が貧しい国だった時にも、知的財産を無視する形でやり繰りしていたのだから。そのときの我々を忘れるべきではない。ジャズ喫茶はレコードが買えなかった貧しい日本人が生み出した独自の文化だ。貸本屋もそうだ。レンタルCDやビデオもそうだ。マンガ喫茶もその派生物だ。ぼくが子供の時は、祭りに行くとガンダムもどきのへんなプラモデルやドラえもんもどきの変な人形がよく夜店で売っていた(間違えて買っちゃいました)。中国のパッチモンにもあまり目くじらを立てる気になれないのは、そのためだ。変なウルトラマンもどきやピカチューもどきの品物を見ても、「しようがねえなあ」と苦笑するくらいが、大人の態度であり、節度であるとぼくは思う。

    世界から「ユルさ」が消滅しつつある。極端な糾弾社会。極端な突っ込み社会。極端な監視社会。ちょっとしたマイナーエラーもすぐにツイッターで広められ、ブログで広められ、それをマスメディアが引用する。最も、これも過渡期の産みの苦しみなのだと楽観したくもなる。極端に増加した情報量のために、情報の賞味期限は恐ろしく短くなっている。昨日起きた出来事も、今日気にする人はいない。携帯電話使ってカンニングした学生の話、まだ覚えている人、いますか?あのとき彼のエラーには不相応な過酷な厳罰がなされたけれど、あのときの大騒ぎ(新聞一面に載ったり)もあっという間だった。極論を乗り越えて、またゆるい社会が復活するかもね。だといいけど。

  •  経済学者が知的財産権を全否定するすっごくラディカルな書。要するに知的財産を独占させることは競争を否定することであり,百害あって一利なしという刺戟的な説を滔々と述べる。
     知的財産制度は,中世に恣意的に賦与されてた特権を多少修正した制度にすぎず,本質は独占である。早く来た移民が遅れてきた移民を排除するようなもの。しかも知財は,土地とか動産とかいう有形物でなく,情報という無形物に与えられるから余計に始末が悪い。
     インセンティブを与えるために独占権の付与が必要というのが定説だが,モーツァルトやベートーヴェンの時代には著作権はなかったことなど,著者たちはいろいろ例を挙げて異を唱える。知財がなくても発明はなされ,作品は作られてきた。インセンティブとしては,先行者利益で充分。模倣には時間も金もかかる。マネされないうちに,自分の技術・作品から利益は得られる。それが発明・創作のインセンティブになる。
     それどころか,知財があるために技術革新が滞ることも多い。蒸気機関の改良は,ワットの特許が切れるまで進まなかったし,初期の飛行機の発達は,ライト兄弟の特許がなかったフランスで進行した。
     独占者がレントシーキングすることは社会的な損失となる。独占利益を維持するために,生産に結びつかない監視・訴訟などの活動に興じる不毛。
     しょうもない特許が成立することも多く,サブマリン特許,パテントトロールの問題もある。特許のほとんどは防衛的に取得されるのでその数も必然的に多くなり,審査にも維持にも時間とコストがかかる。知財がなければこのような無駄な労力は要らない。
     そんなこんなで,著者たちは知財権を徐々になくしていくべしと主張する。とりあえず期間を短くするとかして権利を弱めることから始める。ただ世の中の状況はこれとは反対に権利を強くし,また途上国にも法整備を迫るなど,地理的にも拡充していく方向。
     まあ極端な論,ということにはなろうが,巷間無闇に叫ばれる知財礼賛の言説に対する良い冷や水にはなっている。歴史的な経緯から制度としてはかなり定着しているので,弊害が少なくなるような運用を考えていくのがいいかな。著作権は登録制とかいいかも。特許など,現状では何でも一律で同じ期間保護されている。これもベストではないんだろうが,差別化するのもまた難しい。いっそ制度をなくしたらそういう余計な心配もないのですっきりするという気持ちは理解できる。
     医薬品産業についても,一章を割いて検討している。そのうえで,特許は不要・有害と結論してる。反著作権だけあって,本の内容はフリーで公開されている(英語版のみ)→ http://bit.ly/hOoDpC

  • 【メモ】
    ・著者の有言実行ぐあいが素晴らしい。英語に苦手意識がなければどうぞ。
    http://www.dklevine.com/general/intellectual/againstfinal.htm

    ・白田先生の長文(必読)。
    http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/rageagainst.htm

    ・版元
    https://www.nttpub.co.jp/search/books/detail/100002086

    【目次】
    第1章 はじめに

    第2章 競争下での創造
    ・ソフトウェア
    ・著作権保護作品―─本、ニュース、映画、音楽

    第3章 競争下のイノベーション
    ・特許のない世界
    ・産業革命と蒸気機関
    ・農業
    ・スペインの野菜とイタリアのセーター
    ・金融市場
    ・デザイン
    ・スポーツ
    ・特許なしの利益
    ・特許プール

    第4章 知的独占の害
    ・特許のコスト
    ・進歩を白紙に戻す

    第5章 著作権延長問題
    ・永遠に続く著作権
    ・音楽の経済学
    ・デジタルミレニアム著作権法
    ・表現の自由
    ・政策ミスから大失策へ──暗号化の義務づけ
    ・レントシーキングと税

    第6章 競争のしくみ
    ・アイデアの木の果実
    ・固定費と競争
    ・分割不可能性
    ・協働の利点
    ・先行者優位
    ・価値が不確かなアイデア
    ・模倣の社会的価値

    第7章 知的独占の擁護論
    ・私有財産と公共財
    ・知的独占を支持する経済的議論
    ・模倣の外部性
    ・価格のつかないスピルオーバーを定量化する
    ・秘密と特許
    ・シュンペーター派のいう良い独占
    ・アイデア経済
    ・グローバル経済
    ・パブリックドメインとコモンズ

    第8章 知的独占はイノベーションを増加させるか?
    ・一八世紀の著作権と音楽
    ・一九世紀の特許とイノベーション
    ・二〇世紀の知的財産とイノベーション
    ・同時発見

    第9章 医薬品産業
    ・世界一やさしい医薬品特許の歴史
    ・特許なしの化学物質
    ・特許なしの薬
    ・今日の医薬品産業
    ・有益な薬はどこからくるのか
    ・ではトレードオフはどのくらい大きいのだろうか?
    ・新薬開発コストを考え直す
    ・究極のウィルス

    第10章 悪しきもの、良きもの、醜きもの
    ・悪しきもの
    ・良きもの
    ・醜悪なるもの

  • 難解な本ではないけど、ボリューム多いしトピックも多いので、何度か読む必要ありそう。

    -特許、著作権などの知的独占は、イノベーションを阻害している

    -オリジネイターが利益を得る方法は別にあるし、今の特許制度もそれほど利益をだしてなくて、大企業とパテントトロールのみを利している

    -そうした知的独占がないほうがイノベーションは伸びる


    ことを、発明、特許、ソフトウェア、音楽、出版、製薬、など様々な業界を対象に検証している。

    商標は指定してない。コピー品ビジネスなどは否定している。

    でも、逆に言うと「商標などの仕組みでオリジネイターの利益は守れるし、知的独占は害のほうが大きい」と言い切り、かつ事例もデータも誠実に引いてるのが素晴らしい。

    山形浩生さんの訳者解説もいつにも増してノッてるように思われる。


    ちょっとよくわからないのが、「独占」はいいことが悪いことなのか。Linuxは圧倒的シェアを持ってるけど、それは別に悪くない気がする。

    多くの場合で独占はたぶん悪いことなんだけど、競争そのものを排除せずにうまく独占をやめさせる方法はなんだろう。

    また、セグウェイの話で出てくる「発明家がそれで自動車の価値がなくなると本当に思ってるなら、さきに車会社の株を空売りしておけば利益確保できた」というのはいまいち同意できない。


    量産が強い会社が、安価な模倣品をたくさん作ることで市場を持っていくことについては、たしかにそのほうが人類のためかもしれないが、工場に近い人たちしかインセンティブが働かなくなる。

    音楽アルバムの著作権収入がゼロになってもグッズ等で儲かる話も、零細ミュージシャンにはつらそうな気がする。(音楽の章はレコード会社のビジネスと著作権のどちらに問題があるのか、もう一回読まないとならなそう)

    本では「発明者は一番手で、模倣者は一番手が利益を出てからコピーを始めるので、先行者利益としては充分」というが、中国と北欧みたいに製造力が違いすぎると、あとから出てくるほうが有利すぎる。それはいいんだろうか。グローバル化についても記述はあり、再読したほうがよさそう。

    ただ、実際はそういう人も、特許料で利益を得てるわけではなくて広告等別の形で利益を得ているので、本書の趣旨の「知的独占は良くない」とは矛盾してない。

    何かの発明について、特許以外の方法で発明者に報いるやり方は何か、と考える選択肢を増やすことはすごく意味がある

  • ビジネス
    経済

  • 著作権の本は色々読んできたが、この本の主張ほど刺激的なモノはなかった。

    <blockquote>知的独占――特許、著作権、制約的なライセンス契約――は不必要である。これが本書の基本的な結論だ。</blockquote>
    なんせコレである。
    <blockquote>知的財産権は有害である。それがもたらすはずのよい効果は、理論的にも怪しげであり、実証的な裏づけは皆無である。</blockquote>

    では、何のために知的財産権はあるのだろうか?
    先日見た『RiP!リミックス宣言』の"過去は常に未来を支配する」っていうマニフェストが強く強く頭に残る。

    既得権益が自らを守るために知的財産権というものを築き上げたのではないだろうか?
    確かに知的財産権で著作者、発明者、特許者が守られてイノベーションが起こることはある。しかし、逆の事態も起こりうる。
    特許に触れるために研究が進まなかったり、著作権処理が出来ずに創造性が制限されるというのはよく聞く話だ。

    <blockquote>本書は経済について書いた本で、法について書いた本ではない。別の言い方をすると、法の現状についてではなく、法はどうあるべきかを書いた本だ
    </blockquote>。

    ある意味、理想論だから極論に感じる部分もある。
    けれど、知的財産権・著作権というものを考えるに当たって一読の価値があるほんではないだろうか。

  • 知的財産の保護は、イノベーションを促進しない。むしろ阻害する。趣旨は明快。説明も詳しいが、経済学の知識がないせいか、よく理解できなかった。

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784757122345

  • 特許などの知的財産を守る法律は、世界の発展の邪魔になっているんだ、という話。目から鱗、というより、そうかそういう見方をしてもいいんだ、とすっきりした。Appleが「丸みを帯びた四角」で特許をとったり、松本零士が歌詞のことで歌手を訴えたり、大の大人がなんなのそれ、とは思いながら、でも知的財産って大事なことだからな、と思っていたぼくは知らず知らず洗脳されてたのかもしれない。
    とはいえ、ちょっとすっきりしない点も多々。たとえばブランドの偽物は? この本でははっきりした線引がされないが、不必要な知的独占と、必要な知的独占?があるのでは? 知的独占をせずに発展したオープンソースについてもっとつっこんで欲しい。対立する意見も取り上げているが、扱いはちょっと雑で、納得性はあまりない。

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