地球を抱いて眠る

著者 :
  • エヌティティ出版
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757150256

感想・レビュー・書評

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  • 陰鬱なミステリー好きの私が、知人に勧められて、初めて読んだジャンルの本です。私好みではないな、と理解に苦しみながらの読み始めを過ぎると、不思議と心穏やかな気持ちになり、自分の心の奥深くを覗き込んだようでした。多分、私は本の中で著者と一緒に旅し、睡眠療法やヒーリングを経験したのだと思います。これからの自分の心の持ちようにも、変化となって表れそうです。

  • <偶然の旅行者>
    10年前、カナディアンロッキーをドライブした。カルガリー空港に夕方の飛行機でつき、空港で大型のバンをレンタルして、4歳の長女と、1歳の長男を積み込んで、ぼくたちの家族旅行が始まった。都合10日間あまりの極めてパッケージツアー的カナディアンロッキーの旅が始まった。薄暮のカナダの平原をしばらく走ると、左手の方にぼんやりと巨大なものが現れた。ハンドルを握っていたぼくはぎょっとした。妻も、息をのむのがわかった。カナディアンロッキーの山並みが登場したのだ。不思議なことに、まるで深海の海底にいるような気分だった。山の高さが逆に自分達のいる場所の低さを意識させたのだ。ぼくのどちらかといえば、人工的かつ大都市型の人生の中で、自然というものへのある種の畏怖を感じるという稀な経験の一つだった。

    人は何故旅をするのだろう。その時の旅行に持っていったペーパバックは鮮明に記憶している。アン・タイラーのアクシデンタル・ツーリスト。当時、既に映画化されていて、陰鬱な顔でウィリアム・ハートが、旅行ガイドのライターを演じていた。彼は旅行ガイドを書くために旅をしていた。

    ジャンルを問わず、ぼくには好きな文章がある。物理的な快感を感じることのできる文体。例えば、長田弘のカフェUSA、沢木耕太郎の初期の文体、ナンバーのスポーツライティング、村上春樹の短編。この本にも、同じリズムが流れている。対象との間で揺れ動きながら、その距離感は失わないというバランスとでも言えばいいのだろうか。

    「どうして僕はこんなところで、そしていったい何をしているのだろう。」

    こんな想いから、彼は、東京の年齢退行催眠を体験し、屋久島の原生林に南部鉄の風鈴500個を吊るし、サンフランシスコの禅寺に青い目の修行僧を訪ね、伊那谷で大地にうつぶせになる癒しを体験し、バリ島の呪術師バリアンにあい、横浜で日本画家にして僧侶である友人と瞑想について語り、三宅島でイルカの群れの中で泳ぐツアーに参加し、ハワイの石伝説を追い、オーストラリアのバイロンベイで、失われたカウンターカルチャーの楽園に向かう。

    瞑想や旅や大地と、作者自体、あとがきで「いささかニューエージめいた」と認めているように、「精神」をめぐる旅である。精神世界について書くということは、綱渡りだ。批判の側に落ちても、没入の側に落ちても、という一筋縄ではいかないところがある。作者は、その綱渡りを繊細に行っている。この本の魅力はそういった繊細かつ困難な対象物へと前のめりになりつつ、距離をぎりぎりで保つようなスタイルにある。

    《辺境とは遠い場所のことだとすれば、僕はそれを様ざまなところに求めた。ひとつには地理的に遠い場所であり、自分が馴染んでいる文化からも遠い場所だった。そして自分の中にも、辺境を探した。》

    《現に辺境へ行ってみると、そこはまた日常と隣接した場所だった。体験の幅や数だけ何かが広がるということはなく、そこで目にするものは、いつもの自分の姿なのだった。その自分の姿を、普段はまりみていないだけであることに気づかされた。》

    精神的なものを求める人だからこそ、そういった旅が陥りがちな罠にも敏感である。その敏感なバランス感覚が、独特のスタイルとして、全編の清涼な雰囲気を生み出している。

    旅行ガイドらしくない旅行記が、10年前の、観光旅行中であった一瞬の非日常を思い出させてくれた。

  • 2010.9.7 古本
    ニューエイジや精神世界っぽくありながらそういう事柄に対してすごく冷静な視点がいいですね。伊那の森の木に向かって寝そべるというのがいいな。

  • webサイト、Hotwired Japanに掲載されたエッセイをまとめた本。
    前作の「街を離れて森の中へ」の1篇1篇は短かったけど、こちらは読み応えアリ。

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著者プロフィール

1961年東京都生まれ。雑誌『SWITCH』の編集者を経て、作家・翻訳家に。主な著書は、小説に『人生は彼女の腹筋』(小学館)、『夜はもう明けている』(角川書店)、ノンフィクションに『語るに足る、ささやかな人生』(NHK出版/小学館文庫)、『地球を抱いて眠る』(NTT出版/小学館文庫)、『アメリカのパイを買って帰ろう』(日本経済新聞出版)、翻訳に『空から光が降りてくる』(著:ジェイ・マキナニー/講談社)、『魔空の森 ヘックスウッド』(著:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ/小学館)、『スカルダガリー』(著:デレク・ランディ/小学館)など。2012年逝去。

「2022年 『ボイジャーに伝えて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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