- Amazon.co.jp ・本 (334ページ)
- / ISBN・EAN: 9784791750382
作品紹介・あらすじ
知と生命と想像力と時空の淵源を研究し、ニーチェ没後の西欧形而上学の凋残と呪詛とを叩き切る鈍刀のような著述。25年の超領野的思繹の結果、やがて曠朗な方向が示される。
感想・レビュー・書評
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『暗黙知の次元』などの著作で特異な科学哲学を講じたマイケル・ポラニーの思想を、著者自身の関心にそくして比較的自由に展開している本です。
ポラニーの「層の理論」によれば、われわれの認識や知の働きは、一つの包括的全体を知るためにはその諸作目に注目することからはじめ、ついでそれを通じてその背後あるいは上位にある原理へと焦点を移すことができるという構図をもっています。著者はこの発想を縦横に展開することで、人間の認知システムや心身問題を論じ、さらに科学哲学・科学社会学の問題にも立ち入り、生命論から文明論へと至る見通しを提示しています。
諸学問を自由に横断して知と生命についての包括的な視座を示す著者の議論は、やや強引さを感じるのも事実です。とはいえ、その知的パフォーマンスがもつ魅力は、読者を強く惹きつけずにはおかないように感じました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
この本はマイケル・ポランニーの暗黙知理論を駆使して近代がもたらした現代人のどうしようもない不安をどうにか解消できないか!と試みられた鬼才栗本慎一郎さんの誇りと気迫が賭けられたポトラッチであると思う。
あとがきでは、「なけなしの哲学的基盤」と自ら揶揄されているがとんでもなく勉強してあるのだと思う。私などは哲学に関してほとんど何の知識も無いので、そのことを跡付けることもできはしないが、きっとそうなんだろうなと感じられる。
以前に読んだ東浩紀さんの「存在論的、郵便的」と同じようにミステリー&サスペンスが組み込まれているので何とか最後まで読み通すことが出来た。謎解きが無ければとてもじゃないが解らないことを読み続けることなどできない。しかし、考えてみると解りもしないのに…私もよく読めるものである。
人は何がわかりたいのかもわからないままに、何かをわかろうとするものではある。(他の人はどうか知らないが私はそうなのでそう書いてみたが…)暗黙知とはそういうものがあるということのような気がする。
養老孟司さんは「知るということは、恐ろしいことでもある。」と書かれていたように記憶している。
例えば、表面上親愛の情があるように装いながら、その実…私を避けようとしている人がいることを知ることがあるとしたら?そのことを知ってしまうということは、私にとっては苦しく辛くそして、恐ろしいことである。何故なら、知ってしまった以上…何らかの決断をして事態に対処することを迫られるからだ。
すなわち、相手の意向を尊重し、ひっそりと身を引くか、そんなの無視して無理強いするか…という両極の幅の中のどこかを選択しこの身を投げ出さなければならなくなるからだ。投げ出すのは恐ろしい。
それでも人は知ろうとする。本書によればそれが生きるということで、遡ればそれが生命ということらしい…
この本の謎を解く鍵は、「意味と生命」という…その題名にある。と思う…