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- Amazon.co.jp ・本 (527ページ)
- / ISBN・EAN: 9784794208361
作品紹介・あらすじ
本書は、この百年間、エルサレム市民が過ごした日々の記録である。著者は、公文書、新聞、旅行記、回想録、ガイドブック、日記、私信等々、多種多様の記録から可能なかぎり事件の目撃者の言葉や最初の報道をそのまま引用して、この都市の日常生活を生き生きと描く。臨場感あふれる記述を読み進めるうちに、いつしか読者はエルサレム百年の日々に、自分で立ち会っている。
感想・レビュー・書評
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1942年11月末には、ユダヤ人がガス室で殺されたというニュースを含む、ナチスによるホロコーストの恐ろしい話もいくつか伝わってきた。これはパレスチナに住むドイツ人との交換で戻ってきた60人のユダヤ人から聞いたものである。トルコ経由の鉄道でパレスチナに辿りついた彼らは、最初ポーランドにいるところをナチスに占領された。ユダヤ人の閣僚も2人いた当時のロンドンのポーランド亡命政権は、ドイツ占領したのポーランドから苦心して脱出した急使ヤン・カルスキの情報をもとに、ドイツ軍の残虐行為に関する報告書を公にした。「パレスチナポスト」紙は1942年11月25日付で、その詳細を「ポーランドのユダヤ人の大虐殺」という見出しで掲載した。2日後、「ユダヤ機関」は11月29日から断食明けの12月2日までの3日間、公式に喪に服すると発表した。12月2日の昼から深夜まで、エルサレムのユダヤ人商店や記者は全て休業した。コンサート、カフェやレストランのダンスパーティ、映画上映なども全部中止された。嘆きの壁では、著名なラビたちが荷運び人や職工らと肩を並べて、ヨーロッパのユダヤ人に代わって代禱の詩編の言葉を唱えた 。
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