ランニング思考──本州縦断マラソン1648kmを走って学んだこと

著者 :
  • 晶文社
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感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794968968

作品紹介・あらすじ

民間版の世界銀行を目指す起業家が、過酷なウルトラマラソンの体験から得た仕事と人生の教訓。いかなるマインドセットでレースに臨み、ふりかかるアクシデントをどう乗り越えるか? 日頃のエクササイズはどうするか? 1648キロを走破した本州縦断マラソン、520キロの山道を走りぬく「川の道フットレース」、佐渡一周208キロのウルトラマラソン……金融プロフェッショナルとしての仕事の傍ら、NPOの活動も行うビジネスパーソンが、自らのランニング体験を通して得た人生・仕事上の知恵を伝える、読者の「働く」「生きる」を変えるかもしれないエクストリームなマラソン体験記。

感想・レビュー・書評

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  • 人間のちっぽけさ
    感謝
    モノ、ミニマリズム
    人それぞれ自分に配られたカード(環境才能経済状況)を使って一度きりの人生をプレイ
    配られたカードよりも、そのカードでどんなプレイをするか
    走ることは瞑想すること
    死への納得感→死の直前において自分の行動が自分らしくあり続けるかどうか
    苦しみはデフォルト設定と考えれば、残るは喜びしかない

  • 真面目だ・・。働き者だ・・。でも人間って適度に体を酷使したい生き物かも。生きてるって実感した感を持ちたい。それがリア充と思ってる。

  • 心が素直になる本です(^^)

  • いつかはこういった走り方にチャレンジしてみたい。その時自分は何を思い、どこまで挑めるのか。

  • わたしも走れば色んな悩みは解決するけど、この人の走り方は尋常じゃない!
    フォームが崩れないようにすることはとても大事。あと、歩く時と走る時では使う筋肉が違うというのは、勉強になりました。

  • 2018年49冊目。

    慎さんには遠く及ばないけど、僕も100kmマラソンを走ったことがある。「なんでわざわざ長い距離を走るの?ただ走るだけで楽しいの?」という質問を散々受けた。かつては自分も陸上をやっている人たちに対して同じことを思っていたので、問いたくなる気持ちはよくわかる。苦しいだけで、何が楽しいのかと。

    ましてや、慎さんのように「本州縦断1648kmマラソン」ともなれば、もはや狂気の沙汰にしか思えないかもしれない。だけど実は、この極限体験の中に、体力だけでなく人間性を磨く上で大事なことがたくさん詰まっている(と、少なくともマラソン好きからしたら心底そう思える)。

    特にこの本の中で共感したのは、極限常態の中で生まれる二つの心情の変化について。

    一つは、「自己顕示欲がなくなる」ということ。信じられないほど苦しい。苦しいのだけど、苦しさのあまり、もはや周りの目がどうでもよくなる。かっこつけている余裕がない。素の自分である以外の余裕がない。慎さんも書いているように、とても「穏やか」な気持ちになる。年齢を重ねるごとに、未熟さに対する恥じらいの気持ちや、年相応の貫禄への憧れなど、本当はあまり必要ではない、むしろ邪魔になる気持ちが芽生えてくる。どちらも、自分を強く見せようとする隠れ蓑。自分を取り繕う余裕すらなくすほどのぎりぎりの挑戦というのは、そんな自分をもう一度真っ裸にしてくれる。

    もう一つは、「謙虚になる」ということ。走っている最中、自分ではコントロールできないことと山ほど出くわす。予想外の怪我、荒れる天候、心折れるのぼり坂...(慎さんの走行記を読めば、こっちまでげっそりするくらいに痛感すると思う)。どんなに練習を積んで自分側を鍛えても、否応のないものと対峙しなければならない瞬間が必ずくる。たいていはまず、愚痴がこぼれる。「雨ふざけんな」とか「なんでこの辛い時にのぼり坂があんねん」とか。でも最終的には、「やるべきことは一つしかない。変えることのできないこの環境に対して、いま自分にとってできることは何か」という心に落ち着く。どうにもならない自然への敬意も芽生えるし、ちっぽけな自分を支えてくれるボランティアや応援者の人たちへの感謝の気持ちも強まる。自分を過小評価する自己卑下ではなく、すべてを敬う本当の謙虚さと出会える。そんな気がする。

    総じて、「あるがままの自分で、そんな自分にできることを一つずつやるしかない」という気持ちになれる。だから、変に強がったり、愚痴ばかり言っていたり、そういう状態になりかけたときは、このスポーツは心からおすすめ。素直に、謙虚に、あるがままになるために。

    本の最後にも書かれているけど、極限体験で学んだことを、日常に落とし込むことは本当に難しい。あっという間に走る前の自分に戻ってしまっているようにも思える。「また走りたい」と思うことがそもそも、「あのとき学んだ気持ちにまた戻りたい」という気持ちの表れで、やはりせっかくの学びを活かしきれていないのだろうなと感じる。そうやって、終わることなくいつまでも走り続けていくのかもしれない。

    この本を読むと、十中八九、慎さんが超人に見えると思う。毎日熱や怪我を抱えながらフルマラソン以上の距離を走り続ける。しかも、走りながら仕事のSkypeミーティングをしている。ウルトラマラソン経験者から見ても次元が違い、凄すぎて読みながら笑ってしまった。

    でもおそらく、超人的に見られることよりも、弱さを抱えながらも挑戦し、そんな自分を超えたり許したりしながら人として成長していく、そういう面に焦点を当てた方がよいのだと思うし、その克己し続けていく姿こそが、この本の一番の魅力だと思う。

    9月。7年前のちょうどいまくらいの時期に、自転車の旅で慎さんのルートと同じ日本海側を爆走していた。逆方向ではあるけど、あそこのトンネルの怖さとか、あそこのコンビニのなさとか、あそこの峠道のやばさとか、とても懐かしい気持ちで読んでいた。冒険の高揚感が蘇ってきた。

    走ることによる内面的な変化を知ろうと思ってこの本を手に取ったのに、具体的な走り方や工夫のところにもいっぱい傍線を引いてしまっていた。おそらく僕自身、いままた走りたがっているのだと思う。

  • 走ることを通して感じること、学ぶことがあるという話。
    自然に対する畏敬の念を学ぶ。
    自己管理の仕方について学ぶ。

  • 初めて触れた慎さんの著者。内容は自身が挑戦したウルトラマラソンの過程を紐解きながら、道中で感じたことを綴ったもの。共感できるポイントがいくつもあった。特に、自分の自己愛に打ち克つことの重要性、ゴールなどは存在せずただ方向があるのみなど。生きている限り、人間は自分や他人と向き合い、主張をし、批判され、それでも前に進まなければならない。簡単な人生などない。むしろこの難しさこそが、自分の人生を人生たらしめていると考え、前向きに生きて行くしかない。

  • この人、年齢は一回り下だけどすごいです。
    私脚の付け根の痛みなんか大したこと無いと思いました。昆明行の飛行機の中で読了。

  • 長い距離を走ることでしか辿り着けない境地があることはわかる。私もそこに魅かれる。しかし、だからといってここまで身体を酷使するのは躊躇する。

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著者プロフィール

1981年日本生まれ。朝鮮大学校法律学科卒業後、早稲田大学大学院ファイナンス研究科に入学、修了。大学院在学中からモルガン・スタンレー・キャピタルで働き始め、同社のグローバル不動産投資ファンドの運用における財務モデルの作成や負債管理システムの構築などに従事。2010年からはユニゾン・キャピタルに投資プロフェッショナルとして入社し、投資の実行、売却、負債リストラクチャリング他、数多くの投資プロジェクトに従事。金融プロフェッショナルとしてのキャリアの傍ら、2007年に認定NPO法人Living in Peaceを設立し、機会の平等を通じた貧困削減のために活動。2009年には日本初となるマイクロファイナンス投資ファンドを企画。国内では、親と暮らせない子どもの支援に従事し、これまで二つの児童福祉施設の新設に関わる資金調達支援、退所後の子どもの就学資金支援、政策提言活動などを行ってきた。2014年7月に五常・アンド・カンパニー株式会社を創業し、2015年10月時点で、カンボジア、スリランカ、ミャンマーにある子会社を通じて現地の貧困層にマイクロファイナンスを提供している。

「2015年 『ランニング思考』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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