- Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
- / ISBN・EAN: 9784806147909
作品紹介・あらすじ
戦中から考古学界に身を置き、60年以上にわたり研究をリードしてきた日本考古学界の第一人者が、「記紀の中では<敗れた>と記述されているが、実際にはそれぞれの地域では神としてその後も崇められていた」事象を、考古学・文献双方からのアプローチを行い、新視点を提示する意欲作。
感想・レビュー・書評
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歴史
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敗者の立場から歴史を見る。うわ大好物、とか思って手にしたのですが…。過去に他の著書で書いているので割愛とかざっくり感が物足りなく。著者様ファン向けのダイジェスト的一冊って感じでした。私は初読みだったから、ちょっとがっかり。
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古代史は好きなので、森先生が編集された「日本の古代」など若い時分に読み続けたこともある。
遺作になるのだろうか。久し振りにプロの学者の著作に触れる。敗者として、饒速日から大友皇子まで取り上げている。雑誌のシリーズなので、1篇の文章はさほど多くない。
饒速日の饒は「豊」の意味があり、饒速日を祀る物部氏は九州北東部の豊の国出身としている。奈良盆地の鳥見の地やその地に鎮座する宗像神社の考察などから論証される。成程成程。
「先代旧事本記」での饒速日の東征は具体的で、神武の記述はこれに負っているという。神武は実在したのか。饒速日は誰に敗北したのか。勿論、考えても素人に判るわけがないのだが。
その後、新たに北九州から近畿に侵入したのが応神。応神の後継の仁徳達も大阪湾を抑え、難波宮に王朝を置き、百舌鳥古墳群を築く。住吉大社の進出もその頃だったらしい。それにしては、応神はあまり王朝の始祖として顕彰されてないように思う。厚いベールに隠されている印象。先日読んだ本は、神武=崇神=応神という同一説だったが、本拠も時代も異なるし、やはり無理があるかな。
気になった話。藤の木古墳が世間の話題になった頃、関西の二大学が斑鳩町と勝手に協力し、某大学はNHKと番組を作ろうとしていた。県教委が乗り出し橿原考古学研究所が事を進める本来の在り方になった。
うーん。最近の纏向遺跡の研究など世間やマスコミの興味に阿っているような報道が多く、どうかと思っている。
歴史の敗者にスポットを当てた内容だが、当方の興味は違う処にいってしまった。判らないことは沢山。だから古代史は面白い。
本当の研究者の説得力は素人とは全然比べ物にならないと実感できた。もう少し、森先生の本探そうか。 -
正史とは勝者の歴史であり、歴史から消された敗者にも功績、大義、歴史への影響力はあったはず。
勝者がいつもそんなに偉いのか、と思ってはいても、なかなか個別に知る機会は少ないので、本書によって長髄彦、蘇我一族、筑紫磐井など魅力的な敗者について知る機会を与えてくれた本書は有難い。 -
前に触れた箇所を省略しているところが、枚数の関係でしょうが、私には分かりにくくて、簡単でいいので説明してほしかったです。後、面倒でしょうが系図を載せてほしかったです。名前がややこしい上に誰が誰の子供で兄弟で、、というのがごちゃ混ぜになってしまうので。
古い地名や神社仏閣の名前にはたいそう意味があることがよく分かりました。面白かったです。 -
森浩一氏最後の著作になるのかな。「歴史読本」の連載をまとめたもの。
他の本もそうでしたが、考古学者の立場にとらわれず、古代史の世界に向かい合っている。
「饒速日命と長髄彦」「物部守屋大連」など収録。
古墳の被葬者の比定でも、かなり攻めの姿勢で書かれていて、退屈せずに読める。 -
うーん…私の知識が乏しすぎるのか、内容が頭に入ってこず…。
敗者の、といっても、そんなに新しい感じはしなかった印象です。
聖徳太子と山背大兄を普通に親子としているのも、この前の本の影響か違和感あったり。
短編の集まりですが、前から読まないとなかなか難しいです。