家は生態系―あなたは20万種の生き物と暮らしている

  • 白揚社
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  • Amazon.co.jp ・本 (422ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784826902236

作品紹介・あらすじ

玄関は「草原」、冷凍庫は「ツンドラ」、シャワーヘッドは「川」
家には様々な環境の生物がすみついている!
「家の生態学」研究からわかった、屋内生物の役割とその上手な付き合い方!

今までほとんどの人が、気に留めなかった家の中の生き物たち。
生態学者の著者が家の中の生き物を調べると、そこには20万種を超す多種多様な生き物がすみつき、複雑な生態系をつくりあげていた。

・家には、どこに、どんな種類の生き物が、どれくらいいるのか?
・そうした屋内の生物は悪さをするのか?それとも、人の役に立つのか?
・徹底的に除菌すると、家の生態系はどうなるのか?
などなど、あなたの暮らしや健康に影響大の身近な「自然」の話!

■■■■■本書への賛辞■■■■■
ロブ・ダンたちは群集生態学の考え方や手法を使って、ほとんどの科学者が見落としていた「家」という生態系を調べ上げた。その成果からは、生態系のはたらきについて新発見がもたらされたが、何よりすばらしいのは、そこから、私たちの健康や暮らしに影響を及ぼす屋内生物と人との関係について驚くべき洞察が得られることだ。
――「ネイチャー」誌

私たちの身の回りの生き物はハッとするようなすばらしい世界をつくり出している。本書は、その世界を発見する楽しさと大切さを教えてくれる。
――ダニエル・E. リーバーマン『人体六〇〇万年史』著者

本書は身の回りの見えない「荒野」をあぶり出す。一度読むと、ホコリからクモ、シャワーヘッドまであらゆるものが違って見えること請け合い。イチオシの本!
――ソーア・ハンソン『ハナバチがつくった美味しい食卓』著者

感想・レビュー・書評

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  • 【まとめ】
    0 まえがき
    複数の研究グループが家の中にいる生物種を調べ始めたところ、20万種を超える生物が発見された。脊椎動物、植物、昆虫、菌類などである。また、家屋に生息している生物種の多くは人間の役に立っており、場合によっては人間にとって不可欠な存在であることもわかった。
    しかし残念なことに、家の中にいる生物の多くは善良で、人間にとって不可欠でさえあることに科学者たちが気づき始めたちょうどそのころ、社会全体は、家の中を殺菌消毒することに精力を傾けるようになった。躍起になって屋内の生物を殺していくうちに、家の中を外部の世界から遮断しようとするだけでなく、殺虫剤や抗菌薬を使用すると、その矛先が有益な生物にも向かい、そのような生物を死滅させ、排除していくことになる。そして、知らず知らずのうちに、チャバネゴキブリ、トコジラミ、さらには命取りのメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)のような、薬剤耐性をもつ生物種に加勢してしまうことになるのである。
    私たちは、このような薬剤耐性をもつ種の残存を有利にしているのみならず、その進化の速度を速めてもいる。屋内環境は、いまや屋外環境のバイオームよりも大きくなっているのだ。


    1 家のさまざまな場所に、さまざまな生き物
    家の中で見つかるのが、食品を腐敗させる細菌や、人体から徐々にはがれ落ちる垢を食べている細菌だけならば、科学的見地からみて特に注目すべき点はない。ところが、別の種類の微生物が見つかったのである。それは、細菌や古細菌、つまり、極限環境を「好み」、そこで繁殖する極限環境微生物だった。
    家の中には、極寒のツンドラに匹敵するほど冷たい冷蔵庫や冷凍庫がある。家の中には、酷暑の砂漠よりも熱いオーブンや、そしてもちろん、熱水泉に劣らぬほど高温の給湯器もある。家の中にはまた、ある種の食品のような極度に酸性の環境や、練り歯磨き、漂白剤、洗浄剤のような極度にアルカリ性の環境もある。こういった家屋内の極限環境の中から、それまで深海や氷河や遠い塩砂漠にしかいないと思われていた生物種が見つかったのである。

    自宅のボイラーからは、間欠泉に生息する好熱性細菌「テルムス」が発見された。間欠泉の生物の多くは「化学合成生物」、すなわち間欠泉の化学エネルギーを生物エネルギーに変えられる生物である。

    水が水道管内を流れるとき、特にシャワーヘッドの配管内を通るときに、厚いバイオフィルム(微生物膜のぬめり)が形成される。バイオフィルムを構成しているのは、敵対的環境(たとえば、絶えず自分を押し流そうとする流水など)から身を守るという、共通目的のために協力し合う一種または複数種の細菌たちだ。細菌たちは、自らの分泌物でバイオフィルムの基盤を形成し、水道管内に頑丈な共同住宅を作り上げる。
    興味深いのは、水道水を殺菌すると、そのなかで頑強な生物種が生き残り、競争相手の死滅によって生じた空白の中でより増殖していくことである。アメリカ合衆国の都市用水に含まれる抗酸菌の数は、井戸水の2倍に及び、細菌類の90%を占めていた。そして、井戸水を利用している家庭のぬめりからは、抗酸菌以外の極めて多種多様な細菌が棲み着いている傾向が見られた。

    住宅の乾式壁の真菌は、壁の製造過程からすでに紛れ込んでいる。この中にはアレルギーを引き起こす黒カビ(スタキボトリス・チャルタルム)も含まれる。


    2 殺しすぎると病気にかかりやすくなる
    フィンランドの疫学者であるハリ・ハーテラは、生物多様性が低下するにつれ、慢性疾患の発生頻度が高まっていくと提唱している。2009年には、フィンランドのチョウの多様性が低下している地域では、慢性炎症の発生頻度が高まっていることを指摘する論文を書いている。自然の一部であるコレラ菌も同様の傾向にある。
    病原体とのつながりを断つことは、人間にとってメリットになる。ところが、今や、人間は度を越して、本当に有害で危険な少数の生物種からだけではなく、益をもたらしてくれる種も含めた、それ以外の多種多様な生物からも自らを切り離してしまったのである。

    ハーテラとフォン・へルツェンは、ロシアとフィンランドの国境を挟んだ双方のカレリア人を比較する研究、「カレリアプロジェクト」を行った。2つの集団に遺伝的差異はないが、生活環境が違う。ロシア側がより自然に根ざした生活を送っている。
    丹念な聞き取り調査と、特定のアレルゲンに対するIgE抗体の量を測定する血液検査に基づき、この二つの集団間にはアレルギー疾患の有病率に差があることが証明された。さらに重要なことに二人は、フィンランド側のカレリア地方に見られる疾患は、環境微生物への曝露不足が原因だと考えるようになっていた。実際に計測した結果、裏庭の希少在来植物が多様性に富む家に住んでいる子達は、皮膚にさまざまな細菌種が付いており、アレルギーリスクが低かった。加えて、多種多様な在来植物に曝露することによって、皮膚のガンマプロテオバクテリア(および、肺や腸内にいる同様の効果をもたらす細菌)が増加し、それがひいては、免疫系の平和維持の経路を刺激して炎症反応を抑制することもわかった。

    抗生物質の過剰使用の結果、病院内での薬剤耐性菌の問題は、1950年代に初めて黄色ブドウ球菌のファージ型80/81が出現した当時よりもはるかに悪化している。新生児だけでなく、広く一般の人々の間でも手に負えなくなっているのだ。当初、80/81株の一部はペニシリンで殺すことができた。1960年代末には、黄色ブドウ球菌感染症のほぼすべてが、ペニシリン耐性株によるものになっていた。それからほどなく、黄色ブドウ球菌の一部の菌株は、メチシリンその他の抗生物質に対する耐性をも進化させた。1987年には、アメリカ合衆国における黄色ブドウ球歯感染症の20パーセントが、ペニシリンとメチシリンの両方に耐性をもつ菌株によるものだった。1997年にはその割合が50パーセント以上に、2005年には60パーセントにまで達した。耐性菌による感染症の割合が増加しているだけでない。感染症の患者総数そのものも増加傾向にある。

    病院内で抗生物質を使用すると、初めのうちは功を奏していても、長期的には問題が生じてくることが、注意を払っている人々の目には明らかだった。その問題とは、抗生物質は使うのは簡単だが、その副作用として、体表や体内に棲んでいる善玉菌も含めた他の微生物に悪い影響を与えてしまうこと、そして、耐性が進化してきて、いずれ効かなくなってしまうこと、である。抗生物質がどうしても必要なときにだけ節度をもって使用していれば、耐性が進化するのに長い時間がかかる。逆に、抗生物質を無節操に使っていると、たちまち耐性が進化してしまう。抗生物質の使用によってこうしたことが起きることを十分に認識した上で、殲滅策が取られたのだ。

    通常は、医学の歩みが患者の身体で再現される。ところが、抗生物質の使い方や研究資金の配分のあり方のせいで、細菌が抗生物質への耐性を進化させるスピードが、新たな抗生物質を発見するスピードを凌いでおり、この傾向は今後も変わりそうにない。新たな抗生物質に切り替えることができないうちに、細菌が現在使っている抗生物質への耐性を進化させてしまうのである。この問題は病原菌だけに限ったことではない。家の中の昆虫や真菌の防除についても、やはり同じことが言える。私たちにはもっと別の方法が必要なのだ。


    3 生物多様性を達成するために
    私たちは、少々選択的であっても、自然を取り戻す必要がある。清潔な水、病院、ワクチン、抗生物質などの不可欠な保健衛生システムを獲得した後は、多種多様な生物が私たちの周囲で繁栄できるような方法を見つけることも必要になる。
    家に棲んでいる生物種は、私たちの暮らし方を物語っているのだ。

  • なかなかインパクトのあるタイトル。原題は”Never Home Alone”。映画「ホーム・アローン」をもじったようなフレーズだが、直訳すれば「家で一人ぼっちなんてことは絶対ない」くらいの意味だろうか。
    ひとり暮らしの人も、家族と暮らす人も、自分の家は自分のものと思っているだろうが、実はそんなことはない。「家」に住んでいるのはヒトだけではなく、多種多様な生物もまた、自分たちの「家」として住んでいるのだ、というのがこの本の主眼。多種多様というのは文字通りの意味で、10や20、100ですらない、本書の著者らによれば、何と、20万種もの生き物がヒトとともに暮らしているのだという。
    まさに「生態系」としかいいようのない大集団である。

    多くの生態学者にとって、研究すべき「フィールド」とは森や山、川や海、ジャングル、サバンナなど、「ここ」ではないどこかを指す。いわゆる「自然」の中だ。
    だが本書の著者らは、実は「家」の中にもさまざまな生物が潜むことに気付く。
    シャワーヘッドに潜む微生物。地下室にいつの間にか住み着いたカマドウマ。窓枠にいるハエやクモ。そしてさらにそれらに寄生する細菌やファージなども。
    今までは、生物そのものを見つけ出し、培養して増やすなどしなければ検出できなかったものが、近年の分析技術の発展により、微量のDNAから生物種が特定可能になった。
    そのため、生物叢の研究は飛躍的に進んだ。

    「家にいるのはあなたやあなたの家族だけでなく、小さな生き物がごまんと、いや20万ほどいる」と聞いたら、仰天して、駆除したり除菌したくなったりする人もいるだろう。
    だが、ことはそう簡単ではない。なぜならこれらは「生態系」だから。
    自分にとって好ましくないものを省こうとしても、それだけが死ぬわけではなく、すべてのものが死んでしまう。あるいは、弱った生態系の中で、病原性の高いもののみが生き残る。
    結果、自分が意図したのとは逆の、もっと好ましくない状態になってしまうことが往々にしてある。

    子供のころから多様な生物に触れていることは、想像する以上に重要なことのようである。著者らは自宅の裏庭の生物多様性と子供のアレルギーの度合いの関係を調査した。その結果、裏庭が自然豊かであればあるほど、子供の皮膚から検出される細菌は多様になり、こうした子供ではアレルギーの度合いが低い傾向が明らかに認められた。

    著者は研究ネットワークを作るのに非常に長けた研究者である。昆虫分類のエキスパートやチャバネゴキブリの味覚ニューロンを調べ続ける研究者など、研究者仲間の尖がったエピソードもなかなか楽しい。
    一方で、著者はまた、一般の人々を研究に取り込むのもうまい。世界各地から集められたシャワーヘッドのぬめりサンプルなくして、大規模な調査はありえなかった。これらの分析から、地理的な相違も重要だが、水道水を使用しているか井戸水を使用しているかでも大きな違いがあることが見えてきた。

    終章がなかなか示唆に富む。
    発酵食品は世界各地に多様なものが存在するが、その味は作り手に左右されることが実に多い。同じようにキムチを仕込んでも、同じように糠漬けを漬けても、同じようにチーズを作ってでも、同じ味になることはない。著者は、それは作り手の「手」やその「家」に住み着いた微生物によるのではないかと推測する。そこで実験として、多くのパン職人の協力を得て、パンを作ってもらい、作り手の微生物とパンの風味の関係を調べてみる。結果は読んでのお楽しみということにしておこう。同じく発酵の産物であるビールと合わせて、パンをテイスティングするシーンがこの章のクライマックスで、何だか不思議な多幸感を誘う楽しい一節である。

    地下室に住み着いたカマドウマを調べる一環で、著者らはカマドウマの体内に住む細菌が、製紙工場の廃液中のリグニンを分解して、利用しやすい小分子炭素化合物にする能力を持つことを見出す。リグニンの分解はかなり困難で、分解能を持つ上に実用に向く細菌は知られていない。カマドウマ由来の細菌は実用に耐える可能性があるようだ。
    それはそれで結構なことだが、実のところ、こうした実利的な部分はおまけのようなものであり、生態系が豊かであることの利点は、生態系が豊かであるということ自体なのではないかという気もしてくる。
    カマドウマが何かの役に立たなくたっていいじゃないか。カマドウマのいる世界は多分、いない世界よりちょっと「よい」世界なのではないだろうか。

  • 米国の生態学者による家の中の生き物。多種多様な生物、その生き残り方、場面を想像しながら読むと背中がゾワゾワしてくる。期待以上の読み応えだった。
    地味なゴキブリの研究を、長く続けている日本人女性に感心!

  • ぼくは緑が好きで自分の部屋中に鉢を置いたり天井からぶら下げたりしているんだけれど、ほとんど温室みたいになって知らない人が見たらだいぶ引きそうな状態になっている。水やりに毎週1時間くらいかかるのも好きでやっているんだし、部屋の中に落ち葉が積もるのも邪魔だったら掃除すればいいので気にならない。
    ただ、ポトスやヘデラといった観葉植物と一緒に、変な生態が好きな食虫植物の一群も暮らしているのだが、こいつらは水が好きで、腰水にしていたらそのせいかコバエが湧いてしまった。別段コバエが好きなわけでもなく、かといって殺虫剤をまくのもイヤだなとちょっと困っていたら、食虫植物のモウセンゴケやムシトリスミレがコバエを捕まえていた。おお、ぼくの部屋の中で大自然の生態系が回っている、とちょっと感動した次第。

    前置きが長くなったが、著者は人間の家に住んでいる生き物を研究している人。生命科学の研究者はアマゾンやらコスタリカやらの秘境に行きたがる人が多いらしく、家の中の生き物については、せいぜいがゴキブリやっつける方法を殺虫剤メーカーが興味を持つくらいで、あまり研究者がいないらしい。で、ホコリなどを拭って調べてみたら、小さい動物や昆虫だけでなく、菌類や細菌なども含めると20万種におよぶ生き物がぼくらと一緒に家の中で暮らしているそうだ。20万種という数はDNA分析によるものだが、大部分は生態はもちろん、分類も名前すらはっきりしないやつが相当混じっているらしい。これに人間やペットが腹の中で飼っている腸内フローラなどを加えたら、さらに大変な数になりそうだ。
    その中には人間を病気にするような、悪さをするやつも混じっているが、その割合はごく小さく、大部分は影響もはっきりしない。除菌薬やら消毒薬はよく除菌率99.7%などと謳っているが、あれ大丈夫なのかと前からちょっと気味が悪かった。悪さをする微生物だけを99.7%除去するわけではなく、いいも悪いも無差別に一掃してしまうのだろう。それはそれでなにか悪い影響を及ぼすことはないのだろうか?

    ペニシリンを嚆矢とした抗生剤が多くの命を救ったのは事実だし、消毒の概念が同様に多くの疫病阻止に役立ったのも確かだ。著者が慎重に結論を避けているように、こういうのは白黒どちらか一方の結論が正解とは限らない。とにかく自然が一番、というわけでもない。その一方で、もともと動物としての人間が生きていた環境を、極端に変えてしまうことに対する躊躇や怯えは忘れないようにしようと思う。
    ちなみに、ぼくのPCの液晶ディスプレイの上をたまにアリンコが行ったり来たりして邪魔くさいんだが、こいつらはどうしたらいいんだろう?

  • 家には、なんと多くの未知の生物がいるのだろう!それもほとんどが人間に何の害も及ぼさないか、有益な生物種だ。

    その昔、レーウェンフックという人物が、胡椒の中から原生生物を発見した。その後、三百年以上、屋内の有害な生物の研究ばかりが進められた。無害な生物は無害なゆえに見向きされなかったのだ。ロブ・ダンたちが家の中の無害な生物たちを調べ始めると、驚くべきことが次々と分かった。

    シャワーヘッドやポットには、高温の中でも生き延びることができる微生物が棲んでいる。

    殺虫剤を使う家には、殺虫剤抵抗性を持つ昆虫がうようよいる。それらは自然界では競争に勝てない。人間と同じ部屋で暮らすために進化し続けており、屋内でのみ最強の生物だ。

    人間が健やかに暮らすためには、生物多様性が欠かせない。生物多様性に富む家の子どもは、アレルギーにかかりにくいという研究結果もある。

    シャワーヘッドに細菌がたくさん棲みついているなんて、ちょっと嫌だな。そう思った人に、ぜひ読んでほしい。

    読み終えたら、きっと、家が今まで住んでいた家とは違って見えるに違いない。

    p43
    熱耐性のポリメラーゼを用いてDNAを複製する方法は、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法と呼ばれている。PCR法と言われても、何やら抽象的で、化学のおまけ程度にしか思えないかもしれない。しかし、父子関係の判定にせよ、ホコリの中の細菌の調査にせよ、世界中で実施されている遺伝子検査とほぼすべての根幹をなしているのが、このPCR法なのだ。熱水泉や給湯器で発見された細菌の種族ら屋内にいる妙な生物への探究心をかきたててくれる種族は、このような現代の科学研究を推し進めるのに不可欠な酵素までも提供してくれているのである。

    p58
    細菌や古細菌のさまざまな種のうち、似た種をまとめて属という分類階級で括り、さらに属をまとめて科、科をまとめて目、目をまとめて網、網をまとめて門という分類階級で括っている。いくつかの門は、太古の昔から存在しているが、今日ではほとんど見かけなくなっている。ところが、家の中を調べてみると、地球上でこれまでに知られている限りの、ほぼすべての門の細菌や古細菌が見つかったのである。一〇年前には、その存在すら知られていなかった門の生物たち、それが枕や冷蔵庫から発見されていった。

    p59
    私たち人間は、行った先々に生物の大群を残していく。家の中を歩き回ると、皮膚の表層の死んだ細胞が剥がれ落ちる。「落屑」と呼ばれる現象だ。どんな人でも、一日におよそ五〇〇〇万個の皮膚断片(鱗屑)が身体から剥がれ落ちている。そして空中を漂う鱗屑一つ一つに数千個の細菌が棲んでいて、それを食べている。これらの細菌は、鱗屑たパラシュートに乗って、降りしきる雪のごとく、私たちの身体から降り注いでいるのだ。私たち人間はさらに、唾液その他の体液や糞便に乗せて、あちこちに細菌を残していく。その結果、家屋内の私たちが過ごした場所ちは、私たちの存在の跡が残されている。これまでに調査してきたどの家屋でも、人が身を置いたすべての場所から、その人が生きている証である微生物が見つかった。

    あなたや他の誰かが座ったあと、その椅子に残していった細菌の圧倒的大多数は有益もしくは無害な種で、ほんの束の間、あなたが落としていったものを何でも食べて、それから死んでいく。
    彼らは、食物の消化を助け、必要なビタミン類を生成してくれる腸内細菌だ。彼らは、全身の皮膚表面にいて、病原菌を寄せ付けないように守ってくれる皮膚常在細菌だ。彼らは、病原菌が皮膚に付着したときに、身体がそれを撃退するのを助けてくれる腋窩細菌だ。

    p61
    家の中には、極寒の凍原に匹敵するほど冷たい冷蔵庫や冷凍庫がある。家の中には、酷暑の砂漠よりも熱いオーブンや、そしてもちろん、熱水泉に劣らぬほど高温の給湯器もある。家の中にはまた、ある種の食品(たとえばサワードウブレッドの元種)のような極度に酸性の環境や、練り歯磨き、漂白剤、洗浄剤のような極度にアルカリ性の環境もある。こういった家屋内の極限環境の中から、それまで深海や氷河や遠い塩砂漠にしかいないと思われていた生物種が見つかったのである。
    食器洗浄機のソープディスペンサーは、高温状態でも、乾燥状態でも、湿潤状態でも生存できる微生物が繁殖している特異な生態系のようだ。ストーブの中には、極端な高温下でも生きられる細菌が棲んでいる。

    p89
    世界中のほぼすべての感染症を引き起こしているウイルス、細菌、原生生物は、一〇〇種にも満たないのである。

    p98
    裏庭の希少在来植物が多様性に富む家に住んでいる子どもたちは、皮膚にさまざまな細菌種が付いていた。皮膚の細菌の多様性、そのなかでも特に、土壌由来の細菌が多様性に富んでいる傾向が見られた。(中略)そしてさらに、裏庭の希少在来植物の数が多く、皮膚細菌の多様性に富む子どもたちは、アレルギーのリスクも低かった。どのアレルギーについてもである。

    p99
    特に、ガンマプロバクテリア[ガンマプロバクテリア網の細菌]は、植物の多様性が高い場合ほど、多様性に富んでおり、アレルギーをあまりもたない子どもから頻繁に見つかった。(中略)しかも、ネコ、イヌ、ウマ、シラカンバ花粉、チモシー牧草、ヨモギなど、何に対するアレルギーかは関係なくらいずれの場合と、より多種類のガンマプロバクテリア、特にアシネトバクター[アシネトバクター属の細菌]が身体に棲みついている人ほど、アレルギーをもっている確率が低かった。

    p100
    ハンスキ、ハーテラ、フォン・ヘルツェンの研究結果からわかるのは、多種多様な在来植物に曝露することによって、皮膚のガンマプロバクテリア(および、肺や腸内にいる同様の効果をもたらす細菌)が増加し、それがひいては、免疫系の平和維持の経路を刺激して炎症反応を抑制するということだ。人類は、数千万年の間、努力などしなくてもこのような細菌にさらされてきた。野性植物はもちろんのこと、食用植物にもさまざまなガンマプロバクテリアが棲みついている。こうした細菌は、種子、果実、樹幹と相利共生の関係にある。人類はそれらを肺に吸い込み、口から摂取し、その中を歩いていた。ところがその後、屋内で暮らすようになると、ガンマプロバクテリアが周囲から姿を消してしまう。これらの細菌は、冷蔵されている食用植物にはほとんど付いていないようだ。また、食用植物を調理加工すると消えてしまう。

    p107
    現状とは、私たち人間が、以前とは全く異なる種類の、しかも、以前よりずっと少数の生物種にしかさらされていないということだ。そうなってしまったのは、身の回りの世界の生物多様性を低下させたからであり、また、ほとんどの時間を屋内空間(多様性をますます低下させていると思われる空間)で過ごすようになったからである。その結果として、クローン病、喘息、アレルギー疾患、多発性硬化症といった疾患の発生頻度が格段に高まっている。

    p108
    家の外にもっと多種多様な植物を植えて、その植物と触れ合おう。その世話をし、それを観察し、その上で昼寝をしよう。

    人間が健やかに暮らすためには、生物多様性が欠かせない。

    p129
    身体を清潔にしたいという欲求は、自分の身体は不潔だと思い込ませることに熱心な巨大企業によって煽られている。ごしごし洗って、スプレーを買い、熱心にシャワーを浴びる。そして身体にクリームを塗りつける。もっと新たな方法で、もっと別の製品を使って身体を清潔にするだけでは飽き足らず、その身体にフローラルな香り、フルーティーな香り、あるいはジャコウの香りを漂わせようと多額の金額が投入されるのである。

    p130
    シャワーから降り注ぐ水にも、バスタブから立ちのぼる湯気にも、コップや密閉ボトルから飲む水にもみな、生物がごまんといる。

    p131
    世界の多くの地域では、敷地内の帯水層まで掘った井戸、または、帯水層を水源とする都市用水のいずれかから水が供給されている。
    「帯水層」とは、地下水を蓄えている岩石の空間を意味する言葉である。

    帯水層の地下水のおおもとは雨水だ。

    この天然水を汲み上げて、そのまま家庭に引いてくる。もしくは、その水を水処理施設(浄水場)に集める。多くの地域では、そのような浄水場で、水から大きな異物(小枝や泥など)を取り除いたあと、それ以上の処理はほとんど加えずに、地下を走る水道管を通して各家庭に送られる。
    飲んでも安全な水というのは、病原体が含まれておらず(またはごく低濃度であり)、なおかつ、毒素の濃度が人体に害を及ぼさないほど低濃度の水だ(その濃度は毒素の種類によって異なる)。地下深くにあって年数を経ている帯水層ほど、その水には病原体が含まれていない可能が高く、したがって、生物学的観点からみて飲んでも安全だ。

    p132
    世界中の地下水の多くは、何の処理も施さずに飲んでも安全だが、それは長い年月と地質条件、そして生物多様性のおかげである。地質条件が水の安全性に影響を与えるというのは、ある種の土壌や岩石が地表水からの病原体の拡散を食い止めてくれるからだ。地下水中に存在する多種多様な生物も、病原体を殺すのに役立っている。実際に、地下水中に存在する生物の種類が多様であればあるほど、病原体は生き延びにくくなる。病原体が細菌である場合、その病原菌は栄養、エネルギー、および空間の獲得競争に勝たねばならない。その病原菌は、捕食性細菌(ブデロビブリオ属細菌など)に食われるのを避けなければならないし、原生生物に食われるのも避けなければならない。

    p154
    冷暖房の方法も、棲みついている真菌の種類に影響を及ぼしていた。特に、エアコンを用いている家には、クラドスポリウム属やペニシリウム属の真菌が多く見られる傾向があった。(アレルギーを起こす人もいる)これらの真菌は、エアコン内部で繁殖し、エアコンのスイッチを入れると、家やオフィス中に撒き散らされる。部屋やクルマのエアコンをつけたときに、変なにおいがすることがあるが、それはこれらの真菌が発散している悪臭なのだ。

    p156
    アオカビ(ペニシリウム属真菌)は、アレクサンダー・フレミングが偶然、自分の研究所(どうということはない普通の建物)で見つけて、そこから抗生物質を発見するに至ったカビである。アオカビはこの抗生物質を使って、栄養源を競い合う細菌の細胞壁を脆弱化させるので、その細菌は増殖しようとすると破裂してしまう。私たち人間は、その抗生物質を利用して結核菌などの病原細菌を撃退し、自分たちが生き延びようとするのである。

    p193
    詳しく研究されている生物種はそれぞれみなユニークだが、パターンはいつも同じだ。生物たちはまず、自然界から人間の家屋に移り棲んで、栄養源を見つけた。その後、何かの拍子に、人間の食べ物や建築材料、あるいは人間の体にくっついてあちこちに運ばれていった。

    p194
    要するに、家の中には、大昔から棲みついていて、屋内生息のために特殊な適応進化を遂げた生物が何百種もいるのである。そして、注目されようがされまいが、民主主義や土木工事や文芸作品などよりもはるかに雄弁に人類の歴史を物語っているのである。

    p203
    バチルス・チューリゲンシス(BT菌)は最初、ドイツ(のチューリンゲン)のスジコナマダラメイガから見つかった。その後、作物の害虫を殺すのにこのBT菌を利用できることがわかったのだ。生きているBT菌を有機作物に噴霧すればいい。さらにその後、トウモロコシ、綿花、大豆のゲノムにBT菌の遺伝子を組み込めることがわかった。こうしてできた遺伝子組み換え作物は、自ら農薬を産出してくれる。

    p220
    ブドウ園の酵母は、ハチの腸内で冬を越す。そしてブドウに実がなると、ハチが、全く意図せずして、実から実へと酵母を運ぶのだ。ブドウの実が収穫されると、その酵母の助けを得て発酵プロセスが始まる。人間がビールやワインを造るようになるずっと前、ビールやワインの酵母のもともとの棲み処はハチの腸内や体だったらしい。今もなおブドウ園の周りの家屋やその他の建物に営巣しているようなハチたちが、その棲み処だったのである。私たち人間は、その酵母をハチから借りて用いるようになった。

    p248
    家屋や裏庭に殺虫剤を撒くと、その殺虫剤に対する抵抗性を獲得した害虫にとって、生態学で言うところの「天敵不在空間」が生み出されてしまう。私たちが目指すべきなのは、その逆であって、害虫の天敵が(不在ではなく)わんさかいる家なのだ。

    p258
    新たな化学物質で攻撃していくうちに、防御行動や科学的防御力をますます進化させた病原菌や害虫が有利になり、人間の役に立ってくれる生物種は-仮に生き残ったとしても-圧倒的に不利な状況に追い込まれてしまう。害虫ばかりが薬剤抵抗力を身につけらそれ以外の多種多様な生物は薬剤にやられていしまうのだ。その結果、私たちは知らず知らずのうちに、チョウ、ハチ、アリ、ガといった豊かな野生生物種と引き換えに、少数の抵抗性をもつ生物種に囲まれることになるだろう。

    人間の居住空間を均一で環境制御されたものにすればするほど、人間は屋内で生活しやすくなるが、彼らもまた屋内で生息しやすくなっていくのである。

    p323
    薬剤耐性菌は、殺虫剤抵抗性昆虫と同様に、競争には弱い。野生状態では、このような薬剤耐性をもつ生物のほとんどが虚弱者だ。それは、生態学で「里生物」と呼ばれているもの、つまり、他の生物種が定着できないほど慢性的に人為的攪乱が続く環境でしか生きられない生物種なのだ。

    p337
    発酵させたパン生地が膨らむのは、生地の中の微生物が生成・排出した二酸化炭素が気泡となって、生地中に形成されたグルテンの膜に包み込まれるからだ。発酵させたパン生地を半分に切ってみると、細かな気泡の一つ一つが、グルテンドームに包まれた酵母菌群からの放出ガスであることがわかる。微生物がいなければ、パン生地から二酸化炭素が発生することはない。また、粘り気に富むグルテンがなければ、微生物が生成した二酸化炭素が、パン生地から抜けてしまう。

    p339
    今日、パンを膨らませるのに用いられる微生物郡は、スターター(元種)と呼ばれている。スターターを起こすには、シンプルな材料(たいてい小麦粉と水だけ)を混ぜ合わせ、容器に入れて放置しておくだけでよい。微生物が小麦粉の中の澱粉を分解して発酵させるのだ。

    p340
    今日、市販されているパンのほとんどは、わずかな種類の小麦のうちのどれかと、大量培養されてパン製造会社に販売される単一品種の酵母を用いて作られている。この酵母は、さまざまな名前で呼ばれているので、まるでいくつもの種類があると思ってしまうが、そうではないのだ。

  • 面白かった
    生物多様性が菌類の多様性を生み、それによって人間が恩恵を受けているというのは驚き。
    除菌や抗生物質を突っ込んでも絶滅させることはできず、進化を促してしまう。
    生態系はあまりにも複雑すぎて一部だけを消し去ることはできないことがわかる。
    文章が興味を引くように書かれており、訳もこなれていて非常に読みやすい。

  • 2023年1-2月期展示本です。
    最新の所在はOPACを確認してください。

    TEA-OPACへのリンクはこちら↓
    https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=BB00599265

  • タイトルから人が暮らす家の中にも生物が多く住んでおり
    そこに生態系が存在している、という内容かと思ったが、
    それにとどまらず、抗生物質などで生物を駆逐するのでは
    なく、生物の多様性を維持しながらそれに触れるのが大切だ
    というところまで論が及ぶ。宇宙ステーション内の生態系の
    話が興味深かった。子供は田舎で自然の仲で育てるに限る。

  • 生態学者の著者は、これまで、生態学は外の世界を見てきたという。人類は含まれるものの、人類を取り巻く「自然」における多様な生物からなる生態系及び生態系サービスを見てきたという。だから、家の中にどれぐらい新生物がいるかをしらなかったという。それに対して、本書が取り上げるのは一軒の家にいる生き物すべてを総ざらえしようというのである。そして、その生き物たちが生態系をなしていて、微妙なバランスで成り立っているというのである。なお、本書ではウィルスは登場せず、細菌や原生動物といった微生物、昆虫、ペット、そして、人間が登場する。

    たとえば、花粉症などのアレルギーは、多様な環境に暴露されなかったから、身体の免疫システムが反乱を起こして、自己を攻撃するようになったという。これは、子供が育つ家の内外の生態系が、人間の干渉、たとえば、農薬や殺虫剤、さらには、抗生物質などによる干渉受けた結果、多様性を失いそのことが引き金となって、免疫システムの異常を引き起こしてしまうからだ。我々は人類の一員としての遺伝子を引き継いでいて、この遺伝子のセットは、長い進化の歴史の中で環境の中に暴露されてきた結果、構築されてきたものだ。ところが、人類は生態系に多大な干渉を加えて現代文明を構築してきた。たとえば、火を使うことによって、口に入れる微生物の種類は減ったことだろう。せっかく、多様な生き物からなる精緻な生態系が作り上げられていたのに、生態学的ニッチェに空きができてしまい、体内の微生物の間の競合関係を乱してしまう。さらには、衛生環境をととのえ、抗生物質を手に入れる。また、農薬をつくり、殺虫剤をつくる。おかげで平均余命はのびたには違いないが、さらに、人間を取り巻く生き物の種類をへらす。ところが、生き物の側でも進化戦略によって、薬物耐性を身に着け、おかげで、抗生物質が効かなくなり、生き物との間の際限のない軍拡競争に落ち込む。

    そうした状況にあっても、家の中をくまなく探ると20万種もの生き物がいることを(ウィルスを入れれば、おそらくその数はもっと膨大になるはずだ)、本書は教えてくれる。しかし、読者は、それなら、もっと清潔にして、これらの生き物を撲滅しなければ、と考えてはならない。そうではなく、こうした多様な世界をせめて維持すること、なんなら、もっと増やしていくことが望ましいと考えること、これが重要なのではないだろうか。

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著者プロフィール

ノースカロライナ州立大学応用生態学部教授、コペンハーゲン大学進化ホロゲノミクス・センター教授。著書に『家は生態系』(白揚社)、『世界からバナナがなくなるまえに』『心臓の科学史』(以上、青土社)、『わたしたちの体は寄生虫を欲している』(飛鳥新社)、『アリの背中に乗った甲虫を探して』(ウェッジ)がある。ノースカロライナ州ローリー在住。

「2023年 『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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