- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784861829765
作品紹介・あらすじ
戦争の真実を伝え続けて著名な作家による、50歳を過ぎて生まれたふたりの息子と、いつか去り行くこの世界への、愛に満ちたメッセージ。
感想・レビュー・書評
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めちゃくちゃ久しぶりのティム・オブライエンさんの作品。
「世界のすべての七月」以来、20年ぶりぐらいの再会だ。
ベトナム戦争で従軍した経験を元にした「本当の戦争の話をしよう」の著者。
ゴツゴツとしながら繊細な語り口が懐かしい。
真摯に直向きに文章を綴ろうとしている姿が垣間見えて、とてもステキなエッセイだ。
自分の子どもたちに向けた文章だが、歳とってから生まれた息子たちだから愛情も凝縮されて濃ゆい。
だからこそ、はっとさせられる部分も多い。
そして、この人はとてつもなく戦争が嫌いだ。
憎んでると言ってもいいだろう。
「戦争」という言葉を全て「集団殺戮(子どもも含む)」に置き換えるべきだ、と主張する。
なるほど、確かに。
そしたら、我々はウクライナで起きていることが、よりリアルに理解できる。
♫ Hold Me My Daddy/XTC(1992)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
年末のウクライナやパレスチナの戦禍が気がかりな折もおり、やりきれない年明けとなってしまいました。震災で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
意気沈みがちで読んだこの本だったが、読んでみてよかった。率直な心情を吐露したティム・オブライエン(1946~米国)にびっくりして、ユーモアに癒され、彼の優しさに泣ける思いがした。
この本は、50歳をすぎて2人の息子に恵まれたティムの子育て奮闘記でもあり、作家としての思いを語るものだったり、戦争のことはもちろん、愛してやまないヘミングウェイを語り、そう遠くない日――会えなくなる息子たちへあてた手紙だったり……いったい人はどこからきて、どこへいくのだろう。
ティム・オブライエンと言えば、『本当の戦争の話をしよう』(村上春樹訳)が世界的にも有名で、ベトナム戦争に一兵卒として投げ込まれた青年の愚直な想いが淡々と描かれている。また『ニュークリア・エイジ』(村上春樹訳)もおもしろい作品だと思う。妻と娘をまもるため、自宅の庭に核シェルターをせっせと掘り続けるちょっとあぶない男の話だ。
淡々とクールな筆致で、決して声高に反戦を叫んだりすることはない。いや、それどころか戦争の謎、恐怖、冒険、勇気、憐み、絶望、憧れ、友愛……といった若い兵士たちの心のなかを移ろう雑多で矛盾だらけの想いをリアルに描いてみせる。まるで彼らと従軍しているような臨場感があるのだ。
ところがこの本は筆致も赤裸々、ティムの思いのたけに驚いてしまい、とまらない息子たちへの愛にこちらが気恥ずかしくなったり、ときには激しくののしり、スラングも炸裂して、とうとう幼い息子にたしなめられる始末。カート・ヴォネガットのようなユーモアに、もちまえの文章の巧さ、さすがだな。
「読者は自分の人生を他人の書いた本の中に持ち込む。そして、君たちのどちらかがいつの日か小説を書くのなら、物語のなかに余地を残すのが書き手の責任だろうということを覚えておいてほしい。
……平凡な物語にはそうした余地があまり残っていない。駄目な物語にはほとんど余地がない。平凡な物語や駄目な物語は説明しすぎる……世界を整理してしまい、思わぬ発見をしたり、動機がもつれたりする人間としての混乱した部分を解決してしまう」
これはきっと小説だけではなく抒情的な詩歌にもいえるのではないかと思う。短歌の集いではよく「説明調」だと指摘されてやり直しを迫られるのだが、なぜそれが拙いのかはじめはわからなかったものだ――って、いまもよくわかってないのだけれど。
ティムいわく、読者の「自分を持ち込める余地」というのは、空白あるいは余韻なのだと思ったりする。混沌とした想像のアナログ世界から、言葉というハサミで要領よく切り取って説明すれば、理路整然としたデジタル世界へ移行してしまう(歌人永田和宏氏の説明から本歌取り…笑)。その度を越えれば、世界は狭く味気ないものになってしまうのかもしれない。
ティム・オブライエンといえば、もう一つのテーマは記憶。
『ニュークリア・エイジ』では、男と暗い穴が会話する場面に身の毛もよだつ。人類が苦渋の経験から築いてきた記憶バンクも、その記憶自体が失われればゼロになってしまう。とすれば人類は同じことを延々繰り返すのだろうか? 穴を掘りながら男は悶々とする。思えば、いまのロシアはつい先日のアフガニスタン侵略戦争の記憶を失い、いまのイスラエルはよりによってナチスの民族浄化やホロコーストを激しく忘却してしまったようだ。
「ティミーとタッド、「憤怒」とは激しい思いやりのことだ。しかしわたしたち全員にとって思いやりというものは難しくなってしまうときがある。わたしたちの心は凍ってしまうことがあるからだ……おそらく日々の疲れから、自分たちの人間性を放棄してしまう」
戦争によって人は凍りつき、人間性を失い、そして記憶の風化によって忘却してしまうなかで、ティム・オブライエンの修復不可能なある種の「傷」は、つねにその人間性を捨てさせることなく、癒しも記憶の風化も許さない痛々しいものだ。でもその傷や苦悩が彼の小説にとてつもない深みと魅力を与えているのだろう。
この本を読み終えて自宅の本棚をながめてみた。
あった! 久しぶりに彼の長編に触れたくなった(2024/1.8)。