- Amazon.co.jp ・本 (217ページ)
- / ISBN・EAN: 9784875022244
感想・レビュー・書評
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人間の五感にまつわるエピソードを自由な連想で語った、解剖学者によるエッセイ。
たとえば「触覚」なら、“胎児や新生児は痛みを感じない”というかつて常識と信じられていた誤ちから、〈幻覚肢〉という現象が引き起こす“一個人の身体とはどこからどこまでを指すのか”という問い。あるいは、自ら進んで拷問のような苦行を遂行する人びとの心理や、本来視覚への刺激であるはずの色彩がもたらす共感覚的作用まで、「理科系の文学誌」的な視野を行き来する著者の連想力に、だんだんこちらも引っ張られていく。
「触覚」の章では十七世紀のフランス人がスペインへ旅行した際に目撃したという「シャツや帽子、鞭にまで愛人の好むリボンを結び、愛人の家の前で自分に鞭打ちする苦行者」の話が面白かった。完全に頽廃し歪んでしまっているが、元は騎士道的な意味合いのある儀式だったのかな。リボンで着飾る優雅さも面白いし、通りで鞭打ちの血を浴びた女性が喜ぶみたいな話も、エッ(笑)。
「嗅覚」の章で議論に上がった「聖人の芳香」問題も魅力的だった。数々の聖人伝に記されているその芳しい体臭の由来を病に求めた医師たちの真面目さがおかしい。中世の人びとの体臭は今と比べ物にならなかっただろうし、修道僧はそのなかで清潔を保ちやすい部類だったとかじゃないの?嗅覚がエロティックなのは他者の分子が実際に自分の体にとりこまれるから、というのは納得だったし、フェロモンの話はジュスキントの『香水』を連想せずにはいられない。「視覚」の章で紹介されたゴーティエの『邪視』という小説も面白そうだったな。
一番最後の「味覚」の章だけまるまる〈物語〉になっている。鉱山開発を夢見て破れ、病に倒れた父と、父が愛したトウガラシソースの力で涙を隠すことを覚えた息子のお話。異常なまでに辛さを求める姿は、本書冒頭の痛覚と苦行の関係と円環構造になっているのかと思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
[ 内容 ]
本書は、人間の五感をテーマにしたエッセイ。
胎児も痛みを感じるという話に始まり、自らに桎梏の鞭を与える修業者の話、電話にまつわる少年時代の想い出、聖人の放つ芳香の話、露出症と窃視症について、トウガラシソースが大好物だった父親の話などが次々と展開。
[ 目次 ]
触覚(痛覚の不思議;痛みを求める;触覚が感じること)
聴覚(黒い電話の思い出)
嗅覚(彫像に命を与えるコンディヤック;よい匂いとよい人の匂いについて;悪臭について;喚起的でエロティックな匂い)
視覚(眼の周囲にあるもの;魅入る眼;魅入る眼の病理;盲目の物乞いの想い出)
味覚(トウガラシを食べる人の想い出)
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