- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784896425123
感想・レビュー・書評
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移民をめぐる文学
https://note.com/michitani/n/nee193a0807e3?magazine_key=me352ff536670
主人公の名前は著者と同じ「ジョン・ファンテ」で、妻のジョイス出産間近の出来事を語る。
主人公の名前こそ違うけれど、本書はジョン・ファンテによる「アルトゥーロ・バンディーニ物語」の一つに位置するだろう。
作家として認められたジョン・ファンテの妻ジョイスは出産間近。しかし白蟻に食われた自宅が床にジョアンが落ちたことから、ジョン・ファンテは煉瓦工である父を呼ぶことになる。
アメリカ生まれの移民二世のジョン・ファンテは、気持ちはアメリカ人なので、イタリア移民一世である父には振り回されっぱなしだ。父はジョンに産み分けおまじないを勧め、近所の人達に「孫が生まれるんだ!」と吹聴し、長距離列車では食堂車も寝台も拒絶して持参したパンとチーズを食べてその席で寝る。小説家になっているジョンに「本の読みすぎは良くない」「実際に体験しているのに読む必要があるか」という。
出産が近づくジョアンは、父が暖炉の作り直しをすることに夢中になる。父と共に力仕事に精を出す妻をジョンは止められない。そしてカトリック改宗を望むジョアンに反対はしないが親身にもなれない。カトリック改宗には、神父に告解して、聖体拝領を受け、そして結婚式(離婚は禁じられている)を行う。ジョン・ファンテの他の小説に寄ると、一家の母が熱心なカトリックだったため、ジョンは子供の頃は母の勧めでカトリックの教会や学校に通っていた。しかしこころから信心があったわけではない。本書のジョンはすっかり神からは遠ざかり、どんなに不信心な生活をしてもその内容が神父に告解しなければいけないようなことではなかったのだ。このあたりはキリスト教徒内での教えの違いとか、精神性の違いを感じたなあ。
そんなこんなのドタバタの末、ジョアンは男児を出産し、父は「母さんのいる自分の家に帰る」と去っていくのだった。
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映画にも成っているらしい。たしかにこの一冊だけなら出産前の心温まるドタバタホームコメディとして映画になりそう。
しかし私は「アルトゥーロ・バンディーニ物」を読んでそのまま本書を読んだので、ジョンは、ワルガキで自分がされた差別をそのまま他の人種にぶつける男だとして読んでしまっている。すると冒頭で「ジョイスが妻に成ってくれて嬉しい」といいつつも妊婦の妻の変化に戸惑い、子供って本当に必要なのか?などと考えるジョン・ファンテには、「やっぱりアルトゥーロの頃と変わっていないじゃないか」と思った。
後書きによると、この本書は実際にジョン・ファンテと妻のジョアンが経験した出来事を時系列を変えて(白蟻で崩れた床にジョアンが落ちたのは三人目の妊娠中だった、とか)書いているらしい。そしてジョンは酒やゴルフに出かけて家庭を顧みなかったし、四人目妊娠中の妻には堕胎を迫る(カトリック改宗前か?)など、やっぱり「人に傷つけられたからこそ、人を傷つける」アルトゥーロがいるじゃないかと妙に安心したと言うか納得したというか。
その反面、出産を迎えるジョアンに付き添い、個室の向こうから聞こえる妻の苦しみに心を痛めてせめて病院にいたいと思う優しさも本物だと感じた。この病院であれこれ考える姿は、妻出産に対した男の頭を巡る考えとして良い描写だったな。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
なんだあ、フィクションなんだ。本人の名前で自分語りなので、盛ってはいても実際の出来事の回想かと思って読み進めてしまったよ。なぜこの本を手に取ったかというと、以前に読んだ本の「この本を読んだ人がよく読む本」からで、また絶望的に暗くしんどいいつもの調子と思って読み始めたら、愉快で陽気でイキイキで驚いた。2人暮らしの夫婦。もうすぐ赤ちゃん産まれる中、白蟻被害で家に穴開いてしまう。予算の都合で父親に修理を頼む。所謂職人気質の父親の喜怒哀楽、妊娠中の情緒が敏感な嫁に挟まれ、主に内面を振り回される主人公。コロラド発。
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230715*読了
たしか、江國香織さんが講演会でおすすめされていた本。江國香織さんが推していらっしゃったのは間違いない。講演会だったかはおぼろげです…。
小説なんだけれど、作者自身の長男が誕生したときのエピソードをメインとし、脚色している。盛り込まれているシーンの中のいくつかは、息子が生まれたずっと後の出来事を、この物語に持ってきていたり。
まず、原題の「Full of life」を「満ちみてる生」と訳しているところが秀逸すぎる。この小説から「満ちみてる」という言葉が好きになり、時々、使いたくなる。
お腹に子を宿してから今までの妻から豹変してしまい、戸惑う自身。父親になることがいまいちわからない。自分もここまでではないにしろ、母親として身体が変化するにつれて、いろんな内面での変化もあって、一方で父親の自覚って生まれてからですらゆっくりだったので、なんだか分かる、この感じ。
時代としか言いようがないけれど、妊婦なのに飲酒も喫煙もバカスカしている。肉体労働的な作業をするよりも、そっちの方が身体にはよくないのでは…。
作者の父親がいい味を出していて、白蟻退治のためにサンフランシスコに向かう道中、列車での振る舞い、白蟻をどうにかしに来たのに、立派な暖炉を作ってしまうところなど、はちゃめちゃすぎておもしろい。
息子の誕生までを描いているのだけれど、序盤、中盤のドタバタ劇から出産に近づくにつれて、その慌しさに命が生まれようとしているあの独特の感極まった状態と混ざり合い、最後には感動を連れてくる。それがまたいいんだよなぁ。
映画化前提だったようだし、日本でも上映されたそうなのだがもう翻訳版では容易に観れなさそう…。残念。心の中でも、あの時代の今から見ればレトロな風景を思い描きながら読みました。
江國さんの感性はやはり素敵だ。 -
まさに"満ちみてる"物語でした……!
全員の視点から物語を読むことができる小説ってあまりないような気がする。
父は永遠に父であり、息子は永遠に息子なんだと、胸の奥にすっと落ちていく小説でした。
出産というのはどの角度から切り取っても、奇跡の物語になるなあ。
わたしはこれからの人生で出産を経験するのかしら。。いずれにせよ、未来は尊い。
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初読:2016/11/30