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感想・レビュー・書評
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「接吻・恋について」 チェーホフ 佐藤清郎:訳 潮文庫 1972年
「決闘」
Desperadoな話。ダイヤのクイーンを求めちゃダメ。彼女はあなたをかきむしって濁らせるわ。目の前に最高の手がそろっているのに、あなたは気付かないのね……。
今、恵まれて満ち足りているのに感謝もしないで幸せになれるなんて、本気で信じているのかな。自分以外の自分になろうとして時間を無駄にするな。
生活をする。ただ毎日生活を続ける。すると気付いた時には拍子外れになっている。知っていたはずのリズムから遠く隔たってしまっている。どういうことなの?
社会の要求は大きすぎて、個人の力はちいさすぎる。だから人は程度の差こそあれ社会不適合者にならざるをえない。
チェーホフの時代と比べたら、現代の社会は随分人に歩み寄ってはいるけれど……。
一体どういう理由で大して好きでもない人と交流を続けているんだ?
ロシア人文学者はプーシキンが大好きで尊敬しているらしい。少なくともツルゲーネフとチェーホフは。
誰にでもそれぞれの言い分がある。欠点を責めるのは簡単だけど無益で有害だ。
「接吻」
寂しい。
「アリアドナ」
くだらん。
「中二階のある家」
自分のしていることは愛しているけど、自分の目の前にいる人を愛する気のない人が、淡い恋を踏みにじる話。
ミーシュシ、きみはどこにいるの?
「恋について」
〈そが神秘は偉大なり〉
ロシア版『若きウェルテルの悩み』って感じ。
「犬を連れた奥さん」
何をおいても大切なのは、自分の心に従うこと。
離婚が一般的に認められるまでは、こんなカップルがいたかもね。
一冊の中に収録されている6話中、主人公が借金をしていない話が1話しかないのがどうしても気に入らない。当時のロシアの社会状況や経済事情を何も知らないでこんなこと言うのはフェアではないと思うけど。詳細をみるコメント0件をすべて表示