猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫) [Kindle]

著者 :
  • 文藝春秋
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感想・レビュー・書評

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  • チェスのルールを理解していない自分でも惹き込まれてしまう、美しい文体と情景描写が詰まった小説。

    大胆なストーリー展開は無いのに、チェスの一手一手をじっくり味わい、あたかもその場で同じ空気を吸っているかのように、圧倒的に秀逸で芸術的な文章。

    登場人物であるミイラという少女が一体どんな人物なのか最後まで判然としなかったが、主人公である少年の生き様、葛藤、そして「与えられた世界・宿命」の中でひっそりと、でも信念をもって生ききる姿に、じんわりと感動した。

    読み終わった後に残る穏やかな幸福感は今までにないものだった。

  • 世間的には不遇と思われようが、主人公が少しずつ成長して、最後には自分の居場所を見つける物語。
    百貨店の象、壁のミイラ、師事したマスター、アリョーヒンの猫、主人公の捉え方と心理描写が秀逸。
    かなり没頭して読み、思わずチェスのスマホのゲームをダウンロードしました。「慌てるな、坊や」というマスターの声も頭に残りそう。
    最後は、運命に抗おうとする婦長の姿勢に涙しました。

  • ちょうどナボコフの「ルージーン・ディフェンス」を読んでいるところであったので、
    チェスの話というところに興味が湧いて手にとった。

    どちらもチェスをモチーフにした
    素晴らしい作品だということは言うまでもないが、簡単に比べてみると
    ナボコフは幻惑的なところがあるが、
    出来事としてはあり得そうなことが並んでおり、
    小川のこれは映像としては明晰でありえそうであるものの
    都市伝説のように思える出来事が起こっている。

    この都市伝説的な、というのは
    いかにも象徴的な空気感を漂わせるもので
    小川の得意なところではあろう。

    壁に埋まってしまったミイラ、
    デパートの上から降りられなくなった象。
    動かなくなったバスを住処にしているチェス指し。
    主人公は地下の秘密チェス倶楽部でからくり人形の中に入って
    怪しげな大人たちと対戦をする。

    繰り返し現れるものは隘路であり、行き詰まりである。
    しかし、その奥の奥にある場所に64マスのチェス盤がおさまっており、
    もっとも狭い場所でありながら、もっとも自由を享受する。

    リベラル・アーツとしてのメディアがここに開かれている。
    物語の後半は老人ホームでのチェスとなる。
    誰にでも訪れるどん詰まりではあるが、そこにおいても
    開かれている自由がここに響きとして著そうとしたものだろう。

    爽やかな読後感でとてもよかった。

    >>
    「心の底から上手くいっている、と感じるのは、これで勝てると確信した時でも、相手がミスをした時でもない。相手の駒の力が、こっちの陣営でこだまして、僕の駒の力と響き合う時なんだ。(中略)その音色に耳を傾けていると、ああ、今、盤の上では正しいことが行われている、という気持ちになれるんだ。(p.103)
    <<

    主人公の少年のセリフである。この審美眼は終始少年の中に
    マスターや周囲の力添えを得ながら基準として存在するのだけれど、
    決して正しいことのために物語を進めたわけではなく、
    この物語が正しくなるように小川は首尾よく仕上げたと思う。

  • リトル・アリョーヒンは寡黙で、唇に特徴があるけれど、ひとつのことをずっとずっと考え続ける並外れた集中力を持っている。
    チェスに出会い、チェスを通じて世界が開ける。ただ、本人は小さいままで、チェスの盤下に閉じこもらないと、その力を発揮できない。
    なのに、リトル・アリョーヒンがチェスと向き合い、編み出される棋譜は表現が豊かで、美しい。チェスがわからなくても、小川洋子さんの文章はそれを感じさせてくれる。すごい。
    そして、リトル・アリョーヒンは自分にとっていちばん大事なことを大切に抱えたまま、、。

    リトル・アリョーヒンは、ふつうの人が歩む人生と比べれば、極端に出会った人は少ないし、行った場所も少ないし、裕福だったわけでもない。けれど、誰も知らないほんの世界の片隅にも、ほっとする世界は自分で作ることができる。そんな気持ちをそっと後押ししてくれるような小説でした。

  • 世界観がすごい。
    チェスのすばらしさを描いた物語。ではなく、チェスの海に抱かれた、とても繊細で壊れそうだけど、チェスの海に抱かれているから強く美しく在る事のできる「少年」の物語。
    年齢や性別は飛び越えて、純粋な「少年」とその「少年」が愛したものたちの物語。

    いしいしんじの物語を読んでるような、だけれども、女性らしい文章の作品でした。

  • 初めてKindleストアで買った本。
    チェスというものを、こんなに詩的に、こんなに素敵に表現できるものかとうっとりする。数学を知らなくても『博士の~』が楽しめるように、チェスを知らなくても楽しめる。
    あさのあつこの「野球」、小川糸の「食べ物」、小川洋子の「チェス」と「数学」。身近なものを、思いがけぬ表現でキラキラと見せてくれるというカテゴリの小説。

  • 4.3とか
    切ないことが辛いとは限らないのだ、と思った。もっと良いことを望んでもいいはずなのに、
    現状は辛いに当てはめない。ただそうあるだけ。

  • 前評判が良すぎたため、ハードルが上がってしまった感はある。
    チェスの世界にそこまで興味を持てなかったのも原因かもしれない。
    それでも☆4

  • チェスのことはほとんどわからなくても惹きつけられる作品だった。
    小川洋子さんのいくつかの作品を読んで好きなところは、登場人物がぐいぐい人生を動かして渡っていくのではなくて、ひっそりと自分のやり方で生きていたら何か起きて、それを受け入れていく感じで進むところ。
    この物語もそう。
    そして色や温度や匂いが美しい文で描き出されるので、自分が頭に浮かべる景色も美しい。
    少年にチェスを教わる場面は、オーブンで洋菓子が焼けるにおいと午後から夕方にかけてのあたたかい部屋がオレンジ色のイメージで思い浮かぶ。
    少年は大人になっても生涯小さな箱の中に入ってチェスをしていくのだが、盤の上では自由に愛するものたちと旅をしている。
    チェスに出会うまではいじめられることがあったりしたけれど、チェスが自分にとって世界と唯一の接点だと受け入れてから、運命的な出会いがいくつもある豊かな人生になっていった。
    長時間にわたり箱に入っているというのは、読者としては窮屈で体も痛くて辛いと想像してしまう。
    しかし結末まで読んだ後は、彼の人生は決して窮屈なつらい人生だったとは思わない。
    そう気が付くと、屋上から降りられなかった象も壁に閉じ込められたミイラも「かわいそうな話」とも限らないのでは、と思った。
    わたしたちも与えられた狭い範囲から一生出られないかもしれない。
    けれどもそれを不自由だとか窮屈だとか一概には言えない気がする。
    この場所から動けなかったとしても自分にはこれだというものを通して出会いや旅をしている。
    自分にとってチェスに当たるものは何だろう。

  • 表面的にはチェスをさす人形リトル・アリョーヒンの中の人の物語。チェスが分かる方がきっと面白いと思う。でも、知らなくても面白かった。ひたすらに切ない。最後の方は読みながら自然と涙がこぼれてくる。チェスが分かれば手紙のやり取りをもっと楽しめたのかも知れない。
    敏感さは妄想を作り出す。これはきっと現実そうだろう。そして主人公はその両方に苦しみつつも、そ両方を駆使して生きていく。

著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小川洋子の作品

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