己は、己の全生涯を通じて、生命の秘密を見出さうとしたのだ。己は己の若い日を幸福に暮さなかつた。それは己が、老年の来ると云ふ事を知つてゐたからであつた。この様にして己は青年と壮年と老年とを通じて、この大いなる秘密を求むる為に一身を捧げたのだ。己は数世紀に亘るべき悠久なる生命にあこがれて、八十春秋に終る人生を侮蔑したのだ。己は此国の古の神々の如くにならうと思つた。——いや己は今もならうと思つてゐる。
太陽が白羊宮に入つた後、獅子宮を過ぎる前に、不死の霊たちの歌を以て震へ動く一瞬間がある。そして誰でも此瞬間を見出して、其歌に耳を傾けた者は必、不死の霊たちとひとしくなる事が出来る。
己は南の国へ行つて、橙の樹の間に大理石の宮殿を築き、勇士と麗人とに囲まれて、其処にわが永遠なる青春の王国に入らうと思ふ。
それはすべての物が宝石を刻んだ如くに見える、温な、美しい夜の一つであつた。スルウスの森は遠く南に至るまで緑柱石を刻んだ如くに見え、それを映す水は亦青ざめた蛋白石の如く輝いてゐた。少年の集めてゐる薔薇は燦めく紅宝石の如く、百合はさながら真珠の鈍い光りを帯びてゐた。あらゆるものが其上に不死なる何物かの姿を止めてゐるのである。ただかすかな炎を、影の中に絶えずともしてゐる蛍のみが、生きてゐるやうに思はれる。人間の望みの如く何時かは死する如く思はれる。
「御師匠様は外の人のやうに、珠数を算へたり祈祷を唱へたりして、いらつしやればよかつたのだ。御師匠様のお尋ねなすつた物は、御心次第で御行状や御一生の中にも見当つたものを。それを不死の霊たちなどの中に、お探しなさらなければよかつたのだ。ああ、さうだ。祈祷をなすつたり、珠数に接吻したりしていらつしやればよかつたのだ。」
少年は老人の古びた青天鵞絨を見た。そしてそれが薔薇と百合との花粉に掩はれてゐるのを見た。そして彼がそれを見てゐるうちに、窓につみ上げてある青葉の枝に止つてゐた一羽の鶫が唄ひ始めた。