麻原彰晃の誕生 (文春新書) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 5章にわたって麻原彰晃こと松本智津夫の幼少期からの来歴をたどる「伝記」。坂本弁護士一家殺害事件や地下鉄サリン事件といった大きな事件についての詳細は省略されており、初の「ポア」となった1989年の信者殺害に終わっている。オウム真理教をとおして数々の重大事件の中心にいた松本智津夫の人間性がいかにして成立したのかを確かめることこそが本書の追求するところである。また、本書では基本的にタイトルにある麻原彰晃ではなく、松本智津夫で呼称している。

    幼少期からオウム真理教発足直前まで、各時代で当時の智津夫の様子を直接知る人びとに彼の人となりを訪ね歩いた成果こそが本書の価値を高めている。とくに熊本の盲学校時代に彼を教えた教師たちの弁からは、のちに多くの事件を引き起こす人物になるだけの片鱗がすでにうかがえる。プライドの高さ、人望のなさ、親から見捨てられ食い物にもされていた身の上、兄へのコンプレックス、盲学校でひとりだけ目がみえるという特殊な環境、成功至上主義など、第一章の時点でのちの麻原彰晃の輪郭はすでにくっきり表れている。「智津夫がオウムでやったことは盲学校でしょっちゅうやっていたことの延長」という筆者の指摘をもっともだと感じる。

    その後も無謀な大学受験の失敗も経験しつつ、インチキ医薬品の販売により詐欺罪で逮捕されるまでに莫大な富を得た商法など、智津夫の行動にはほぼ一貫して誠実さが欠如するとともに強い身勝手さが見て取れる。オウム真理教設立の少し以前には牧歌的な時代があったとはいえ、智津夫が率いる組織が非人道的に変貌していくことは必然に映る。そんな智津夫の生き様と人間性が、それぞれ当時を知る兄、教師、妻、隣人、刑事、智津夫が師事した"先生"、妻らの証言によって浮き彫りになる。同時にオウム真理教というカルト教団が松本智津夫の人間性と密接に関わりながら成立した過程と組織の腐敗も活写されている。

    松本智津夫の死刑に際して、裁判を通して智津夫を知るための取り組みが十分ではなかったとする訴えが一部の文化人からなされたという話を最近になって知った。しかし、本書が伝えるところが真実ならば肯定しがたい(死刑制度の是非はまた別の話だ)。仮に智津夫にさらなる発言の機会が与えられたとしても、自分が助かるためのエゴイスティックな言動に終始しただろうことは想像に難くない。本書を読むことで松本智津夫という人間にはやはり、事件を引き起こすに足るだけの蓋然性が含まれており、その行動の動機はオウム真理教の信者たちと同列に語られるべきではないだろう。もちろんひどく困窮した家庭に生まれて家族に構われもしなかった幼少期は気の毒であり彼の行く末を歪めたことも事実だろうが、オウム真理教の一連の事件に関しての智津夫を知るための努力に怠慢があったとする見方は受け入れにくい。

    ちなみに第5章につづく最終章は、智津夫が利用した「ヒヒイロカネ(餅鉄)」のオカルト的な伝説に関する一章だが、智津夫の来歴から人間性を知ることを目的とする本書のなかにあっては浮いた存在で、蛇足にも思える。総じては、新書として刊行されたあとに文庫化された本書は一度も版を重ねていないようだが、松本智津夫という人間の成り立ちを知りたいという私の要求に不足なく応えてくれる満足のいく一冊だった。

    「考えつづける力と想像力を放棄した哀れな人間の一代記」「生命力の過剰は、狂気と結びつきやすい」という著者の総括には説得力がある。「成功」のみを目的とした生き方によってスターが生まれ、ときには手放しで賞賛されることもままあるが、それが智津夫のような人間を生みだす可能性をも孕むことについても考えさせられた。

    ※ブクログ上では新潮文庫版がみつからなかったため、新書版であるこちらに投稿しました。

  • 1995年の地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教のトップであった、麻原彰晃の人生について書いた本。熊本の盲学校での生活、東京での結婚、宗教団体の創設、グルへの到達、ポアの始まり、チベット密教との関係など、麻原の誕生から成長、狂気に至るまでの道のりが詳細に説明されている。ひじょうに興味関心の幅が広い友人から勧められて、手に取った。

    本書の前書きが魅力的なので、ここに載せておく。「「人は死を遠ざけようとする。遠ざけようとして、食べ、飲み、祈る、そして他者を攻撃する。」いつか観たアメリカ映画のなかに、こんなセリフをみてドキリとした。彼の本質を見事に言い当てているように思われたからだ。このような修正が人間の本性であるならば、そもそも国家とは、人間の堕落と頽廃の極地をしめす姿なのではないか、ということができるのではないか。なぜなら、表向きには ひとりひとりの自己実現を認めようと見せかけながら、実際のところは、われひとりの富と名声と権威を守るために、甘い言葉と恐怖の飴を交互に降らせてひとりひとりの自己実現の可能性の芽を摘みとり、尊厳を破壊しようとするからだ。本書の主人公は、そうした悪しき国家の像を忠実になぞってみせたのである。彼は私たちのパロディなのだ。」

    本書を読み終えて最初に頭に思い浮かんだ言葉、それは「悪の凡庸さ@ハンナ・アーレント」だった。麻原の幼少期、東京への上京から最初の逮捕あたりまでの人生についての記述を読むと、彼が特別な人間であったようには思わなかった。一定の能力はあっただろうが、生まれつきの悪というわけではなく、世界と向き合っていく中で悪へと変貌していったように感じた。1つの悪があったとき、その責任を特定の人間、団体に帰することは簡単である。心理的にも落ち着くだろう。だが実際は、社会(=環境)の状態がトリガーとなって悪は生じる。生まれついての悪がないとは言わないが、現実はより複雑でユニークである。

    特別なものが特別でなく見え、特別でないものが特別に見えるようになる、そんな本だった。

    • ともひでさん
      自己実現の可能性を追い求めて、カルトにたどり着いた青年と、たまたまカルトに巡り合わなかった自分。人々のために教義を説く麻原と、ある種のメソッ...
      自己実現の可能性を追い求めて、カルトにたどり着いた青年と、たまたまカルトに巡り合わなかった自分。人々のために教義を説く麻原と、ある種のメソッドを説く自分。

      あまりに似ているので、私はこのテーマを無視できないんですよね。

      『洗脳 地獄の12年からの生還』もお薦めです。
      2023/08/25
    • オサムさん
      ゴールに向かうために選んだ道筋が違ったから、たまたまそうならなかっただけで、自分がカルトに到達することもあり得たという感覚は私にもわかります...
      ゴールに向かうために選んだ道筋が違ったから、たまたまそうならなかっただけで、自分がカルトに到達することもあり得たという感覚は私にもわかります。とくに本書などを読むと、麻原彰晃のような悪のカリスマにも感じられるような人がいかに「ふつう」の人だったかを実感しますね。同じようなことを橘玲の『80's』に出てくる人物をみたときにも感じました。

      ともひでさんの本棚にカルト関連の本が多いなと思っていましたが、そのような興味関心があったからなのですね。

      ありがとうございます、買ったので読んでみます。
      2023/08/28
  • 麻原彰晃の伝記。かなりのひどい人生だが当時オウム真理教に心酔していた人はこうしたバックグラウンドの情報など当然わからず信じ込んでいたわけで、情報がないということは怖いと改めて思う。こうした暴露本のようなものが当時出ていれば良かっただろう。

  •  ちょっと続けてオウム真理教関連の本を読んだ。これは麻原の生い立ちからサリン事件に向けて急成長する辺りまでを周囲の証言を交えて書かれていて非常に地に足のついた内容だと感じた。
     麻原はたしかに自我が強いのだろうけれど、強度は違えども自分の中にも同じ要素があるわけだ。それを忘れてはならないと思う。
     シャクティーパッドを弟子のために必死に行う姿も、親を恨む気持ちも、自分の国を作ろうとする意思も・・・すべて同じ人間の中に存在するのだな。人間というのは他者のことも、自分のこともわかるようなものじゃない、底知れぬ深さがあるのだよな。
     麻原彰晃という人間がどう生きてきたか、初期の段階を丁寧に見るのであればおすすめの本である。

  • 地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の教祖、麻原彰晃の歩みを生い立ちから追った本。

    学生時代から素行が悪く、汚いことばかりやっていた事実に驚いた。この人は生まれつきの山師です。オウム結成前にも偽のダイエット漢方薬を作って売りさばき、逮捕されたりもしてます。


    オウム真理教の「しんりきょう」の部分が、天理教のパクリだったエピソードも新鮮だった。 

    9人兄弟の7番目に産まれた後の教祖は四男で、長兄と五男も目が不自由だったそう。 

    ヨガや修行の才能はかなり持っていたようで、それにより弟子を集めていきます。当時の80年代はオカルトや超能力ブームがあり、その波に乗って台頭した部分も大きいようです。

    読み物としてとても面白いので、興味のある方には是非読んでもらいたい本です。

  • オウム真理教の起こした事件は知っていても、そこに行き着くまでの、まだ世間の中にある「ありふれたサークル」だった頃のオウムを知りたい人にはうってつけの一冊。最終解脱した日が本人も曖昧とかギャグ感あってすごい。

  • 麻原が渋谷でオウム神仙の会を開く前の20代の頃のエピソードが面白い。
    船橋の駅の近くで薬局経営を始めた麻原が新婚なのにも関わらずアシスタントとして雇った若い女の子に手をつけてた、とか。
    またその頃、彼が通っていた近所の寿司屋で毎日のようにバカバカと豪遊していた、とか。
    こんな俗物きわまりない青年時代の麻原がいつのまにか数千人もの信者を抱える宗教団体を率いしかもその存続のために敵対する弁護士一家を計画的殺人を犯すまでに至る——。

    改めて信じがたいのは、まだ牧歌的な80年中盤頃の麻原のヨガ教室の講師時代から都内地下鉄に生物兵器による無差別テロを敢行するまでわずか10年程度だったことだ。
    わたしは「オウムは社会が生んだ」という言い方は受け入れないけど、「オウムの凶悪化のスピードは当時の日本社会の未曾有の豊かさ」が寄与していたとは思う。

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著者プロフィール

1958年、宮崎県高千穂町生まれ。法政大学文学部中退。2000年、『火花―北条民雄の生涯』(飛鳥新社、2000年)で、第22回講談社ノンフィクション賞、第31回大宅壮一ノンフィクション賞を同時受賞。著書に『水平記―松本治一郎と部落解放運動の100年』(新潮社、2005年)、『父を葬(おく)る』(幻戯書房、2009年)、『どん底―部落差別自作自演事件』(小学館、2012年)、『宿命の子―笹川一族の神話』(小学館、2014年)、『ふたり―皇后美智子と石牟礼道子』(講談社、2015年)など。

「2016年 『生き抜け、その日のために』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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