ノースライト(新潮文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • タイトルのノースライトとは、北向きの光のことである。建築用語なのか、北側から差し込む柔らかい光をそう呼ぶらしい。朝夕問わず、一定の光量を期待する場合に、この意匠が採用されるという。画家などの芸術家のアトリエなどには広く採られるとのことである。
    話はそこから、来日したドイツの建築家、ブルーノ・タウトへと派生する。ナチ・ドイツから逃亡し、短い期間だったが日本で活動した。桂離宮を絶賛したらしい。
    物語は、主人公たる建築士、青瀬稔が依頼を受けて設計し建てた家「Y邸」に、完成しても依頼主が越してくることはなく、ずっと不在であることへの違和感から動き出す。前半は、青瀬が新築の「Y邸」に家主が不在であることへの理由を思いめぐらす話が中心である。ひたすら青瀬が自意識と向かい合い、自分語りをする描写が多用されている印象を受けた。前半部は、ゆえに物語の振幅は抑制気味で少々退屈かもしれない。著者は、その中に多くのプロットを忍ばせているのだが、一見物語は一点に停滞している様相である。
    やや退屈な前半を読み進めると、後半、話はやおら動き出す。
    建築士の矜持、ダム建築の型枠大工だった青瀬の父と「渡り」の一家として過ごした生い立ち、幼かったはずの愛娘(離婚した元妻のもとで暮らし、時々の邂逅しかできない娘)の成長、姿の見えない「Y邸」の家主とタウトの関係。そこに、青瀬が属している建築士事務所で所長を務める岡嶋が獲得した、有名な女流画家のメモワール建築に係るコンペが絡む。
    前半部に散りばめられた「点」としての伏線を、一つひとつ「線」でつなぎ、謎の解明に収れんさせる。作者のストーリーテリングの技術はみごとと言うしかない。加えて、リズム感にあふれ、短いセンテンスに区切られた文章は、リーダビリティも高い。リーダビリティの高さが、やや退屈に感じられる前半を乗り越えさせるのだろう。

    最後に明かされる謎は、内容自体はステレオタイプかもしれない。だとしても、散りばめられた伏線回収の結果として、姿を明らかにした謎は、読み手の胸に響くものだと思う。大いなるカタルシスを得るであろうことは、読み手の一人としての自分の実感でもある。
    「64」を著した作者の小説ということもあり、ミステリー小説との認識で読み始めたが、いわゆる殺人事件のような凶悪なできごとは起きない。刑事や探偵の類も登場しない。だから、読み始めたときは、一人の建築士が、おのが作品たる家(それも雑誌に載るほどの評価を得た家だ)に一向家主が住む気配もなく、建築士としての矜持が毀損され、その自意識とひたすらに向かい合う自分語りの物語となってしまうのではないかと危惧した。
    それでも、作者が横山秀夫ということに自分自身の信頼を委ねて読み続けた。
    だから、読み終えた今、やっぱり危惧してしまう。本作を手にした読み手のいくばくかは、後半部を読むことなく、手放してしまうことになりはしないかと。

    ミステリー小説でありながら、物語はとても静かだ。感情表現も抑制的に思える。
    謎といえば、依頼主が青瀬に提示した注文の条件だろうか。
    ――自分の住みたい家を建ててください。
    この謎を心に留め置きつつ、流暢なメロディのように流れる作者のテンポの良い文章に身を委ねる。これが、この物語への正しい向き合い方のように思える。
    静謐なAメロ、Bメロを穏やかに聞き、ときには睡魔が襲うようなこともあるかもしれない。だから、これだけは書いておく。本作のAメロ、Bメロは、その後に続くすばらしいサビへの序章である、ということを。
    巧みな伏線を通して、読み手の心のひだにまで分け入ってくる。横山秀夫という作家は、やはりそうした技術を持ち合わせていた。決して多くの作品を読んでいるとは言えないけれども、信頼できる作家である。
    感受性の豊かな読者は、涙を流すかもしれない。あるいは、静かに心に染み入る余韻に浸るのだろうか。いずれにせよ高純度のカタルシスが、この物語には豊富に詰まっている。

  • 物語という感じ。
    ミステリーよりヒューマンドラマの要素が多い。
    読者が推理できるように書かれていないと思う。


    建築の話だから、建物の描写とか、製図・見積もり多くなるけど、そこは退屈。
    人間関係とか、心情描写は面白いし、勉強になる。

    青瀬の家族関係が修復されるのか、岡嶋事務所のコンペ案が能勢事務所で採用されたのか、結論を出さないままに終わらせたのは仕方ないと思うけど、どうにも落ち着かない。

  • 読んだ本 ノースライト 横山秀夫 20230726

     名作です。
    「半落ち」を読んで、あんまりおもしろかったんで、他の作品を探したら、以前テレビドラマで観たこの本に行き当たりました。ドラマは、たまたま観たんですが、なんか一風変わったミステリアスなストーリーに魅せられて、後編も録画して観たんですよね。だけど、ラストの方がどうだったか思い出せない。まぁ、改めて小説読むにはちょうど良いやと思って、買うことにしました。
     主人公の一級建築士の青瀬が自らの唯一の代表作のY邸という家に住んでるはずのクライアントが行方不明になっているのに気づき、探し始めるというのが主軸。それに青瀬の離婚した妻と再縁を願う娘。ブルーノタウト。父との思いで。画家藤宮春子の記念美術館のデザインコンペ。いろいろなドラマがどんどんと継ぎ足されるように交錯して、悲しいけど美しい結末に収斂していくっていう話です。
     最後の方で、そうそうこんな終わり方だったって思ったんですが、あまりにも沢山のドラマが、2本の線(かな?)に集約される様が、ドラマだとちょっと嘘っぽく感じたんだと思います。だから印象に残らなかったんじゃないかな。だけど、小説ではやはり情報量が違うので、納得感があるんですよね。すごく悲しくなったし、悲しみを背負う登場人物の優しさに胸をしめつけられたり。電車の中で読みながら、鼻が痛くなってやばかったです。
     こんなに複雑なドラマなのに、めちゃくちゃ読み易いし。
     次はクライマーズハイかな。

  • クライアントのために建てたY邸。引き渡したはずだが、住んでいる形跡がなく、有名建築家の椅子が一脚、置いてあった。

    結末がまったく予測できず、どう終結していくのかワクワクしながら読み切った(´ω`)さすが、本屋大賞ノミネート作品。

    読解力の低いわたしの脳になかなか染み込まず、咀嚼しないとパッと理解できないような言い回しが多くて、正直読みにくさを感じた。しかしながら、中盤〜終盤が非常に面白くて、最終的には読みにくさが全く気にならないほど読書に没頭してしまった。

    主軸ではないサイドストーリーにも心が動かされる。岡嶋、無念だったろうな…ラストで青瀬一同が全力を持って藤宮春子メモワールに取り組む様に、思わず涙腺が緩んでしまった。

    終わり方もキレイにまとまっていて、スッと心が落ち着く結末にホッとしてしまった。それまでが結構バタバタ&終始謎だらけのストーリー展開なので…。

    決して心温まるような暖かいストーリーではないものの、わたしの設計職人としての魂を強く揺さぶる、熱く、そして少し切ない物語だった。大変面白かった。

  • 好きな作家さんの作品です。後半の圧倒的なストーリー展開は圧巻だった。翌日の仕事を忘れて、徹夜で読み切ってしまった。読めてよかった。傑作です。

  • 建築士の青瀬稔が全霊を込めて設計した信州追分の「Y邸」の主・吉野は、一度も住むことなく忽然と姿を消した。不審に思った青瀬はこの家に残された椅子を手がかりに吉野の居場所を捜そうとする。
    青瀬は吉野を追う過程で、20世紀を代表する建築家ブルーノ・タウトが日本で過ごした軌跡を追っていく。

    読後が本当に素晴らしかった。今年これまで読んだ本でナンバー1。
    物語も終盤、目標を見失いバラバラになりかけたチームが奮起し、コンペの資料をチームワークで作り上げていく。出来上がった作品の描写は、実際にそのデザインを見ているかのようだった。

  • 第8回紅白本合戦白組1位
     正直前半はページが進まなくて進まなくてしんどかったんだけど、後半以降はグイっと引き込まれて最後の数ページで大号泣しました。
     合計20冊中ようやく11冊読了なんだけど今年中で全部いけるのかな…。

  • 知らなかったブルーノタウトの事を知ることが出来、物作りの熱量に胸が熱くなった。どれだけ立派な家を建てても住むことが出来ないのはさもしい。

  • 建築家になれずコンプレックスを孕んだ建築士が主人公。
    アトリエ設計事務所のリアリティ描写、ブルーノ・タウトの光の使い方。
    建築空間が人間の人生の根幹に光を差しこむようにつながるお話。

    設計事務所でバイトしていた時代を思い出したりコンペにまつわるヒリヒリとした興奮の闘いも面白かったです。

  • 心情や建築物、芸術をこんなに言葉で表現できるなんて。裏表紙の書評通り美しい。
    前半、話が動かず、どうなるのことかと思ったが、後半は号泣。電車で読んでなくてよかった。
    今回は新聞記者は出てこんなー、と思っていたら、やはり登場してくれました。どこにでも現れる新聞記者(笑)

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著者プロフィール

1957年東京生まれ。新聞記者、フリーライターを経て、1998年「陰の季節」で松本清張賞を受賞し、デビュー。2000年、第2作「動機」で、日本推理作家協会賞を受賞。2002年、『半落ち』が各ベストテンの1位を獲得、ベストセラーとなる。その後、『顔』、『クライマーズ・ハイ』、『看守眼』『臨場』『深追い』など、立て続けに話題作を刊行。7年の空白を経て、2012年『64』を刊行し、「このミステリーがすごい!」「週刊文春」などミステリーベストテンの1位に。そして、英国推理作家協会賞インターナショナル・ダガー賞(翻訳部門)の最終候補5作に選出される。また、ドイツ・ミステリー大賞海外部門第1位にも選ばれ、国際的な評価も高い。他の著書に、『真相』『影踏み』『震度ゼロ』『ルパンの消息』『ノースライト』など多数。

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