スノウ・クラッシュ〔新版〕 上 (ハヤカワ文庫SF) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • なかなか難しいけどわりとスラスラ読める。唐突に新語が出てきたり、説明なく当たり前のように設定が出てきたりするのもご愛嬌。ピザ配達の疾走感は凄い。ピンチョンというより「池袋ウエストゲートパーク」のような一人称。主人公ヒロのイメージは金メダルを獲ったばかりの平野歩夢で脳内再生されてる笑。面白くて2,3日で読めた。下巻もすぐ読みます

  • SFに普段から触れていない人間にはたいへん読みづらい小説だった。

  • 面白かった。
    後半、キリスト教の話が出始めてから全然話についていけなかった。
    20世紀にこの話を書いたことに対して畏敬の念を覚えた。

  • ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン、パルマー・ラッキー、ピーター・ティール、リード・ホフマンらもお気に入りというSF作品。いつか読もう。

  • オーディブルはニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ・上巻』を今朝から聞き始める。

    ピザ配達人兼ハッカー兼CIC(セントラル・インテリジェンス社)のフリー通信員のヒロ・プロタゴニストは、在日韓国人の母親とテキサス生まれのアフリカ系アメリカ人の父親を持つ。そういえば、クリストファー・ノーラン『TENET』の主人公も「名もなき男」という日本語名とは違って、「プロタゴニスト」という名前を持っていたな(「プロタゴニスト=主人公」という種明かしを避けたものと思われる)。

    「アメリカでは、人は自分のやりたいことならなんでもする。なぜそうなったかと言えば、そうする権利があるからだ。しかもみんなが銃を持っていて、誰もそれを止められない。その結果、この国の経済力はいまや世界でも最低のクラスになった。気がついてみると、そうなっていた。こいつは貿易収支の話だ。あらゆるテクノロジーが国外に留守寿司、世界の技術が均衡したせいで、ボリビアで作られた自動車やタジキスタンで作られた電子レンジが、この国で売られるようになった。ノースダコタからニュージーランドまでわずかな運賃で運べる香港製の巨大船や巨大飛行船のおかげで、この国の天然資源の強みは、まるでなくなってしまった。いわゆる”見えざる手(インヴィジブル・ハンド)”というやつが、あらゆる歴史的不公平を不鮮明にし、地球じゅうをパキスタンの煉瓦職人が喜びそうなまっ平らな層にした。
     ――結局どうなったか? アメリカ人がいま世界に誇れるのは、次の4つだけになってしまったのだ。

     音楽
     映画
     マイクロコード(ソフトウェア)
     高速ピザ配達」

    この無理やり感と疾走感がたまらん。

    「もし30分のタイムリミットが過ぎると、その大失敗のニュースはすぐさまコーザノストラ・ピザ本部に送られ、そこからアンクル・エンゾ自身に転送される。アンクル・エンゾは、シチリアのカーネル・サンダースとも、ベンソンハーストのアンディ・グリフィスとも言われる人物。多くの〈配達人〉たちにとって、喉元に剃刀をつきつけられる悪魔のもとであり、コーザノストラ・ピザ株式会社の大立者であり、看板だ。彼はそれから5分以内に注文客へ電話を入れ、徹底的にお詫びをする。翌日はその客の家の庭にジェット・ヘリで降り立ち、さらに謝ったあと、イタリアへの無料旅行券を贈呈する」
    「そんなことになったら、ドライバー自身はいったいどうなるのか。〈配達人〉は詳しいことを知らないが、噂は効いたことがあった。たいていの配達は、夕方から夜に行われる。アンクル・エンゾがプライベート・タイムにしている時間帯だ。その家族との夕食の時間を邪魔されて、ピザの遅れで騒ぎたてるパーブクレイヴの田舎者に卑屈な電話をしなければならないとしたら、どんな気持ちになるだろうか? アンクル・エンゾは、この50年間、家族や国への奉仕をしてこなかった。普通ならゴルフをしたり孫娘の相手をするような歳になっても、風呂から濡れた身体のまま飛び出して、ペパローニ・ピザを配達してもらうのに31分かかった16歳のスケートパンク少年の前にひざまずいて、脚にキスしなければならないせいだ。なんてこった。考えただけで、〈配達人〉は息が詰まってくる。」

    んなわけあるか! というツッコミはさておき、設定一本でここまで突っ走る剛腕ぶりにクラクラする。

    「〈配達人〉は、そのパーブクレイヴのひとつである〈ファームズ・オブ・メリヴェール〉の国家保安隊の伍長をしていたが、ある不法侵入者(ハーブ)に向かって刀を抜いたことで、クビになってしまった。彼は刀で賊のシャツを裂き、首の付け根に沿って刀を滑らせて、押し入ろうとした家の湾曲したプラスチックの羽目板に押さえつけた。当然の行為である。ところが、その侵入者は〈ファームズ・オブ・メリヴェール〉の副大法官の息子だったのだ。連中はさまざまな口実を用意した。いわく、刃渡り90センチの日本刀などは携帯武器規約にない。彼はSPAC(不法侵入容疑者逮捕規定)に従わなかった。侵入者はそれ以来トラウマに悩まされるようになった。いまではバターナイフも恐がるようになり、ジャムをティースプーンの背で延ばさなければならないのだ、と。彼の行為は損害賠償に値する、とも連中は言った。
    〈配達人〉は、その支払いのために金を借りなければならなかった。それも、マフィアから借りるしかなかったのだった。おかげでいま、彼の情報は連中のデータベースにある」
    「そして、彼が〈配達人〉の仕事に志願すると、連中は自分たちの知っている人間ということで喜んで迎え入れてくれた。ローンを申しこんだとき、彼はヴァレーの副支部長補佐と一対一で交渉しなければならなかったのだが、その相手があとで〈配達人〉の仕事を勧めてくれたのだった。つまり、ファミリーの一員になるようなものだ。恐ろしい、ゆがんだ、腐敗したファミリーの」

    足抜けできない鉄の掟。

    「ヒロは、そうした情報をCICのデータベースにアップロードする。”ザ・ライブラリ”と呼ばれるこのデータベースは、もかつてのアメリカ国会図書館だが、いまはそんな名前で呼ぶ者などいない。(中略)昔は、たいてい古くなった書籍がたくさん集まった場所のことだった。その後、ビデオテープやレコード、雑誌などが含まれはじめ、あらゆる情報がマシンで読める形式に変換されていった――つまり、1と0だ。メディアの種類が増え、装置が改良されていくにつれ、ライブラリを検索する方法はどんどん高性能になっていき、国会図書館とCIA(中央情報局)の実質的な違いはなくなってしまった。幸いというべきか、その現象が連邦政府の解体と同時に進行したため、このふたつは合体し、巨額の株式公募が行われたのだった」

    国会図書館に記録する対象をウェブに拡張した時点で、それはグーグルのデータベースとニアリーイコールになり、NSAによるPRISM監視網の監視対象と重なるという指摘がおもしろい。

    ヒロが入り浸っているメタヴァースの説明。

    「〈ストリート〉のサイズや構造は、あるプロトコルによって決められている。コンピューティング・マシン協会のグローバル・マルチメディア・プロトコル・グループ(GMPG)にいる、コンピュータ・グラフィック・ニンジャたちの、地道な作業によって作られたプロトコルだ。〈ストリート〉全体は、半径1万キロ余りの黒い球体の赤道部分をめぐる、巨大な遊歩道の体裁をとっている。球体の円周、つまり遊歩道の全長は65536キロあって、地球の円周よりはるかに大きい。
     65,536という数字は一見半端な数字に見えるが、ハッカーにとっては母親の誕生日より馴染みの深いものだ。65,536は2の16乗。その指数16は2の4乗、さらにその指数の4は2の2乗だ。256や32,768や2,147,483,648といった数字と同じく、65,536は2だけが素になった数字という意味で、ハッカー世界の基本要素のひとつ。この2は、コンピュータの理解できる数字の数が0と1のふたつだということにもつながっている。2と2をしつこく繰り返し掛け合わせるだけでできる数字と、それから1を引いた数字が、ハッカーにとってすぐにピンとくるものなのだ」
    「この〈ストリート〉に何かを造るには、GMPGの認可を受ける必要がある。〈ストリート〉に土地を買い、区域設定の認可をもらい、贈収賄検閲官の審査を受け、その他さまざまなことをしなければならないのだ。そのために企業が支払った金は、すべてGMPGが管理する信託基金に送られる。〈ストリート〉を維持し、開発・拡張していくための機械類は、その基金でまかなわれているのだ」

    Y・Tは、動力源をもたないスケボーで特急便屋(クーリエ=ラディカル・クーリエ・システムズ社)を営むプロのロードサーファー女子。ヒロの代わりに30分になる直前にピザを届け、マフィアに貸しをつくる。

    メタヴァースの〈ストリート〉をアヴァターで移動していたヒロに、モノクロの男が声をかけてきた。
    「おい、ヒロ」「スノウ・クラッシュを試してみないか?」
    「おれは試してみないかと言っただけだ。買えとは言ってない。金はいらんよ。こいつは試供品だ。それに、郵送を待つ必要もない。いま渡してやるよ」
    「そいつはハイパーカードじゃないか。スノウ・クラッシュはドラッグだと言ったよな」「頭に効くのか?」「それともコンピュータか?」
    「両方だとも言えるし、そうでないとも言える。どっちだって同じことさ」

    オーディブルはニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ・上巻』の続き。

    設定自体はおもしろいのだけど、その説明ばかりがくどくどと続いて、ストーリーに動きが少ないから、キャラがうまく頭に入ってこない。スノウ・クラッシュがメタヴァースに仕掛けられたコンピュータウイルスらしいことはわかったのだけど、たったそれだけのことに、ここまで紙幅が必要かな???

    オーディブルはニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ・上巻』の続き。

    スノウ・クラッシュをバラまいているレイヴンは、実は旧ソ連の原潜の核弾頭を所有している独立国家の君主で、頭の中に起爆装置を埋め込み、死亡するとそれが引き金となり、街ひとつを破壊する危険人物だった。スクウィーキーら〈執行者(ジ・エンフォーサー)〉も、レイヴンを追っているのではなく、むしろ彼を守っていたことが判明する。「レイヴンには近づくな」とヒロに警告してたのは、そのためだったのだ。

    〈特急便屋(クーリエ)〉のY・Tは、ヒロの代わりにピザを届けたことで、コーザノストラ・ピザの大親分アンクル・エンゾに気に入られ、彼の認識票をもらいうける。「何かトラブルに遭ったら、相手が誰であろうとこの認識票を見せたまえ。事態はすぐに変わるはずだ」と言われて。

    オーディブルはニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ・上巻』の続き。

    Y・Tは、マフィアの義眼の男から〈ウェイン牧師の真珠の門(パーリーゲート)〉へとスーツケース(中身は情報(インテル)?)を運ぶように指示を受ける。だが、受け取ったスーツケースを運ぶ途中で義眼の男につかまり、荷物の中身を非破壊検査でチェックされる。

    スノウ・クラッシュを試したDa5idのコンピュータはクラッシュし、Da5id本人も心臓発作で意識不明瞭な状態に陥り、意味不明な言葉をつぶやき続けている。それに関するヒロと、Da5idの元妻ジャニータの会話。

    「やつは、〈ブラック・サン〉の外でレイヴンからもらったスノウ・クラッシュのハイパーカードを持っていた」「やつはあれを使った」「そのあとで、やつはコンピュータ・トラブルを起こして処分された」
    「そこのところは聞いたわ。だから救護員を呼んだの」
    「Da5idのコンピュータがクラッシュしたことと、救急車を呼ぶことにどういう関係があるんだい?」
    「ブランディの巻物は、ランダムなノイズを見せるだけのものじゃないわ。膨大な量のデジタル情報を、バイナリ形式でいっぺんに出すの。そして、そのデジタル情報はDa5idの視神経にダイレクトに飛びこむ。視神経は頭脳の一部だって知ってるでしょ――瞳孔を覗きこめば頭脳の末端を見ていることになるって」
    「Da5idはコンピュータじゃないぜ。バイナリ・コードは読めないよ」
    「彼はハッカーよ。生活の中でバイナリ・コードとつきあってきたから、その能力が脳の構造に深く刻みこまれている。つまり、その情報形式に影響されやすいんだわ。それはあなたも同じことよ」
    「その情報の中身はどんなもんだんだい?」
    「それが問題ね。メタウイルスよ」「情報戦争における核爆弾――あらゆるシステムに影響して、さまざまな新しいウイルスに感染させるというウイルスよ」
    「そいつがDa5idをおかしくしたのかい?」「なんでおれはおかしくならなかったんだろう」
    「離れていたからよ。あなたの目がビットマップを分析できるほど近くなかったんでしょう。すぐ目の前にないと効かないんだわ」
    「その点はもうちょっと考えてみよう。もうひとつ聞いておきたいんだ。レイヴンは現実世界でもドラッグをばらまいているよな――それもスノウ・クラッシュって呼ばれているようだけど、何なんだい?」
    「ドラッグじゃないわ。外見も感じもドラッグのようにみせかけて、人が使いたがるようにしているの。コカインや何かでちょっと味付けしてあるのよ」
    「ドラッグじゃないとすると?」
    「メタウイルスに感染した人間からとった血清を、化学処理したものよ。つまり、感染を広めるもうひとつの方法にすぎないわ」
    「誰がそんなことを?」
    「L・ボブ・ライフのプライベート・チャーチ。あそこの連中はみんな感染してるわ」
    「ちょっと待った、ジャニータ。はっきりさせてくれ。このスノウ・クラッシュってのは、ウイルスなのか、ドラッグなのか、それとも宗教なのか」
     ジャニータは肩をすくめた。「違いがある?」

    「人はみんな、自分なりの信仰をもっているわ。脳細胞か何かに、宗教受容体(レセプター)とでもいったものが組みこまれていて、自分に合ったものを受け入れるのよ。宗教というのは、本来ウイルス性のものだったわ――情報の集まりが人間の心の中で複製されて、人から人へ跳び移っていく。それがかつての方法だったし、残念ながらいまでもそうなのよ。でも、原始的で不合理な宗教からわたしたちを解放しようという努力も、いくつかなされてきた。その最初のものは、いまから4000年前にエンキという人物が行ったわ。次が紀元前8世紀にサルゴン2世の侵略によって国を追われた、ヘブライ学者たちによるもの。でも、結局それは、空虚な律法主義に移っていってしまった。そしてもうひとつの試みが、イエスによるものよ――でも、彼の死後50日以内にウイルス感染によって乗っ取られてしまった。このウイスルはカトリック教会によって抑制されたけれど、1900年にカンザス州で始まった大流行が、いまでも勢いをましているわ」
    「きみは神を信じているのかい?」
    「もちろんよ」
    「キリストを信じている?」
    「ええ。でもイエスの肉体的な復活といった、物理的な部分は信じてないわ」
    「それを信じないでクリスチャンになれるのかい?」
    「むしろ、それを信じてなぜクリスチャンになれるのか、って言いたいわ。福音を苦労して学んだ者なら、キリストの復活なんて本物の歴史が書かれた7年あとに付加された神話にすぎないということが、わかるはずよ。まるで《ナショナル・エンクワイアラー》の記事だって、思わない?」

    宗教を起点に物語が駆動して、やっとおもしろくなってきた。
    ヒロとライブラリアン(ソフトウェア)の会話。

    「興奮したような意味不明の喋り方のことを知ってるかな?」
    「テクニカルタームでは〝異言(グロッソラリア)〟あるいは〝舌がかり〟と言います」
    「テクニカルターム? 宗教儀式になんでだい?」
    「このテーマにはテクニカルな文献がたくさんありますよ。〝異言〟は宗教儀式の中で〝開拓〟された神経学的現象です」
    「そいつはキリスト教でだよな?」
    「ペンティコスト派のキリスト教徒はそう考えていますが、彼らは勘違いしています。古代ギリシャの多神教徒もそうでした――プラトンはそれを〝神狂的〟と称しています。ローマ帝国時代の東洋教団たちもそうでした。ハドソン湾のエスキモーも、チュクチ半島のシャーマンも、ラップランド人も、ヤクート族も、ピグミーも、着たボルネオの宗教も、ガーナのトルヒ語をしゃべる僧侶も、ズールー族のアマンディキ教も、そして中国の宗派であるシャン・ティー・フイも、みなそうです。トンガの霊媒師も、ブラジルのウムパンダ教も。シベリアのトゥングース族の部族民たちは、呪い師がトランス状態になってうわごとのような言葉を発するとき、自然界の純粋な言語を学んでいるのだと言います」
    「自然界の言語か」
    「そうです。アフリカのすクマ族の人たちは、言語は〝キナツル〟である、つまり過去のすべての魔術師たちの言葉である、と言っています。その魔術師たちは、ある特定の種族の子孫だと考えられています」
    「なぜそんなふうに?」
    「超自然的な解釈を除外するなら、異言はすべての人間に共通した、頭脳の奥深くの部分の構造によるものと考えられます」
    「いったいどんなものなんだ? それになった人間はどんなふうになるんだろう」
    「C・W・シャムウェイは1906年のロサンジェルスにおける再流行を調査し、6つの基本的症状を報告しました。理性によるコントロールの完全な欠如、ヒステリーにつながるような感情による支配、意志の喪失、発声器官の自動的な動き、記憶喪失、それに痙攣やひきつりといった散発性の肉体的徴候です。カエサレアのエウセピオズも、紀元300年ころに同様の現象を観察し、偽の預言者は意図的な意識の抑制から始め、最後は自分でコントロールできないような錯乱状態になる、と言っています」
    「それに対するキリスト教の弁明は? これを正当化するようなことは聖書に書かれてないのかい?」
    「ペンティコストがそうです」
    「その単語はさっきも聞いたな――なんなんだい?」
    「ギリシャ語で五十番目を意味する、ペンテコストスからきています。キリストの磔から50日後に関係しているわけです」
    「ジャニータがさっき、キリスト教は死後50日以内にウイルス感染で乗っ取られたって言ってたな。このことを言ってたに違いない、どういうことなんだ?」
    「『すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語りだした。さて、エルサレムには添加のあらゆる国々から信仰深いユダヤ人たちが来て住んでいたが、この物音に大勢の人が集まってきて、彼らの生まれ故郷の国語で、使徒たちが話しているのを、だれもかれも聞いてあっけにとられた。そして驚き怪しんで言った。――見よ、いま話しているこの人たちは、みなガリラヤ人ではないか。それなのに、わたしたちがそれぞれ、生まれ故郷の国語を彼らから聞かされるとは、いったいどうしたことか。わたしたちの中には、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人もおれば、メソポタミヤ、ユダヤ、カッパドキア、ポントとアジア、フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビア地方などに住む者もいるし、またローマ人で旅に来ている者、ユダヤ人と改宗者、クレテ人とアラビア人もいるのだが、あの人々がわたしたちの国語で、神の大きな働きを述べるのを効くとは、どうしたことか――。みなの者は驚き惑って、互いに言い合った。〝これはいったい、どういうわけなのだろう〟』使徒行伝第二章四節〜十二節」
    「くそ、そうだったのか。バベルと逆の話だ」
    「そうです。ペンティコスト派のキリスト教徒の多くは、実際に相手の言語を学ばなくともジブたちの宗教を広めることができるように、舌がかり(ギフト・オブ・タン)を与えられたのだと信じました。この、習ったことのない言語を話し理解する能力のことは、〝ゼノグラシー〟と呼ばれています」
    「そいつはライフが、《エンタープライズ》のビデオでしゃべっていたことだな。あいつは、バングラデシュ人たちの話すことがわかると言っていた」
    「そうです」
    「ほんとにそんなことが可能なのかな?」
    「伝えられるところでは、16世紀にセント・ルイス・バートランドがこの舌がかりを使って、3万人だか30万人だかの南アメリカのインディオをキリスト教に改宗させたと言われています」
    「そいつぁすごいな。天然痘よりも速い広がり方ってわけか」

    オーディブルはニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ・上巻』が今朝でおしまい。

    宗教と感染とウイルスの類似点について、ライブラリアンとヒロの対話が続く。

    「ナム・シュブとは、シュメール語の単語です」「紀元前2000年ころまで、メソポタミアで使われていました。記述の残る言語の中でも、最古のものです」
    「へえ。じゃあ、ほかのすべての言語の祖先ってわけか」
    「じつは、違うのです」「シュメール語から派生した言語はひとつもありません。これは膠着性言語と呼ばれるもので、形態素または音節がグループになってできた単語が集まってできた言語です――珍しい例ですが」
    「つまり――」「誰かがシュメール語をしゃべっているのをおれが聞いたとしても、短い音節がくっついた長ったらしい音にしか聞こえないってことかな」「現代の言語で似たような聞こえ方をするものは?」
    「シュメール語と、その後に現れたいかなる言語とのあいだにも、関係性を示す証拠は見出されていません」

    「で、〝ナム・シュブ〟がシュメール語でどんな意味をもつかは、誰かに解読されたのかい?」
    「ええ。ナム・シュブは魔術的な力をもった言葉です。英語でもっとも近い意味の言葉は、〝呪い(インカンテーション)〟でしょう。意味がズレている部分も多々ありますが」

    (地の文)「魔術的な力を持った言葉。いまどきそんなことを信じる者はいない。魔術の可能なメタヴァースを除いては。メタヴァースは、コードによって構築された架空の世界であり、コードは言語の一形式にすぎない――コンピュータの理解できる形式だ。メタヴァースは全体として、L・ボブ・ライフの光ファイバー・ネットワーク上における、ひとつの巨大なナム・シュブと言えるだろう」

    「エジプトは石の文明でした。芸術も建築も石でしたので、それは永久に残ります。ですが、石にものは書けません。そこで彼らはパピルスを発明し、それに文字を書きました。ところが、パピルスは腐敗します。彼らの芸術や建築は残ったとしても、書かれた記録――つまりデータは――ほとんど消え去ってしまいました」
    「シュメール人は違っていたと?」
    「シュメールは粘土の文明でした。建物も、文字を書いたのも粘土でした。彼らは石膏で像を作りましたが、これは水に溶けます。そのため、建物も像も長いあいだに素材へと戻ってしまいました。ですが、粘土の書字板(タブレット)は壺の中に焼きこんだり埋めこんだりされたため、シュメール人の〝データ〟はすべて残りました。エジプトの遺産は芸術と建築であり、シュメールの遺産は何メガバイト家の情報なのです」
    「何メガバイトかって、どのくらいあるんだ?」
    「考古学者が発掘できる量によるでしょう。シュメール人たちは、あらゆるものに文字を書きました。建物を建てると、すべてのブロックに楔形文字を書きましたから、その建物が崩れたときも、ブロックは砂漠に散らばって残りました。コーランの中で、ソドムとゴモラを破壊するためにつかわされた天使たちは、こう言います。『われらは邪悪な国につかわされた。神の徴のついた粘土の石を彼らの頭上に降らせ、罪深きものを破壊するため』。ラゴスはこれに興味をひかれました――永遠に残る媒体に書かれた情報の無差別な分岐に、です。彼は風に運ばれる花粉のことを言っていましたが――わたしは、それが一種のアナロジーであると理解しています」

    エンキのナム・シュブについての碑文。

    「かつて地上には、ヘビもいなければサソリもいず、ハイエナもライオンもいず、野生の犬もオオカミもいず、不安も恐れもなう、人間には敵がいなかった。そのころ、言葉の一致するシュメールの地であり、皇太子のメなる偉大なる地、シュブール・ハマジ、ふさわしきものをすべてもった地、ウーリ、難攻不落の地、マルトゥ、すべての土地の者たちは、ひとつの言葉でエンリルに語りかけた。だが神が反抗し、皇太子が反抗し、王が反抗した。豊かなる神にして、その生命は信頼すべきエンキ、知恵の神にして、あまねく地上をおさめる神、神々のリーダーであり、知恵を付与されたエリドゥの神エンキが、彼らの言葉を買え、それに争いをこめた。かつてひとつだった、人間の言葉の中に。」

    「エンキのナム・シュブとは、昔話であり呪文でもあるのです。自己達成的なフィクションです。ラゴスは、この翻訳ではほのめかされてしかいないオリジナエルの部分にこそ、本来記述すべきことがこれまれていると信じていました」
    「つまり、人間の言葉を変えたってことだな」「こいつはバベルの話といっしょなんじゃないか? みんなが同じ言葉を話していたのに、エンキがそれを変えてしまって、誰もお互いのことを理解できなくなった。聖書の中のバベルの塔の話のベースに違いない」「あんたはさっき、かつては誰もがシュメール語を話していた、と言ったな。その後、誰も話さなくなった。恐竜のように消えてしまったわけだ。そして、それを説明できるような絶滅の記録はない。バベルの塔の話とも、エンキのナム・シュブとも、矛盾はない。ラゴスはバベルの話を実話だと思ったいたのか?」
    「真実だと思っていました。彼は膨大な数の言語にただならぬ関心を持っていましたが、とにかく言語の種類はあまりにも多すぎると感じていました」
    「どのくらいあるんだ?」
    「何万という数です。同じ人種の人たちが、数キロ離れた似たような谷で、似たような環境のもとに暮らしている。なのにお互いの言葉にはなんら共通部分がないというケースは、世界じゅうに数多くあります。特例でなく、いたるところにあるのです。多くの言語学者が、バベルの話を解釈しようとしました。人間の言葉はなぜ、共通のものに収束するのでなく、バラバラになってしまったのかという問題を」
    「で、答えを出したやつはいるのかい?」
    「この問題は難解なだけでなく、非常に奥の深いものです」「が、ラゴスはひとつの理論をもっていました」「彼は、バベルの話が現実の出来事だったと信じていました。ある特定の時間と場所で起きたことであり、それはシュメール語の消失と一致するのだと。そのバベル/インフォカリプス以前の言語は収束する傾向を持っていたが、それ以後の言語は、分岐し、互いに理解できないものになる傾向を本質的に盛っていると――そしてこの傾向は、人間の脳幹のまわりでヘビのようにとぐろを巻いているというのです」

    互いの言葉の差異を強調する試みは、江戸時代の方言にあったように、間諜(スパイ)が入ってきても見破れるように、あえて方言をきつくしたという例からもわかるように、境界で接する排他的な共同体が2つあれば、誰でも思いつく安易な方法で、仲間内でしか通用しない符牒、ハイコンテクストな会話を好む集団なら、多かれ少なかれある傾向だ。一方、テレビの全国放送や想像の共同体における「巡礼」がそうであったように、言葉や境遇を同じくするものが共同体意識を拡張させ、見ず知らずの者を同じ国民だとみなすようになるとき、言葉はハイコンテクスト化とは逆の平準化の方向に働く。いってみれば、グローバル化(平準化、標準化)とローカル化(差異に強調=多様性)は正反対の方向性で、言葉はどちらの方向にも作用すると思うのだけど。

    「もし人間から人間へと移動できる〝現象〟があるとしたら、そいつが人間の精神を変化させて、シュメール語を二度と理解できないようにしたわけだ。ウイルスがコンピュータからコンピュータへと移って、損害を与えていくのと同じ差。脳幹にとぐろを巻いてね」
    「ラゴスは、その考えの解釈に多くの時間と努力を割いていました。エンキのナム・シュブは神経言語学的ウイルスだと考えていたのです」
    「しかも、そのエンキってのが実在の人物だと?」
    「おそらくは」
    「おまけに、エンキがそのウイルスを開発して、こんなタブレットを使ってシュメールじゅうにばらまいたっていうのかい?」
    「ええ。かつて、エンキへの手紙を記したタブレットが発見されたことがありました。そこには書き手の嘆きが記されていたのです」

    「オーケイ、ここまでは粘土の覆いの話だった。じゃあ、こいつについてはどうだ? この木みたいなものは?」
    「女神アシェラ―を象徴するトーテムです」「彼女は、エルまたの名をヤハウェの配偶者でした。彼女はエラトという名でも知られ、こちらのほうが通り名です。ギリシャ人たちは、ディオーネーまたはレアーとして彼女を知っていました。カナン人にとっては、タニトまたはハウワといい、イヴと同じ存在です」
    「イヴ?」
    「キリスト教の解釈による〝タニト〟の語源は、〝タンニン〟の女性形で、〝ある種のヘビ〟を意味します。更に言うなら、ギリシャ神話の青銅時代にアシュラーはふたつ目の通り名を持っていました。〝ダト・バトニ〟。これも〝ある種のヘビ〟という意味です。シュメール人は彼女のことを、ニントゥまたはニンフルサグと読んでいました。彼女のシンボルは、棒や杖に巻きついているヘビです。つまり使者の杖(カデューセウス)ですね」
    「アシェラ―を崇拝したのは、どんな連中なんだ? たくさんいたんだろうな」
    「紀元前2000年から西暦紀元まで、インドとスペインのあいだに住むすべての人が崇拝しました。ヘブライ人は別です。彼らのアシュラー崇拝は、ヒゼキヤの時代とヨシュアの時代の宗教改革で終わりました:」
    「ヘブライ人は一神教だと思ったが。どうしてアシェラ―を?」
    「一神教です。彼らはほかの神の存在を否定しませんでしたが、ヤハウェのみを崇拝したと考えられています。アシェラ―はヤハウェの配偶者として尊ばれたのです」
    「神様が妻帯者だったなんてことは、聖書に書いてないと思うがな」
    「この時代はまだ、聖書は存在しませんでした。ユダヤ教はヤハウェを礼賛する宗教のゆるやかな集まりにすぎず、聖堂も礼拝のしかたもまちまちでした。エジプト脱出に関する記述がまだ聖書のかたちをとっていないころで、聖書の後半に書いてある出来事は起きてもいませんでした」
    「ユダヤ教からアシェラ―を排除することを決めたのは、誰なんだ?」
    「申命記派――つまり申命記のほか、ヨシュア記、土師記、サムエル記、列王記を書いた人たち、ということになっています」
    「どんな連中なんだい?」
    「民族主義者。君主制主義者。中央集権主義者。パリサイ派の先駆者です。当時アッシリアの王サルゴン二世がサマリアを――北部イスラエルです――征服したため、ヘブライ人たちは南へ移住してエルサレムに向かいました。エルサレムの都市は急激に膨張し、ヘブライ人たちは西へ東へ南へとその領域を広げていきました。民族意識と愛国心が激しく高まった次期だったのです。申命記派たちは、古い話を書きなおし再編成することで、こうした感情的傾向を聖書の中に表現しました」
    「どんなふうに書きなおしを?」
    「モーセたちはヨルダン川がイスラエルの国境だと信じていましたが、申命記派はトランスヨルダンもイスラエルに含まれるものと考えました。東への侵略を正当化するものです。そのほかにも、例はたくさんあります。たとえば、申命記以前の戒律には君主というものについての記述がいっさいありませんが、申命記派が想定したモーセの戒律には、君主制の考え方が取り入れられています。申命記以前の戒律は神聖なる事物に関することが多いのですが、申命記派の戒律の主眼は王とその民の教育――言い換えるなら、世俗的な事物についてです。申命記派はエホバの神殿(ザ・テンプル・イン・エルサレム)に宗教を集中させ、遠方にある宗教の中心地を破壊することを主張しました。ラゴスはここに、もうひとつの重要な意味を見つけたのです」
    「それは?」
    「申命記は、モーセの五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)の中で唯一、記述された律法(トーラー)に神の意志が含まれるとしています。『彼が国の王位についたら、レビ人である祭司の補完する書物からこの戒律の写しをひとつの書物として書き記させ、彼の生きながらえるあいだ、つねにそれを手元において読み、それによってその神、主を畏れることを学び、この戒律のすべての言葉と、その定めとを守って行わなければならない。そうすれば、彼の心が同胞を見下して高ぶることもなく、戒めを離れて右左に曲がることもなく、子孫とともにイスラエルの王位に長くとどまることができるであろう』申命記17章18節〜20節」
    「つまり、申命記派は宗教を成分化したわけだ。組織化された、自己宣伝的な存在にしたということか」「ウイルスとは言いたくないがね。ただ、いまの引用を聞くと、律法(トーラー)がウイルスのようだ。そいつは人間の脳を宿主にする。宿主――つまり人間が、その複製をつくる。さらに多くの人間がシナゴーグへ来て、それを読むわけだ」
    「わたしはアナロジーを処理することはできません。ですが、あなたの言ったことは、次のような範囲内では正しいと言えます。申命記派がユダヤ教に手を加えたあと、ユダヤ人たちは生贄を捧げるかわりに、シナゴーグに行って聖書を読んだ。もし申命記派がいなかったら、世界の一神教信者たちはいまでも動物の生贄を捧げ、その信仰を口伝えで広めていたことでしょう」
    「注射針の使いまわしだな」「あんたがラゴスといっしょにこのデータにあたってたとき、やつはウイルスとしての聖書のことを何か言ってなかったか?」
    「ウイルスとの共通点はいくつか持っているが、異なるものだ、と言っていました。彼は聖書を、良性のウイルスと考えていました。ワクチンに使われるもののように、です。一方、アシェラ―・ウイルスはもっと悪性で、体液のやりとりによって広がっていくことができます」
    「そして、厳格で書物ベースの申命記派の宗教は、ヘブライ人にアシェラ―・ウイルスに対する予防接種をしたというわけか」
    「一夫一婦制などの厳格な掟と組み合わせて、という意味でなら、イエスです」「シュメールの時代から申命記派が現れるまでの宗教はプレ理性主義として知られています。ユダヤ教は、初めての理性主義的宗教でした。ラゴスの見解では、きちんとした揺るがぬ記述に基づくものであるため、ウイルスには感染しにくいのだということです。律法(トーラー)が崇拝され、その新たな複写に厳しい配慮がなされたのも、それが理由でした――情報の衛生学なのです」

    「アシェラ―はウイルス感染のキャリアらしいな。申命記派はこれを知っていて、彼女が新たな犠牲者に感染させるためのベクター(媒介物)をブロックし、感染を阻止した」
    「ウイルス感染についてですが」「もしわたしが非常に直截な、任意のクロス・レファレンスを行うとすると――適切なタイミングで行うようにコーディングされているのです――あなたはヘルペス・ウイルスを調べたがることでしょう。神経システムの中にとどまって離れないウイルスです。既存のニューロンの中に新たな遺伝子を運びこむことで、ニューロンに遺伝子学的操作を行う能力をもっていて、現代の遺伝子療法ではその目的で使用されています。ラゴスはこのヘルペス・ウイルスが現代におけるアシェラ―の良性の子孫ではないかと考えていました」
    「つねに良性とはかぎらないぜ」「良性なのはおれたちが免疫性をもっているからだ」「で、ラゴスはアシェラ―・ウイルスが実際に脳細胞のDNAを変質させたと考えたのか?」
    「ええ。その点が、彼の仮説のバックボーンでした。問題のウイルスは、自分自身を変質させる能力――つまり自分を〝DNAのストリング(ひも)〟から〝ある種の行動を起こさせるもの〟に変える能力を持っていた、という仮説です」
    「行動ってのは? アシェラ―崇拝のたぐいか? 生贄を捧げたり?」
    「いえ。ただし宗教上の性的生贄の証拠はあります。男女にかかわらず」
    「おれの考えてることと同じ意味かな。神殿や寺院にいる聖職者が大衆をファックするってやつか?」
    「そんなところです」
    「ビンゴだな。ウイルスを撒き散らすには最高の方法だ。ところで、最初のほうの分岐点に戻りたいんだが」「アシェラ―とイヴのつながりについて言ってたな」
    「イヴは――聖書での名前はハウワですが――聖書以前にあった神話からヘブライ人が取り入れたのです。ハウワとはオフィーディアの女神なのです」「ヘビ類の意味です。アシェラ―もまた、オフィーディアの女神です。双方は木にも関係しています」
    「たしかアダムが善悪の知識の木から禁断の実を食べたのは、イヴのせいだったんじゃないか。つまり、そいつは木の実じゃなくて――データだ」
    「そう推測してもかまわないでしょう」
    「ウイルスってのは、ずっとおれたちのまわりにあったんだろうか。ずっと昔からあったっていうのが暗黙の仮定みたいになってるが、そいつは間違いかもしれん。ウイルスが存在しなかったか、少なくとも珍しい存在だった時期が、歴史上にはあるんじゃなかろうか。そして、ある時点でメタウイルスが現れ、さまざまなウイルスが爆発的に出現して、みんなが病気になる。あらゆる文明に楽園と楽園からの追放の神話があるのは、それで説明がつく」
    「おそらくは」
    「エッセネ派はサナダムシのことを悪魔と考えていた、とあんたは言ったな。連中がウイルスのことを知っていたら、同じように考えただろう。それから、あの晩ラゴスは、シュメール人たちは邪悪という独立した概念を持っていなかったと言ったが」
    「そうです。クレイマーとマイアーによれば、いい悪魔と悪い悪魔がいました。『いい悪魔は肉体的・精神的健康をもたらす。悪い悪魔は失見当識(ディスオリエンテーション)と、さまざまな肉体的・精神的病気をもたらす……だがこうした悪魔は、彼らが象徴する病気と区別されることはほとんどない……そしてこうした病気の多くは、現代のわれわれにとっては、心身症のように思えるのである』」
    「Da5idを診た医師たちも、心身症だと考えているらしい」「〝善〟と〝悪〟の概念は、アダムとイヴの伝説の作者によって、人間がなぜ病気になるか――なぜ肉体的・精神的ウイルスにやられるかを――説明するために作り出されたみたいだな。つまりイヴが――あるいはアシェラ―が――善悪の知識の木の実をアダムに食べさせたってことは、善悪の概念を世界に紹介したってことだ――ウイルスを産むメタウイルスをね」
    「おそらくは」
    「そこで次の質問だ。アダムとイヴの伝説を書いたのは誰なんだ?」
    「それは学問上の争点になっている問題です」
    「ラゴスはどう考えていた? それよりも、ジャニータはどう考えていた?」
    「ニコラス・ワイアットによるアダムとイヴ伝説の解釈では、政治的な寓話物語として申命記派によって書かれたとされています」
    「連中は聖書の後半部分を書いたと思ったが。創世記でなく」
    「そうです。ですが、最初の部分の編纂にも関わっていました。長いあいだ、創世記は紀元前900年代かそれ以前に書かれたものと考えられていました――申命記派の出現のはるか以前です。ところが、語彙と内容についての最近の分析で、編纂作業の多くは――おそらくは記述の作業も――バビロン捕囚のころに行われたものだという可能性が出てきました。申命記派が支配していたころです」
    「つまり、連中はそれ以前に書かれたアダムとイヴの伝説を、書き換えたかもしれないってわけだ」
    「チャンスはあり余るほどあったでしょう。ヴィドベルクによる解釈と、その後のワイアットによる解釈では、楽園の庭のアダムは聖地における王、特にホセア王を指していることになります。ホセアは紀元前722年にサルゴン二世によって征服されるまで、北部の王国を治めていました」
    「それがさっき言ってた征服だな――申命記派がエルサレムに向かって南下した原因になったという」
    「そうです。〝エデン〟はヘブライ語の〝歓喜〟に相当しますが、この征服の前に王がいた幸せの地を表していると考えられます。エデンを追放されて東にある過酷な土地に行ったという記述は、サルゴン二世の勝利のあとにユダヤ人たちが大量にアッシリアへ追放されたことのたとえです。この解釈によれば、ホセア王はエルへの崇拝と、それにともなうアシェラーへの崇拝により惑わされ、正当な道を外したということです。アシェラ―はヘビに関係し、そのシンボルは木です」
    「で、アシェラーとの関係によって、征服されることになった――エルサレムに着いた申命記派たちは、アダムとイヴの話を書きなおして、南の国王への警告にしたわけか」
    「そうです」
    「だがおそらく、誰もそれに耳を貸さなかったため、連中はその過程で善悪の概念をつくり上げた――ひっかけ(フック)としてな」
    「ひっかけ?」
    「業界用語さ。それからどうなった? サルゴン二世は南の王国も征服しようとしたのかい?」
    「彼の後継者であるセナケリブのときには。南の国を治めていたヒゼキヤ王は、攻撃を恐れてエルサレムの防御を大いに固め、飲み水のための給水設備も作りました。彼はまた、申命記派の指示に従って遠大な計画の宗教改革に着手しました」
    「結果は?」
    「セナケリブの軍隊は、エルサレムの町を取り囲みました。『その夜、主の使いが出て、アッシリアの陣営で18万5000人を討ち殺した。人々が朝早く起きてみると、彼らはみな、死体となっていた。アッシリアの王セナケリブは、立ち去って……』列王記下19章35〜36節」
    「そりゃそうだろうな。要するに申命記派は、ヒゼキヤ王を通じて情報を衛生的に管理するというポリシーをエルサレムに押しつけ、一種の土木工学的作業を行った――そういえば、連中は給水設備を作ったって?」
    「『彼らは国じゅうの泉と谷川をふさいで言った。〝アッシリアの王たちが来て、多くの水を得られるようなことをしておいていいのだろうか?〟』歴代志下32章4節。そしてヘブライ人たちは、硬い岩を500メートルにわたって削り、トンネルを作って市の城壁内に水を引いたのです」
    「で、セナケリブの兵士たちが来るやいなや死んじまったってことは、かなり悪性の病気にやられたとした考えられないな。エルサレムの連中はそれに免疫があったわけだ。ふーむ。面白いじゃないか。連中の水には何が入ってたんだろう?」

    めっちゃおもろくなってきた!

  • なかなかイメージしずらい表現も多いので、好き嫌いは分かれそう。
    上巻は下巻に向けた種まきが多く、上巻だけだと物足りない感はある。

  • 著者の第三長編▲連邦政府が無力化し資本家によるフランチャイズ国家が国土を分割統治する近未来。メタヴァースで出会った男に謎のドラッグを薦められる▼「メタバース」「アバター」といった概念を作った作品。発刊当時は先見的過ぎて読み通せなかったが、いま読むと理解できる。〈特急便屋〉のY.Tは15歳の少女でこの世界の説明者。高速ピザの〈配達人〉ヒロはメタバースの創始者的な位置付けかつ凄腕ハッカー。『ニューロマンサー』の東海岸と違い、まばゆい光に溢れる西海岸で、古代文明と宗教を最新のコード解釈で明かせるか(1992年)

  • スノウ・クラッシュ〔新版〕 上 (ハヤカワ文庫SF) Kindle版 原作が出版されたのが1992年。その頃はNifty ServeとPC-PANを使っていたなぁ。9600bpsのダイヤルアップ接続で。

  • 2022/3/13読了。

  • 最近すごく話題になっている<メタバース>の原典。1992年発表の小説ということで、30年前には斬新だったであろう仮想空間の描写も、2022年現在の我々にとってはそれほど目新しく感じることはない。けれど上巻の後半に入り、情報という精神的な<ウイルス>をめぐる話になってくると物語は俄然面白くなってくる。これが聖書と絡んでどういう展開に転がっていくのか、ワクワクするところで下巻へ続く!

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