映画を早送りで観る人たち~ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形~ (光文社新書) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • なぜ早送りで見るのか、という掘り下げをしようという試みをした本です。

    効率的にこなす、コンテンツが溢れている、などについてはわかるのですが、目的が手っ取り早く専門家になることで、ジェネラリストでいることが生存戦略上不利になったという背景を挙げてるあたりはかなりチグハグしてるように感じました。

    全体を通して判断根拠としてインタビューとアンケートを用いていますが、若い世代が上の世代の人にいろいろ聞かれた時、無償であれ有償であれ、手っ取り早く終わらせてしまおうとしか思わないような気もしてます。こう答えて欲しいんだろうなと丸わかりなアンケートや質問であり、いつもモヤモヤするのは、信頼感低い情報に振り回される可能性があると思っているからだと思います。
    適当に社会関係維持のための義務終わらせちゃおうってなる側面もありそうですが、時間があれば見続けてるという時間の使い方自体は、テレビ時代からあまり変わらないにしても、動画にどう向き合うかという側面より時間をどう埋めるかの側面の方が大きいのではないかとおもったりしました。

  • ユーチューブ等の動画配信サービス、その他にも有料だけど安価なサービスが溢れる昨今。それについて日々得られる友人知人との話題に乗り遅れまいと、大量の映像情報を必死に消化する現代人(若者中心)。結果、効率よく消化するために編み出された方策が繰り出されることになります。倍速視聴は当たり前で、結論から見るなど、まとめサイトを活用するなど。そこまでして観る必要があるのかとも思えるのですが、考えるよりも行動とせざるを得ないほどに追い詰められていることを感じます。本書では、そんな現代の視聴方法、コンテンツの消化といえる状態について具体的な経験含めて紹介されています。著者自身も違和感のある潮流について、それに対応して映像作品も変化してきていることも書かれています。歴史の流れとして、映像作品というものの作品性も変化していくことを示唆されています。

  • 今、話題になっている本ですが、読むとただの若い人への批判本というわけではなく

    現代社会の大きな闇と問題点を突く内容でした。

    僕自身も時々、早送りは使ってしまいますが

    世の中ではここまでとは、という驚きがありました。

    確かに昔と比べると、映画やドラマなど後からでもたくさん見られるコンテンツがあり

    自分自身も、Amazonプライム、Netflix、WOWOW、GYAO、DAZNと

    ほとんどタブレットで観ていて、テレビをリアルタイムで観るのはジムぐらいです。

    いくら時間があっても、見切れないほどの作品の数があり

    家で過ごすのが当たり前になりつつあります。

    ここに、読書やスポーツ観戦も入ってくるので

    家ではだいたい映像を見ながら、仕事をするのが習慣にもなっています。

    ただ、集中したい時はファミレスや喫茶店に行くので

    その点の切り替えはできてるかな、と感じています。



    1本の映画をじっくり楽しむ贅沢を忘れたくないな、と個人的には思いますが

    現代社会はこういう風になっているんだ、と知ることができた本でした。

  • メディア論としても文化社会論としても読める一冊。結局のところ、技術の進化がコンテンツ消費のあり方を規定するのは必然なので、世代によってその様態や習慣が変容するのは当たり前。その変わり目を否定するのではなく、批判的に吟味することにこそ意味がある。

  • Amazonオーディブルにて。ちなみに1.7倍速で聞いた。
    映画を倍速で見て、冗長な風景描写や会話を10秒スキップして、あらすじ何ならオチまで事前にチェックして、「コンテンツ」として消費する人たち。
    理解不能な若者の風潮と切り捨てるのではなく、なぜそのような傾向になるのかを多角的に考察した本。元から気になってたんだけど、やはり面白かった。

    無言のシーンに色んな意味を込めていた昔の映像作品に対して、今は説明過多の傾向があるという話は実感として同意。というか、鬼滅の刃はそれにちょっと辟易しながら見ていた。
    とはいえ昔の視聴者も全てが理解できていたわけではないのでは、と思う。現代の方が親切で楽ではある。それがいいのかという話ではあるんだけど、もう戻れない。

    Z世代が他人の趣味嗜好に難癖をつけず距離を置く傾向があるのは素晴らしいなと思ったけど、やはり物事は両面がある。この傾向は今後も続くのか、次の世代あたりで揺り戻しが来るのか、などと考えて興味深かった。

    倍速視聴も何事もグラデーションで、出現した直後は守旧派からは難癖つけられるし、それがない時代には戻れない。できるのは事実を認めて、メリデメを認識しつつ上手くバランスを取って付き合うことなんだろう。

  • タイパの過信が加速しているような感じを受けた。
    昔よりゆとりが無くなってきているのか?

  • タイトルだけにとらわれず、現代のメディアや社会の情景、世代観などなるほどと思わせる点が多くあった。タイパっていうけど皆そんなに時間ないのかな。

  • なぜ倍速視聴をするのか?
    ①映像作品の供給過多……配信サービスをはじめとした映像供給メディアの多様化・増加
    ②コスパを求める人が増えた……SNSによって共感を強制され、周囲が見えすぎてしまうことで「個性がなければサバイブできない」と焦り、失敗を恐れる若者の気質があった。

    作品とコンテンツ 鑑賞と消費
    消費……「観たことで世の中の話題についていける」「他社とのコミュニケーションが捗る」
    食事にたとえるなら、「鑑賞」は食事自体を楽しむこと。「消費」は栄養を計画的に摂るため、あるいは、想定した筋肉美を手に入れるという実利的な目的を達成するために食事をする

    ③すべてをセリフで説明する作品が増えた……SNSで、"バカでも言える感想"が可視化されたことによる「わかりやすいもの」が求められる風潮の加速と、それに伴う視聴者のワガママ化
    これら3つを可能にしたのはインターネットという技術の発展と普及にほかならない。

    「時間がない」→「無駄な時間を過ごしたくない」→「失敗したくない」という理屈から、「わかりやすい」作品が増えた。
    漫画に描かれているものをアニメに於いても忠実に再現することが求められているため、セリフが多くなる。
    テロップを出すことによって料理などの作業をしているときでも状況把握ができるから。
    結果、倍速しても理解できるために倍速視聴されることとなった。

    繰り返し視聴のワケ 得たい感情を得るために作品を観る。感情が揺さぶられることが不快。
    「これを見ればこんな感情が得られる」という試食コーナーのような役割をファスト映画は果たしている。
    AV(アダルトビデオ)を早送りして目的のシーンだけ繰り返し見るのと同じ。

    倍速視聴のたとえ
    「料理をミキサーに放り込んで、ブーンと回してドリンクにして飲む。たしかに普通に食べるのと同じ栄養がとれます。だけど、それって食べ物と言えるでしょうか?」

    芸術―鑑賞物―鑑賞モード
    娯楽―消費物―情報収集モード
    「情報収集モード」の人は作品を「観たい」のではなく、「知りたい」

    情強、情報強者としての優越感が根っこにある。作品を知っていればマウントを取れる。作品を隅々まで味わい尽くすような鑑賞は必要ない。

    「本当に読ませたい原稿は、無料配布のフリーペーパーに載せてはいけない。安くてもいいからきちんと値段をつけろ。人はタダで手に入れたものを大切に扱わないから」

    「おもしろい」と言うのは勇気がいる
    絶対に「おもしろい」といえるものしか「おもしろい」と言ってはいけないという空気がある。否定されたくない。
    「作品に賛同するよりも、クレームを言うほうがマウントを取れます。"こんなにわかりにくい作品をつくりやがって"と憤ることで、被害者になれる。しかも被害報告はネット上で賛同を得やすい」
    自分の頭が悪いことを認めたくない。メジャーに属せない不安を解消

    迎合主義か、サバイブか
    「なろうでランカーになるためには、文字数、投稿時間、投稿回数、1話あたりの内容、トレンドの採り入れ方などで、きめこまやかなテクニックを駆使したほうが望ましい」

    説明セリフを求める傾向は、観客の民度や向上心の問題というよりは、習慣の問題なのだ。それが普通になると「わからなかった(だから、つまらない)」「飽きる(だから、観る価値がない)」ということとなる。

    「オープンワールド化」する脚本

    「みんなに優しい作品」こそが「良い作品」分からない人も分からないなりに楽しめる作品が求められる。

    倍速視聴の内的要因
    LINEグループの「共感強制力」
    「あれ観た?」というコンテンツの話題を無視することは「既読スルー」となり、グループの和を保つために観ざるを得ない。
    映像作品をコミュニケーションツールとして使っている。
    流行している作品を知っているだけで話すことのできる相手が一気に多くなるから、コスパがいい。

    オタクに憧れる若者
    「個性的であれ」という価値観を世間に押し付けられている。しかし、個性的すぎる個性はコミュニケーションに発展しないため、馴染のある個性でないとコスパが悪い。

    メジャーに属せない不安から、「趣味を持たなきゃならない」と焦る。同世代の輝いている姿をSNSで見て、悠長に趣味を探す時間がない。
    「オタ活」をすることで「オタク」に、「個性的」になれる、と捉えている。

    予告編は出し惜しみなしがマスト
    みる価値があるかを判断する。若年層向けの音楽はイントロからいきなりサビが流れる構成のものが多くなった。
    「ネタバレよりも安心感の担保のほうが、彼らにとってはずっと重要なのだ。」

    失敗したくない、無駄な時間を過ごしたくないのはなぜ?
    「大人が子供の気持ちを先回りして察しようと動く。子供たちは、とにかく大事に大事に育てられているので、痛みに弱い。失敗したり、怒られたり、恥をかいたりすることに対して、驚くほどに耐性が低い」
    キャリア教育が子供に効率的であることを求めるために、社会ですぐに役立てるよう、夢にまでコスパを求める。

    圧倒的に時間と金がない大学生
    金銭的な理由でアルバイトを。卒業後の奨学金の返済を考えての就職活動。仕送りの減額、物価の高騰。
    そんな中でのリーズナブルな趣味が、映像の視聴。

    「快適主義」という観点
    ラノベの「快適主義」
    「植民地主義的態度」=「優位に立つ文明が劣位にある野蛮を支配・啓蒙する」ラノベが多い
    「スタート時点でチート状態」
    マーケティングの結果、読者のノンストレスが一番。
    1行たりとも不快なものは読みたくない。

    ラノベは出来事のモンタージュ
    「人気がある限り続巻する」というラノベの性質
    期せずして、ラノベは映像化された際に「早送り」「10秒飛ばし」「話飛ばし」しやすい作りとなった。

    エンタメに「心が豊かになること」なんて求めていない
    「ストレスの解消」が目的。「スポーツ観戦」する若者の低下、若者のテレビ離れにも説明がつく。

    スマホゲームの"快楽主義"
    据え置き型ビデオゲームのプレイヤーは「ゲームを楽しむ」のに対し、スマホゲームのプレイヤーは「刺激を楽しむ」
    「鑑賞」と「消費」の関係に近い。
    「鑑賞」とは、その行為自体が目的。「消費」は別の実利的な目的が設定されている行為。

    好きなものだけつまみ食い−−ピッキー・オーディエンス
    「見たいものだけ見たい」「好きな情報やコンテンツだけを見たい」
    動画サイトのレコメンド機能
    「ポスト・トゥルース」……事実よりも個人の感情に訴えかける虚偽のほうが強い影響力を持つ。

    体系的な鑑賞を嫌う若者たち
    体系的視聴……シリーズを観たり、同じ監督の作品を観たり、カテゴリ単位で視聴したりすること。
    「外したくない」から「体系的に観る」ことはしない。
    ラノベには「現在」しかない。「過去の名作を読まないと話にならない」ものはない。

    映画を監督で観ない
    ラノベには書き手にファンがつかない。
    アニメ業界において、書き手は図面(原作)に従って実際に家を建てる「大工」
    ライトノベル自体がジャンル消費
    作風や哲学や思想性というよりは、「置いてある棚の分類」で選ばれる。

    「私の彼氏を悪くいわないで!」
    エンタメを鑑賞する目的が「ストレス解消」の人間は好きな作品を、好きな角度から、好きなように観て、ただただ愛でたい。
    自分の好きな作品が貶される意見は受け入れない。他社視点の欠如。

    「他者に干渉しない」Z世代の処世術
    他者に干渉しない態度は「他者」を尊重しているように見えるが、そこには「自分と異なる価値観に触れて理解に努める」という行動が欠けている。
    この態度は多様性には程遠い。

    「インターネット=社会」というセカイ系
    「ある作品に対するTwitter上での絶賛コメントに大量の『いいネ!』がついて拡散されると、元は個人の意見なのに、まるで社会の総意のように見えてしまう」
    発信者の顔が見えていれば安心する。知らない人が作ったものに博打は打てない。「何を言うかではなく、誰が言うか」「絶対に外れを引きたくない」というメンタリティを起源としている。

    「リキッド消費」で説明される倍速視聴
    「リキッド消費」の特徴
    ①短命……短時間で次から次に「移る」ような消費
    ②アクセス・ベース……ものを購入して所有するのではなく、一時的に使用や利用できる 権利を購入するような消費。たとえばレンタルやシェアリングはその典型。
    ③脱物質的……同程度の機能を得るために、物質をより少なくしか使用しないような消費。
    多くの消費者が「即物的な満足」を求めるようになってきており、「その瞬間を楽しむための消費」が目立つようになってきている。tiktok、インスタのリール、YouTubeのショート動画

    作り手が好きなんじゃない、生産されるシステムが好きなのだ
    「(略)……だけど現代においては、"その作品を作ってくれる生産者として好き"なのではないでしょうか。"卵を産んでくれるニワトリ"みたいな感じですね」
    「おいしい卵を産んでくれるという機能」「人間のために毎日栄養源を供給してくれるというシステム」を愛でているのであって、個体としてのニワトリを愛玩動物にしたいわけではない。

    かつて、倍速視聴にいちいち目くじらを立てる人がいた
    映画文化 
    「あんな小さな画面で映画を味わったとは言えない」
     別言語の作品を、字幕、吹き替えで観る場合、果たして「オリジナルを鑑賞している」と言い切れるだろうか?

    「オリジナルからの改変行為」は、むしろ作品の供給側が経済的なメリットのために率先して行ってきた。

    そういう意味で言えば、「映像の倍速視聴」も「実利的な目的のために、オリジナルの状態で鑑賞しないことを許容する」という態度ならば「作品鑑賞のいちバリエーション」と認めなければならないのでは。

    テレビ文化の台頭……「一億総白痴化」
    電子書籍、オーディオブック、レコード機器での音楽鑑賞等は"良識的な旧来派"から非難を受けたが、「ビジネスチャンスの拡大」といった面で認められてきた。

    z世代の特徴
    ①SNSを使いこなす
    ②お金を贅沢に使うことには消極的
    ③所有歌が低い(モノ消費よりコト消費)
    ④学校や会社との関係より、友人など個人間のつながりを
    大切にする
    ⑤企業が仕込んだトレンドやブランドより、「自分が好きだから」「仲間が支持しているから」を優先する
    ⑥安定志向、現状維持志向で、出世欲や上昇志向があまりない
    ⑦社会貢献志向がある
    ⑧多様性を認め、個性を尊重しあう

  • ここに書かれている様な状態になってしまうと精神的に時間に追わてしまい、自分では抜け出せないかもしれない。周りの誰かが気づかせてあげるのが良いのかもしれない。

  • オーディブルで聴く。確かに定額サービスで動画が見放題、しかも最終話まで同時に配信されると、時間やお金のない大学生や社会人は早送りや倍速で、見たいところを見るのかもしれない。
    もう少し、ネタバレを好む人たちの心情もあるとよかったが、ゆとり世代や多様性を認める時代の結果が繋がっているのなら、オーディブルで聞き逃したかもしれないがその辺りの考察ももっと欲しかった。

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著者プロフィール

1974年、愛知県生まれ。ライター、コラムニスト、編集者。横浜国立大学経済学部卒業後、映画配給会社のギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)に入社。その後、キネマ旬報社でDVD業界誌の編集長、書籍編集者を経て、2013年に独立。著書に『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)、『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)がある。

「2023年 『こわされた夫婦 ルポ ぼくたちの離婚』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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