目次
・竜潭譚
・薬草取
・二、三羽――十二、三羽
・雛がたり
・七宝の柱
・若菜のうち
・栃の実
・貝の穴に河童のいる事
・国貞えがく
小説と短い紀行文が収められている。
やはり鏡花といえば、この世ならざる物の気配を感じさせる小説を期待してしまうので、正直紀行文か…と思わないでもなかったけれど、意外やこれが興深く読めた。
『七宝の柱』は、毛越寺(もうつじ)から中尊寺を見てまわるのだけれど、ちょうど数年前に行ったことがあるので、当時気づけなかった事柄の描写を読むにつれ、自身の浅学を残念に思う。
ガイド付きの団体旅行ではなかったのでしょうがないのだけれど。
鏡花は何処かの寺でいやな思いをしたのか、この旅で出会うつつましやかな寺の若僧(にゃくそう)を見てこう書いている。
”世に、緋、紫、緞子を装うて、伽藍に処すること、高家諸侯(こうけだいみょう)の如く、あるいは仏菩薩の玄関番として、衆俗(しゅぞく)を、受附で威張って追払うようなのが少なくない。
そんなのは、僧侶なんど、われらと、仏神の中を妨ぐる、姑だ、小姑だ、受附だ、三太夫だ、邪魔ものである。
衆生は、きゃつばらを追払って、仏にも、祖師にも、天女にも、直接(じか)にお目にかかって話すがいい。”
絶対何か嫌な思いしてるね。笑
『薬草取』の女が好きだな。
幼い頃に母と死に別れた鏡花は、多分にマザコン。
男の大切な女性の命を救うために手助けしてくれる女って、しかも見返りを求めないって、それは理想の母だよ。
でも、そこがいいんだなあ。
山賊が死美女を担いで逃げるっていうのは、坂口安吾を思い出してしまうけれど、昔は割とよくあることだったのでしょうか。
『貝の穴に河童のいる事』は、人間に大けがさせられた河童が地元の姫神様に復讐してくれと頼むのだけど、さすが神様は河童の気持を汲みつつ無血解決。
熟年の夫婦と姪でしょうか、3人の、今でいうところの観光客に、ついとひょうきんな舞を舞わせるのである。
人間たちはなぜそんなことをしたのかわからない。
そもそも河童を怪我させたことにも気づいていない。
自然に対して鈍いのである。
けれど動物たちや、河童までもその踊りがあまりに愉快で、隠れて一緒に踊ってしまう。
姫神に「三人を堪忍してやりや」と言われた河童は笑いながら「踊って喧嘩はなりませぬ」と言う。
帰途につく河童に姫神は鴉を見送りにつけるのである。
この辺も母性を感じるね。
『二、三羽――十二、三羽』の雀たちの様子や、『若菜のうち』の、香樹にかぶりつく幼子の姿など、小さきものへのまなざしの優しさや描写の繊細さに、なんだかホロリとしてしまった。
- 感想投稿日 : 2022年2月21日
- 読了日 : 2022年2月21日
- 本棚登録日 : 2022年2月21日
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