マスク スペイン風邪をめぐる小説集 (文春文庫 き 4-7)

著者 :
  • 文藝春秋 (2020年12月8日発売)
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目次
・マスク
・神の如く弱し
・簡単な死去
・船医の立場
・身投げ救助業
・島原心中
・忠直卿行状記
・仇討禁止令
・私の日常道徳

コロナ禍だからこそ出版された、菊池寛の短編集。
とはいえ、スペイン風邪をめぐる小説集というのは言い過ぎ。

表題作は、心臓の具合がよろしくないと言われた死を身近に感じておびえていた頃、流行性感冒が流行り始めてからの著者の行動が、全く現在のコロナかと被って面白かった。

”自分は、極力外出しないようにした。妻も女中も、成るべく外出させないようにした。そして朝夕には過酸化水素水で、含漱(うがい)をした。止むを得ない用事で、外出する時には、ガーゼを沢山詰めたマスクを掛けた。そして、出る時と帰った時に、叮嚀に含漱をした。”

”病気を怖れないで、伝染の危険を冒すなどと云うことは、それは野蛮人の勇気だよ。病気を怖れて伝染の危険を絶対に避けると云う方が、ぶんめいじんとしてのゆうきだよ。”

また。「簡単な死去」では流行性感冒で亡くなった同僚のお通夜に出席する人を決めるためのくじ引きを行う。
何しろみんな嫌なのだ。

”若(も)し当り籤が自分に残ったら、何(ど)うしよう。どちらかと云えば、病気恐怖症(ヒポコンデリック)な雄吉は、今度の感冒も極端に怖れて居る。社内で、誰よりも先に、呼吸保護器(マスク)を買ったのも、雄吉だった。硼酸(ほうさん)で嗽(うが)いもして居る。キナの丸薬さえ予防の為に、時々飲んで居る。”

まあまあ、スペイン風邪関係は最初の三編のみで、あとは時代物の有名な短編作品。

「船医の立場」は、アメリカに行こうと黒船に乗り込んだ吉田松陰の処遇について、「知性も品位も感じられる日本の有能な若者を、ぜひアメリカに連れて行きたい」という船長以下の意見に対して、船医の立場で意見を言った。ワトソン。
船から降ろす=命がないであろうということはわかっていたのだが、言わざるを得なかった。
しかし後に、狭い籠に押し込められた松陰たちを見て、自分の判断は一体正しかったのであろうかと思う。

「仇討禁止令」は、過去の非道を隠し続けられるのか、それともすべて破綻してしまうのか。
誰が悲劇的な最後をむかえるのか、と予想しながら読んだけれど、そう来たか。
明治になっても、出世しても、己の中の武士は生きていたのか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2021年9月29日
読了日 : 2021年9月28日
本棚登録日 : 2021年9月29日

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