風神雷神 Juppiter,Aeolus(上)

著者 :
  • PHP研究所 (2019年10月29日発売)
4.02
  • (239)
  • (357)
  • (157)
  • (23)
  • (7)
本棚登録 : 3436
感想 : 260
3

俵屋宗達といえば、琳派の祖と言われるが、この「琳派」という言葉自体も1972年の東京国立博物館における創立百周年特別展で使用されて以降の呼び名のようである。俵屋宗達と言えば、例平家納経時の「願文見返し絵」に始まり、本阿弥光悦との「鶴下絵和歌巻」、二曲一双の「舞楽図屏風」など本作「風神雷神」以外にも素晴らしい作品が数多くある。

もともと、俵屋宗達のその生没も不明であるため、宗達の生涯について正解というものはない。俵屋宗達の「風神雷神図屏風」については、先に柳広司先生の「風神雷神」を読んでいたのだが、まったくストーリーは異なっていた。

柳先生の宗達は幼き頃に養子として、養父の仁三郎によって扇屋を営む俵屋に迎えられる。家督を継ぐまでは伊年という名前であり、養父の隠居により、名前を宗達としそして物語は二十代半ばの伊年の描写から始まる。
対して、原田マハ先生の俵屋宗達は、12歳の時に織田信長の前で杉戸に描いた2匹の白象の褒美に宗達という名前を信長から拝受される。
ただ、信長前で描いた2匹の白象が養源院の白象であることを匂わせるために、思っていたので、この段の下りには違和感を持つ。

なぜなら、浅井三姉妹であり、豊臣秀吉の側室の淀殿(茶々)が、父母の菩提を弔うために秀吉に願い健立したのが、養源院である。そして、伏見城の戦いで自決した徳川方の武将達が放置されていた血のりの床板を、供養のために天井(血天井)に配したいわくつきの寺である。しかも、その後火事で焼失し、淀君の妹であるお江により再建されることになる。その時、本阿弥光悦の口添えによって宗達が推奨されており、宗達は養杉戸に「唐獅子図」、「波に麒麟図」、「白象図」、襖絵に「金地着色松」を描いている。杉戸絵の題材になっている「唐獅子」と「白象」は普賢菩薩、文殊菩薩の乗り物とされ、その表情や躍り上がろうとする躍動感が非業の死を遂げた徳川の家臣たちの霊を慰めたと言われがあるからである。
真実がわからないが、このような通説があるため、白象の杉戸が信長の城にあることに私が違和感を持った。
その点では柳先生の「風神雷神」においては、この説によって物語が進み、その際の伊年の心情が記されている。

本作の上巻を読む限り、琳派の祖と言われながら記録が残っていない俵屋宗達の大きさを表現するために、フィクションを前面に押し出している。
もちろんフィクションでありながら歴史背景には忠実で、歴史登場人物のこの時代を生き抜く策意についてはわかりやすく描写されている。また、展開のテンポも良く読みやすい。
例えば、使節団として、ローマに向けて出発する設定になっており、時の権力者である織田信長が、なぜキリスト教布教に寛大であったのかという理由設定とこの使節団の派遣を上手く説明している。

アレクサンドロ・ヴァリ二ャーノが織田信長に決して話せない「遣欧使節」を思いついた二つの理由がある。第一が日本での布教の継続のために西欧の権力者からの資金援助を得るため。第二が少年たちに西欧を見聞させ、帰国後に彼らを布教の先頭に立たせることで、日本の信徒がついてくるであろうということ。
その狙いは、イエズス会の先達であるフランシスコ・ザビエルが日本にもたらした信仰の灯火を盤石にすることであった。との記載になるほどなぁと、納得をする。

また、一方で、織田信長にとっての「遣欧使節」の意味も説明がされている。日本を手中にし、次に陥落すべき都としてローマは攻めるに値する都なのか、本来であれば自分が行ってみたいところであるが、その夢を宗達に託し、ローマの「洛中洛外図」を作成するよう命ずる。宗達が作成するであろう「ローマ全図」をみながらローマ攻略を検討する。このことも信長なら考えそうなことだと納得する。

ただ、最初に読んだ作品のインパクトが強く、宗達が美化されており、個人的には現時点においては期待していた展開ではなかった。

柳先生の作品は俵屋宗達の伝記として事実理解の奥行きが広がる感がある。それ故に宗達作品の紹介、解説そしてその時代の解説・評論という視点で表現されており、読後、俵屋宗達の作品についてもっと関心が高まる仕掛けがある。
しかしながら、本作はその生涯が謎であるため、大胆な発想で、フィクションとして作品が味わい深い。下巻でどれくらい私が食いつくか、カラヴァッジョがどのように登場するか楽しみである。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年10月13日
読了日 : 2020年10月13日
本棚登録日 : 2020年10月13日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする