横道世之介

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  • 毎日新聞社 (2009年9月16日発売)
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吉田修一と言えば「横道世之介」のイメージが強く、そろそろ読んでみるかと思って、手に取った。

なんてことはない、すごく一般的な大学生の生活が1年間まとめられているという具合であった。地方から東京の大学に進学し、都会という環境の中、親元を離れて暮らす大学生が、1年後、少しだけ成長している。それを側から傍観しているような感覚である。途中、
主人公・横道世之介と関わった友人たちが、当時の世之介をふと思い出すという設定となっており、そこから今はもう世之介はいないということがわかる。

まあ、世之介がとってかっこよく、頭が良く、なんてこともなく、普通のよくいる学生の設定で、授業もさぼりがちで、友達も適当にいて、特段仲の良かった友人以外にはあまりインパクトはないような設定であるから、「ある、ある」感覚で読めたのだろう。

そんな世間一般的な大学生の生活を垣間見て、作者は『あぁ、同じだ』とか『懐かしいなぁ』とか、『こんな人いたなぁ』と思うのかをどのように感じるかは読者に委ねているようである。
私の場合は、「ある、ある」感覚で心にすんなりと入ってきた。

1カ月毎に大学生活に慣れていく世之介。1年があっという間に過ぎていく。舞台は東京。地方から出てきて、一人暮らしを始めた世之介にとって、大学生活で得る経験は豊かなものだ。友人たち、サンバサークル、ホテルのアルバイト、初めての彼女、運転免許の取得、同性愛者との遭遇(これは普通でないかも)などなど。日々を駆け抜け、成長していく様を自分の大学時代と重ねてしまう。

まだ、18から20そこそこの子供から大人の世界に足を踏み入れようとする人間が、未来に希望を持って邁進していく姿を想像する。が、これは私の空想だけで、主人公やその友人たちが取り立てて何かを目標に突き進んでいる姿が描かれているわけでもない。

ただ、自分の若かりし頃と重ねて、結局、若い時の自分も時間に流され、大人から言われることに時に反発し、時に従い、世之介と同じような感覚で毎日を過ごしていたことを懐かしく思う。
もちろん、『もっとこうしていればよかった』、『あの時、なぜこうしなかってのか?』という後悔も数多く、それすら懐かしく思う。

子供ができて、中退した倉持と阿久津唯。同じ研究室になった同級生同士が子供ができて退学したことを思い出した。近くに住んでいたので、同級生と彼らの新居に行った。ちゃんと家庭を築いていたことに感心した記憶がある。

世之介と付き合っていた祥子。世間離れしていた祥子が20年後、UNHCR(国際連合難民高等弁務官事務所)で働いている。大学時代のバイト先の友達が、国連で働いている。友達は、男性であるが、そんなふうには見えなくて、衝撃的だったことを覚えている。

だから、世之介を取り巻く人間関係も特にびっくりするような環境でもない。

1年間なんて、人生の本当に短い期間である。でも、人はこの1年を通して、経験し、成長していくのだなぁと、この本を読んで振り返ることができる。本書の中でも「この一年で成長したか?と問われれば『いえ、それほどでも…』と肩を竦めるだろうが」とあるように、この1年での成長は、小さくても、15年後、20年後に人は確かに成長していると感じるのだ。
その時に出会った人たちは、将来、その人生の中で忘れ去る存在になるかもしれないが、それでもその時に何らかの影響を与え、人生の成長の糧になるのだろう。
そんなことを改めて感じる作品であった。

「世之介と出会った人生と出会わなかった人生で何かが変わるだろうかと、ふと思う。たぶん何も変わらない。ただ青春時代に世之介と出会わなかった人がこの世の中には大勢いるのかと思うと、なぜかとても得をした気持ちになってくる(本文より)」誰かにこんな風に思われたいものだ。

映画では次回NHK大河ドラマで主役の高良健吾が演じたようで、いつか映画を見てみよう…

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年2月4日
読了日 : 2021年2月4日
本棚登録日 : 2021年2月4日

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