難解な本だった。おそらく、まだ内容を理解できてはいないだろう。
世界に「永遠なるもの」の存在を否定した結果、本能的に世界に真理を求めようとする人間の生は、無意味なものとなる。我々は、何の希望を持つことも許されず、無基準の「自由」で不条理な生活を強いられる。それでは、今ここで自殺することは、不条理な生に直面した人間にとって、優位な選択となりうるだろうか。
いや、違う。なぜならば、自殺は不条理を不条理でなくそうとするものだからだ。不条理に対する人間にとってそれは、一種の欺瞞である。
それでは、どうやって我々は生きるのか。それは、不条理な運命に対する反抗であるとカミュは述べている。その反抗を通じて、我々はこの無意味な世界とその人生に満足感を得ることができるのだ。
時期的にもナチスへのレジスタンス精神の影響を感じる内容だった(もちろん、元からそのような人物であった可能性もあるが)。
個人的には、彼の考えに同調できない部分があることも事実である。
まず、反抗により得られる幸福は、明晰な見解のもとでは空虚なものとなりうるのではないか。つまり、不条理に対する反抗を通じて満足感を得ようとする試み自体が、その幸福を、たとえ自己欺瞞的なものであれ、希望と化することにつながるのではないかということである。
こうしたことからも私は、彼らは不条理な人間というよりも、反抗する人間と呼んだ方が正しいのではないかと思われた。彼らは不条理な世界で存在しない意味を見出すべく反抗しているのではなく、ただ単に反抗したいから反抗しているのではないかと考えたのだ。手段と目的が混同されているように感じたのだ。
不条理な世界や運命に対する反抗とは、つまるところ自由の回復である。そして、彼らは自由であるために悲劇的なのだが、そこに自己陶酔的な満足感を感じているのだ。それこそまさに、哲学的自殺ではないのだろうか。
- 感想投稿日 : 2023年10月15日
- 読了日 : 2023年10月15日
- 本棚登録日 : 2023年10月15日
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