カフカ ポケットマスターピース 01 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

  • 集英社 (2015年10月27日発売)
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感想 : 21

多和田葉子さんの新訳『変身(かわりみ)』に惹かれて。

‘‘グレゴールザムザがある朝のこと、複数の夢の反乱の果てに目を醒ますと、寝台の中で自分がばけもののようなウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)に姿を変えてしまっているのに気がついた。’’p9

カフカの『変身』というと、ある朝主人公が虫になっちゃうやつ、と認識されている方も多いですよね。
それはそれで間違いではないのですが、正確にはウンゲツィーファーという言葉で記されているそうなのです。

このウンゲツィーファー、ひきこもりの暗喩として見て取れる、という解釈をはじめて知ったのは斎藤環先生の著作だったと思います。カフカの時代にはhikikomoriなんて言葉はなかったのでしょうが、同様の状態はあったのでしょうか。

私は今回再読して、これは、モンスター小説を、モンスター(グレゴール)側からも、被害者(この場合は家族)側からも描いたダブル・ホラーの面もあるかな、と思いました。グレゴール側からも見ても、家族側から見てもホラー。

襲ってくるわけじゃなく、同じ家にいるだけで、忌み嫌われるんですね。

今、ヴィラン(悪役)映画って流行ってますよね。そんな感じ。

グレゴールは体は化け物じみたものに見えていて、人間の言葉も発せなくなっているけれど、中身はグレゴールのままなのです。
家族のほうも、一家の大黒柱から、突然モンスターに変身してしまった息子(妹から見たら兄)を持て余し、見たくない、存在すら認められないものに変わります。

両者のお互いの認識の違いがつらく、せつない。

また、グレゴールは、言葉を理解してないと思われてるけれど、実は完璧に理解していて、家族に姿を見られないように、空気を読んで、家具の下に隠れちゃったりしていて、胸が痛みます。

ある意味衝撃のラストシーンは、ホラー映画で、モンスターが倒された後のエピローグ的で、グレゴールに感情移入してきた身としては、複雑な、唯一無二の、この小説でしか感じ得ない(かもしれない)思いを感じます。

多和田さんは再読してみて、この小説に「介護」を読み取ったのだそうです。

今なお色褪せない古典。

後はおいおい読んでいきます。
何しろ803pもあるので…。

読書状況:いま読んでる 公開設定:公開
カテゴリ: 外国の小説
感想投稿日 : 2022年4月7日
本棚登録日 : 2022年4月7日

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コメント 9件

猫丸(nyancomaru)さんのコメント
2022/04/07

5552さん
多和田葉子の訳(仕掛け)が秀逸。しかもグレゴール。グレーゴルじゃなく、、、
川島隆の新訳が出たので、文庫数冊を並べて読もうと思いながら(集中力が減退しているので中断している)

カフカ自身に、虫ならざる虫に化けたい。何かがあったのでしょうけど。引き篭もりから、己も身内も解放したヒーローに擬していたような気もします。

5552さんのコメント
2022/04/07

猫丸さん

>しかもグレゴール。グレーゴルじゃなく
グレゴールの方が元のドイツ語に近い発音ということですか???
『変身』と多和田さんの『変身』の解説だけまず読んだのですが、多和田さんの考察がさすがで舌を巻きました。

川島さんの新訳が2月に出ていたんですね。
伊集院光さんとの『変身』対談が入ってる『名著の話』を読んで、これは本編を再読せねば、と、とりあえず多和田訳のこの本を積読の山から引っ張り出したんです。
伊集院さんも、川島さんも、『変身』を「俺の話」だと話しています。
私も「私の話」だと感じました。不条理だけど、リアルだと。
カフカは、ひきこもりになったという記録もなく、ちゃんと会社で働いていたそうですね。
でも、ひきこもりたい、という欲望があった…。文房具とランプを持って地下室に閉じこもりたい、と、ラブレターに書いた、と対談で紹介されていました。
うーん、自分を社会に留めておくために、あえて、ひきこもったら、きっとこうなる!なシミュレーション小説を書いていたのかな…。書いてて違う気がしてきた…。
猫丸さんの解釈は思考が「哀」に流れがちな自分には新鮮です。
川島隆さん訳のも読んでみたいです。
光文社古典新訳文庫のも積んであるんですけどね…。






猫丸(nyancomaru)さんのコメント
2022/04/08

5552さん
> ドイツ語に近い発音ということですか???
スミマセン猫には判りません。
丘沢静也(光文社古典文庫2007)はグレーゴルですし
川島隆(角川文庫2022)はグレゴールですが、「100分de名著 2012」の時はグレーゴルでした。
見つからなくて探している絵本(牧野良幸:画、長崎出版2012)、酒寄進一はどうだったか?
もう一冊見つからないのが頭木弘樹「絶望名人カフカの人生論」(飛鳥新社2011、新潮文庫2014)がどうだったか??

2004年にワレーリイ・フォーキンの「変身」が公開された時に誰かが、
『近頃はグレーゴル』と言っていて、慌てて見直した記憶があります。
多分猫はグレーゴルと書いてあってもグレゴールと読んでいたらしい。
高安国世(講談社文庫1971)はグレーゴル、、、

余談
1967に邦訳の出た吉田仙太郎:訳のグスタフ・ヤノーホ「カフカとの対話」
同じ著者の「ハシェクの生涯」を1970年に土肥美夫が訳した時、
あとがきか何かで、著者の表記はヤノウフが正しいが先行訳に従ったみたいなコトを書かれていた。

カフカの解釈は人の数だけありますから、全部正解で殆ど不正解かも。。。
猫は、カフカが書いた長編「城」「アメリカ(失踪者)」等が未完なのは
ラストは決まっているけど、読者(カフカ自身?)を納得させる展開に苦慮して書き終わらなかったんじゃないかと、
カフカ的に綺麗?な、でも読者を驚かせる「死」と結びついた不思議な結末を。。。

『名著の話』は文庫化したら読もうかなと密かに考えています。。。

5552さんのコメント
2022/04/08

猫丸さん

外国名の日本語表記も流行り廃りとか好みとかあるんですかね。
あと、牧野良幸さん絵の絵本なんてのもあるんですね。
気になったので牧野良幸さんのサイトで見てみました。
うーん、現物を読んでみたいです。

皆、それぞれ、「俺の、私のカフカ」というものがありそうですね。
カフカの未完の長編はどれも読んだことないんですが…。
未完ゆえに読者の想像・創造力を刺激して止まないのでしょう。
『銀河鉄道の夜』や『カマラーゾフの兄弟』なども。

『名著の話』は、面白かったです。
『変身』も『遠野物語』も良かったけれど、若松さんとの『生きがいについて』は圧巻の対談でした。本編を読んでからまた読んでみたいです。

5552さんのコメント
2022/04/08

『カラマーゾフの兄弟』でした。
失礼しました。

猫丸(nyancomaru)さんのコメント
2022/04/08

5552さん
読みの話では、デ・パルマが一時ディ・パーマって呼ばれてました。
作曲家のアントニン・ドヴォルザーク(ドヴォジャーク)と「精神史としての美術史」を書いた美術史家のマクス・ドヴォルシャックは同じ綴りの筈。

牧野良幸の「変身」は素敵ですよ。絵を活かすために文は切り詰めた感じ。酒寄進一の翻案になってます!

猫丸(nyancomaru)さんのコメント
2022/04/08

5552さん
「名著の話」は出たばかりだから、文庫化はまだ先だなぁ、、、

5552さんのコメント
2022/04/09

猫丸さん

デ・パルマがディ・パーマと呼ばれていたんですね。知らなかったです。
不思議ですね。日本語表記が違うだけで全然イメージが違いますね。

『名著の話』数年後の文庫化をお楽しみに!
続編も出ないかな〜。今度は視聴者投票で取り上げる作品を決める、とか。

猫丸(nyancomaru)さんのコメント
2022/04/09

5552さん
KADKAWAも遣ってくれるワ。三作を厳選するなんて!と思っていたのですが、売れれば第2弾?出ますよね、、、

読み方のラストは、グルーチョ・マルクス。好事家?の間ではグラウチョ・マルクス。。。それより発音的にはマークスらしいが、、、

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