多和田葉子さんの新訳『変身(かわりみ)』に惹かれて。
‘‘グレゴールザムザがある朝のこと、複数の夢の反乱の果てに目を醒ますと、寝台の中で自分がばけもののようなウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)に姿を変えてしまっているのに気がついた。’’p9
カフカの『変身』というと、ある朝主人公が虫になっちゃうやつ、と認識されている方も多いですよね。
それはそれで間違いではないのですが、正確にはウンゲツィーファーという言葉で記されているそうなのです。
このウンゲツィーファー、ひきこもりの暗喩として見て取れる、という解釈をはじめて知ったのは斎藤環先生の著作だったと思います。カフカの時代にはhikikomoriなんて言葉はなかったのでしょうが、同様の状態はあったのでしょうか。
私は今回再読して、これは、モンスター小説を、モンスター(グレゴール)側からも、被害者(この場合は家族)側からも描いたダブル・ホラーの面もあるかな、と思いました。グレゴール側からも見ても、家族側から見てもホラー。
襲ってくるわけじゃなく、同じ家にいるだけで、忌み嫌われるんですね。
今、ヴィラン(悪役)映画って流行ってますよね。そんな感じ。
グレゴールは体は化け物じみたものに見えていて、人間の言葉も発せなくなっているけれど、中身はグレゴールのままなのです。
家族のほうも、一家の大黒柱から、突然モンスターに変身してしまった息子(妹から見たら兄)を持て余し、見たくない、存在すら認められないものに変わります。
両者のお互いの認識の違いがつらく、せつない。
また、グレゴールは、言葉を理解してないと思われてるけれど、実は完璧に理解していて、家族に姿を見られないように、空気を読んで、家具の下に隠れちゃったりしていて、胸が痛みます。
ある意味衝撃のラストシーンは、ホラー映画で、モンスターが倒された後のエピローグ的で、グレゴールに感情移入してきた身としては、複雑な、唯一無二の、この小説でしか感じ得ない(かもしれない)思いを感じます。
多和田さんは再読してみて、この小説に「介護」を読み取ったのだそうです。
今なお色褪せない古典。
後はおいおい読んでいきます。
何しろ803pもあるので…。
- 感想投稿日 : 2022年4月7日
- 本棚登録日 : 2022年4月7日
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