神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈 (岩波新書 黄版 103)

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  • 岩波書店 (1979年11月20日発売)
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奈良以前から輸入され、日本の国情に深く根を下ろし、荘園などももって大いに儲け大いに力を得た仏教。
中世、武装し国家に逆らう仏教徒を討伐しようと信長の時代は躍起になっていた。その反面で先進技術と抱き合わせで入ってきた耶蘇教にはある程度寛大な態度がとられたが、秀吉、家康あたりから、死をも恐れぬ耶蘇教の排斥に向かう。
耶蘇教排斥のために、元々排斥の対象であった仏教が利用されるようになったが、天皇を中心とする新国家の建設に神道を利用することが維新政府の意向で決まると、仏教の、来世や死後の世界を説く思想がそれに悖るとみなされ、仏教はまた排斥の対象となる。
結局、仏教排斥に大いに息巻いたのは、長い間仏教のもとで補佐役に甘んじてきた神道家で、政府の政策を鶴の一声とばかりに、積年の恨みを霽らすべく、一挙に仏教排斥に動く。
しかし人の死霊を弔う方法を神道はもっていない、あるいはあっても原始的すぎて、仏教の格式だった葬祭の前には霞んでしまう。江戸時代に、耶蘇教排斥にあわせて仏教の檀家にさせられ、それ以来何世代もその仏式に慣れ親しんだ庶民からすれば、今更神式で弔えと言われても確かに心もとない。本当に神式で「成仏」できるのだろうかと不安になる。
新しい時代の到来を予期して一部の藩では仏教排斥を大いに進めたが、藩制がおわってみると、日本国内にだけでなく、世界を視野に物事を考えることが必要となり、結局耶蘇教も仏教も有耶無耶のままに日本人の宗教の中に残留する。



面白かったが、引用される文はどうしても江戸時代のものが多いため、非常に疲れる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 岩波新書(黄)1977
感想投稿日 : 2023年6月28日
読了日 : 2023年6月30日
本棚登録日 : 2023年3月8日

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