きみは赤ちゃん (文春文庫 か 51-4)

著者 :
  • 文藝春秋 (2017年5月10日発売)
4.17
  • (216)
  • (194)
  • (85)
  • (15)
  • (5)
本棚登録 : 2457
感想 : 229

夫の寝顔に殺意が湧く。
眠っている夫がマジで嫌いになる。

川上未映子さんご自身の妊娠出産子育てに関するエッセー作品。言い得て妙。
100人に100通りの
「産む・産まない・結婚する・結婚しない」
があるんだよなあ。

読みながら、私自身の30年以上前の妊娠出産子育てあれこれを思い出し、余裕皆無の連続で、言葉にできなかった感覚やもやもやに輪郭を与えられた気がする。
「がんばることをやめられなかった」のだよなあ。

夫への敵意や攻撃性は、最近の研究で妊娠出産に伴う女性のオキシトシンというホルモンの影響で、「子どもを守る」の一点で夫を排除したくなると科学番組で観た。

川上さんが作中何度も言及されているよう、自分で制御しようのない夫へのイライラ、八つ当たり、攻撃性…。そういう感情を持ってしまう自分も妻として、母として失格だと自責の念に駆られて一層追い込まれるのだよな。

「母親としての自分の一挙手一投足がこの子の生育成長発達を大きく左右する」と抱え込んでしまうのも性さがに近いのだろうなあ。

今我が子たちが三十路に入ってもどうしても母親モードに入ってしまいそうになるわが身への自戒を込めて笑。
「母親のキャラ設定」をすると、視野狭窄になり、子どもとの距離を詰めたくなるのだよなあ。

唯一それを軽減するのは、母親を「孤独」「孤立」から引きはがすパートナーや周囲の人たちの存在だと今は思う。
P.236より:
(当時のメモを)あとから読むと、なにを書いているのかほとんど意味のわからないことも多いのだけれど、でも、ひとつはっきりとわかることは、この時期、本当に孤独だったということだ。

それは、自分の味わっている痛みやしんどさを、この世界の誰ひとり、同じようにわかってくれる人などいないという、考えてみれば当然すぎる孤独だった。

以上抜粋。

自分と同じ感覚を全く同じように経験できる他者は誰一人いない。自分以外が全員他者であるという真っ向事実に打ちのめされるのだ。頭では理解していても…。

そして、以下の箇所が痺れる。

「出産を経験した夫婦とは、もともと他人であったふたりが、かけがえのない唯一の他者を迎え入れて、さらに完全な他人になっていく、その過程である」(p.235)

「共感」「寄り添い」にとても大きな価値が置かれる今の私たち社会の雰囲気。
他者は他者として、「想像すること」はできても、「同じ」であることに過剰な価値を置くこととは異なると思う。

「同じではない」けれども「傍にいて想像してくれる」「心を寄せようとしてくれる」他者の存在こそ重要な気がする。

愛おしくてたまらない我が子も次第に親から離れていく。我が子も「他者」となっていくことを受け容れるのが、成長を見届けること。

気力・体力・責任感が自分の限界を軽々越えていても、「この子を守らなければ」の一念で走り抜けたあの時期。痛みや苦しみは経験して強くなるという、「苦しみ系信仰」は根強いけれど、何もしなくても試練が押し寄せてくるのが生きること。

今の母親たちは楽をして~なんていうつもりはないよ。
選択肢は多い方がいいに決まってる。

「これしかない」「自分しかない」と強迫的思考に押しつぶされそうになるけれど、パートナーや専門家、或いは利害のない他者の言葉や存在に救いを求めていたら、私は今夫にもう少し優しくできたのかも笑。

あの頃のぷよぷよの身体、えもいわれぬ赤ちゃんの匂い、いつも握って一緒に歩いたちっちゃな手。思い出すだけで胸がキュッとなる。
もう2人ともおっさんだから、「キモっ!」って言われるので私の心の中で呟くだけでいい笑。若者たちに幸あれ〜!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年8月11日
読了日 : 2023年8月10日
本棚登録日 : 2023年8月10日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする