悲しみの歌 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1981年6月29日発売)
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本棚登録 : 1177
感想 : 119
5

2024.2.17 読了。
「海と毒薬」の続編であろう作品。
新宿でひっそりと開業している医者・勝呂は戦時中、外国人捕虜の人体実験に関わったことがある元戦犯であり、現在も色々な事情を持つ女性たちの堕胎手術も行っていた。
ある時、新聞記事の折戸から「戦犯について」の取材を受ける。
そして謎の外国人ガストンは末期の癌患者の老人を助けようと勝呂の元を訪れた。
落第しそうな学生がなんとか教授から単位をもらおうと悪巧みをしたり、いつの日かの夢のため夜の街で男たちを騙して食費を浮かせる女……様々な人間が行き交う新宿で生きる人々たちの物語。

読んでいて重く辛く、そして考えさせられる作品だった。「海と毒薬」も相当に重いテーマを扱っているが大河に飲み込まれるように逆らえぬ戦時中のことが尾を引いて人々の人生を狂わせていくツライ物語だった。
「神を信じていない」という勝呂の前に見返りを求めず目の前にいる悲しみを抱えた人をなんとか笑顔にしようとしているガストンの姿は最初は健気に見えたが、読んでいくと悲しみも苦しみも包んでくれそうな光を放つ人物で、神というものが存在するのであれば苦悩や苦痛、様々な困難を与える者よりも慈悲深いガストンが神であれば良かったのに…などと思えてしまった。
ガストンが傍にいて助けを求める人々もいるのに自分で自分の首をどんどん締め付け追い詰めてしまう勝呂の姿が苦しかった。

40年程前に書かれた作品なのに、生と死の問題や正義と悪の関係、誹謗中傷がどれほどの刃になるのかなど様々な問題が描かれ、しかしそれらの問題が現在も何も変わらず解決していると言えない世の中だと感じて気持ちが沈む。人が人を救うことはかなり困難であり、また人が人を裁くということも困難であると突き付けてくる作品だった。読んでいて辛く苦しい作品だったが読んで良かったと思う。

みんながガストンのように生きることが可能であったら「神がいる」といえるのかもしれないとも考えてしまうがガストンのような人が利用され傷付き、哀しみを背負う世界が現実なんだと思うとやりきれない気持ちになる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年2月17日
読了日 : 2024年2月17日
本棚登録日 : 2024年1月21日

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