この本を盗む者は

著者 :
  • KADOKAWA (2020年10月8日発売)
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あなたは、本が好きでしょうか?もしそうだとして、『二十三万九千百二十二冊』という膨大な数の本が自由に読めると聞いたらどう思うでしょうか?

レビューを読みはじめて早々に、『二十三万九千百二十二冊』の本と言われても困りますよね。ブクログの私の本棚に”感想を書いた”として登録した冊数は現時点で七百冊にも届いていません。私は週に三冊の女性作家さんの小説を読むというペースでこの三年間読書を続けてきました。会社員としての仕事もある中に、週三冊のペースはなかなかにハードなものがあります。

しかし、そんなハードな読書を続けても未だ『二十三万九千百二十二冊』の一パーセントにも届いていないという計算結果を思うと、そんな恐ろしい冊数の本の存在自体がもはやなんの意味もない数字に思えてきます。そもそもそんな冊数の本は一生かかっても読みきれないのは明白です。とは言え、本が好きな人にとっては、たくさんの本に埋もれたような暮らしを一度は体験してみたいという思いはあるのではないでしょうか?辻村深月さん「図書室で暮らしたい」という書名の作品がある通り、実際に読めるかどうかは別として、現実と夢、それは切り分けて考えてもいいのかもしれません。

さてここに、曾祖父が残した『二十三万九千百二十二冊』の本が保管されている『巨大な書庫』のような家のことを思う『本嫌い』の女子高生が主人公となる物語があります。保管されているすべての本には『ブック・カース(本の呪い)』がかかっていると説明されるこの作品。そんな本を『館の外に一冊でも持ち出したら』『呪い』が『発動する』と説明されるこの作品。そしてそれは、そんな『ブック・カース』が発動したその先に、『呪い』を解くために奔走する一人の女子高生の姿を見る物語です。

『角のまるい菱形をしている』という周囲の川によって『島のように周囲から切り離された地形』にある読長町(よむながまち)。そんな街の中央には『御倉館(みくらかん)』という『書物の蒐集家』だった御倉嘉市が『大正時代から』集めた『二十三万九千百二十二冊』もの本が収められた『巨大な書庫』がありました。しかし、ある時『一度に二百冊の稀覯本が失われた』ことをきっかけに嘉市の娘・たまきは『御倉館』を閉ざし『愛する本を守』るために『奇妙な魔術』をかけたのでした。
時代が下がり、自転車事故で『全治一ヶ月』で入院している父の御倉あゆむを娘の深冬(みふゆ)が見舞い、『御倉館の警報』による苦情が来ていることを報告します。『御倉館』に一人暮らす『誰かが面倒みないとろくに生活できない』叔母の ひるねが原因と父親に詰め寄る深冬。病院を後にした深冬は商店街へと向かいます。『十歩歩けば本にまつわるなにがしかの店に行き当たる』『本の町』である読長町。そして、惣菜店で焼き鳥を買うと『三角の切妻屋根を頂いた』『御倉館』へとやってきました。『警報を解除』し『ひるね叔母ちゃん?』と建物へと入った深冬は『古本特有のつんとするにおい』を感じます。二階の部屋の絨毯の上に眠る叔母を見つけた深冬ですが、『揺さぶって』も起きません。そんな時、『叔母の手の中』に紙のメモを見つけた深冬が『ゆっくりと引き揚げ』ると、そこには『この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる』と書かれていました。『肌がぞわっと粟立った』という深冬は『何これ、気持ち悪っ』と紙を放します。そんなところに『まとわりつ』くような風が吹いてきて『真っ白い運動靴と靴下を履き、深冬と同じ高校の制服を着』た一人の少女が現れました。『ましろ。真剣の真に、白で、真白』と言う少女の登場に慌てた深冬は『叔母ちゃん、起きて』と焦るも『目を覚まさない』叔母。そんな深冬に『帰れないよ』『泥棒が来て、呪いが発動したから』と言う真白は『深冬ちゃんは本を読まなくちゃならない』と続けます。そして、本棚に進んだ真白は『これを読んで』と『ある書架の前で』『足を止め』て書棚を指します。そんな先には『繁茂村の兄弟』という書名の一冊の本がありました。『読んで、深冬ちゃん』と言われて本を開くと『物事にははじまりと終わりがある…』とはじまる物語が記されていました。『内容は想像もつかないが、無性に惹かれる』という思いの中に読み始めた深冬でしたが、やがて『まさかこれを全部読めって?』と不満げに言い、本を閉じると『あたしもう帰るよ』と帰ろうとします。その時『コケッ』という声がして、足下をみると『一羽の雄鶏』がいます。『な…なんで、鶏が…』と真白を見ると、そこには『目元と髪以外の顔が犬になってしまった』真白の姿がありました。これは夢だと思い『起きろ、起きろ…』と『自分に語りかけ』る深冬に真白は『深冬ちゃん』と言うと『これは夢じゃなくて、”呪い”』と説明を始めます。『御倉館の本…そのすべてに”ブック・カース”がかかってるの。盗んだら、御倉一族以外の人間が館の外に本を一冊でも持ち出したら、発動する』と説明する真白に『…あんた、頭でも打ったの?』と言うと外に出た深冬は、そこに『派手な満艦飾の旗が溢れ、道路を覆』い、『緑色だった銀杏の葉は黄金に輝』き、そして『月がウインクしてる』というまさかの街の姿がありました。『今から深冬ちゃんは泥棒を捜さなきゃならない。泥棒を捕まえたら、ブック・カースは消えて街も元に戻るから』と言う真白に『本を盗んだ泥棒を見つければ、街は元に戻るの?』と訊く深冬。そして、そんな深冬が真白とともに『本を盗んだ泥棒』を探すファンタジーな物語が始まりました。

“書物の蒐集家を曾祖父に持つ高校生の深冬。父は巨大な書庫「御倉館」の管理人…ある日、御倉館から蔵書が盗まれ、深冬は残されたメッセージを目にする。’この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる’ 本の呪いが発動し、街は物語の世界に姿を変えていく。泥棒を捕まえない限り元に戻らないと知った深冬は、様々な本の世界を冒険していく。やがて彼女自身にも変化が訪れて…”とファンタジー感溢れる内容紹介に心躍るこの作品。2021年本屋大賞の第10位にランクインした作品でもあり以前から興味はありましたが手にするのがズルズルと遅くなってしまいました。私はファンタジーに分類される作品がとても好きで、中でも村山早紀さんが展開される”風早の街”を舞台にした物語の数々には心を囚われることしきりです。ということで読む前から期待度Maxに読みはじめました。

では、そんなこの作品をレビューするに際してその舞台設定をまず見てみたいと思います。この作品は『全国に名の知れた書物の蒐集家で評論家であ』った御倉嘉市が川によって『島のように周囲から切り離された地形にできた』『読長町』に建てた『御倉館』および町全体が舞台になります。この『島のように』という設定になっている理由は〈第四話〉でなるほどとその設定理由がわかるのですがいずれにしても『読長町』という本好きにとってはなんとも意味深(笑)な町名が興味を掻き立ててくれます。そして、そんな町の中にある『御倉館』という『巨大な書庫』で事件?事象?が起こっていくことになりますが、その原因が冒頭に”プロローグ”の如く記されています。

① 『一九〇〇年に産まれた嘉市が大正時代からこつこつ集め続けたコレクション』を『御倉館』という『巨大な書庫』に蔵書した

② 娘の たまきが『御倉館』を引き継ぐも、ある日、『一度に二百冊の稀覯本が失われ』てしまう

③ 『御倉館を閉鎖』し、『建物のあらゆる場所に警報装置をつけ』る

④ 『たまきが息を引き取った後』、『たまきは愛する本を守ろうとするあまりに、読長町と縁の深い狐神に頼んで、書物のひとつひとつに、奇妙な魔術をかけた』という噂が流れる
→ これが『ブック・カース』と呼ばれるもの

そして、この『魔術』という点に呼応するように展開するのがファンタジーな物語です。そんなファンタジーの描写がかなりかっ飛んでいますので、少し抜き出して見てみましょう。

・『漆黒の空』に『満月』を見る深冬という場面
→ 『満月の隣にもうひとつ満月が現れ、その下にピンク色の穴がぽっかりと開いて、「なおお」と野太い鳴声が漏れた』。
→ 『夜空だと思っていたものは、巨大な黒猫の体だったのだ』。
→ 『夜の黒猫は満月の両目を薄く細めて挨拶すると、仲間を背中に乗せたまま巨大な体を軽々と翻し、猛烈な風を吹き荒らしてどこかへ飛んでいった』。
→ 『夜の黒猫は姿を消し、代わりに朝が来た』。

そもそもの表現が強烈なのにこんな一部分だけ抜き出してもなかなか理解いただけないかもしれませんが、ようは超『巨大な黒猫』が目の前を覆っていたというシーンです。『満月』とは目であり、『ピンク色の穴』が口ということですね。そして、『巨大な黒猫』が去ったら『朝が来た』とは凄い世界観です!では、もう一箇所抜き出します。

・『深冬ちゃん、頭のてっぺんを触ってみて』と真白に言われ『嫌な予感がした』深冬という場面
→ 『深冬はおそるおそる手を伸ばして頭のてっぺんに触れる。そして自分の頭から、ふたつの毛むくじゃらの尖ったものが生えていることに気づいた』。
→ 『天鵞絨のようになめらかな感触は明らかに獣の耳』
→ 『しかも尻からは尻尾まで生えていた。深冬は絶叫した』
→ 『みっ…みみ、耳が!尻尾が!』、そして深冬を抱くと真白は『思い切り地面を蹴』り、『空を飛』びます

いやあ、これはもう超!ファンタジーの世界ですよね。『耳』が生え!、『尻尾』が生え!、そして『空を飛』んじゃうわけですから。もうなんでもありという感じです。ここで大切なのはこの記述を頭の中でイメージして、想像力を飛翔させていけるかどうかだと思います。そう、読者のあなたの想像力が試されるのがこの作品の大きな特徴とも言えます。

そして、そんなファンタジーな物語は最終話である〈第五話〉でさらに突き抜けます!みなさんのこの作品のレビューを読むと、予期していなかったファンタジー描写の連続についていけない!途中で断念した!という方もいらっしゃいます。小説のジャンルは人によって好き好きです。私もホラーだけは夜中にトイレに行けなくなって健康問題が生じると困るので絶対読みません。それと同じようにファンタジーが苦手という方にはこれらの表現の頻出は少し厳しいところもあるのかもしれません。ただ、ファンタジーが好きだと思ってきた私自身にもひとつ発見がありました。私はファンタジーが好きです。しかし、私が読んできたファンタジー作品、例えば村山早紀さんの”風早の街”が登場する作品の場合、あくまで街の表情は普通です。そこに”猫がしゃべってる!”とか、”植物が主人公の危機を救ってくれる!”など、物語の一部分にファンタジーがひょっこり登場します。そんなファンタジーを読んできた感覚からはこの作品のようなちょっとかっ飛んだ世界観はある意味で衝撃的でした。そういう意味では私にとっての好みの方向のファンタジーではない部分もありはしますが、一方でこれはこれで面白いとも感じました。ということで、途中で挫折される方もいらっしゃるこの作品、これから読まれる方に幸せな読書が、そうアンマッチな読書が生じないことをお祈りします。

そして、この作品のもう一つの特徴が”小説内小説”が展開するところです。これこそが、この作品の読み味をもっとも左右する部分であり、上記したファンタジー表現はここに引きずられて登場するものでもあります。では、各章のタイトルと”小説内小説”の書名、そしてそのジャンルをここに整理しておきましょう。

・〈第一話 魔術的現実主義の旗に追われる〉: 小説内小説『繁茂村の兄弟』
→ マジックリアリズム

・〈第二話 固ゆで玉子に閉じ込められる〉: 小説内小説『BLACK BOOK』
→ ハードボイルド

・〈第三話 幻想と蒸気の靄に包まれる〉: 小説内小説『銀の獣』
→ スチームパンク

・〈第四話 寂しい街に取り残される〉: 小説内小説『人ぎらいの街』
→ 奇妙な味

・〈第五話 真実を知る羽目になる〉: 小説内小説『(ネタバレになるので秘密(笑))』
→ (はい、こちらも秘密(笑))

わざわざ各章のタイトルを書き出したのは、一見意味不明なそれでいてとても印象的なタイトルがつけられているのを知っていただきたかったからです。そこには、このタイトルが暗示する物語が展開していきます。また、各話で取り上げられる”小説内小説”は、そのタイトルからは内容は全く判然としません。そんな中から一つ抜き出してご紹介しておきましょう。〈第二話 固ゆで玉子に閉じ込められる〉に登場する『BLACK BOOK』という”小説内小説”の冒頭です。

『リッキー・マクロイは窓のブラインドを下ろし、煙草に火を点けた。青い夜に橙が灯る。「お互い考えていることは同じだな、ジョー」』

どうでしょうか?上記で説明させていただいたファンタジーからは随分遠い印象を受けると思います。もう少し先の部分からもう一箇所抜き出しましょう。

『リッキーは振り向きざま、奇襲をかけ損ねた若いハイエナの首を左手で締め上げ右手のM1911を突きつけた。「十日だ、クソ野郎」』

どうでしょうか?ピンとこられた方もいらっしゃるかもしれませんが、この読み味はまさしく『ハードボイルド』です。はい、そんな風にピンと来たところで章題を見ていただくとそこには、『固ゆで玉子』という言葉が入っています。『固ゆで玉子』=英語で『ハードボイルド』ということで実は章題が内容を暗示していたことがわかります。しかし、これはあくまでこの〈第二話〉が『ハードボイルド』な物語であって、他の章はそれぞれに異なるジャンルの物語が”小説内小説”として登場します。そんな”小説内小説”のジャンルによって展開する内容も異なりますし、読み味も当然変化します。”この4つのジャンルは単に自分が好きで、自分でも書いてみたかったからという理由も正直大きい”とおっしゃる作者の深緑野分さん。そんな言葉の先に書きたいものを書かれた深緑さんの攻めの姿勢を強く感じさせるこの作品は、一冊でさまざまなジャンルの小説をちょい読みできるとても贅沢な作品だと言えると思います。

そして、そんなこの作品の各章で展開する事件?事象?の基本的な構成は以下のイメージです。

① 『御倉館』で本が盗まれる

② 深冬が本を読む

③ 深冬の周囲、街に変化が起こる

④ 盗んだ者を捕まえ、本を取り戻す

⑤ 街が元に戻る

超単純化するとそれぞれの章ではこのような物語が展開します。こう書くとまるで連作短編のような印象を受ける方もいるかもしれませんが実際には各章でこの基本線以外の動きがあるためそう単純に説明できる構成でもありません。また、上記したさまざまなジャンルの”小説内小説”が登場するのもわかりづらさを感じさせる部分でもあります。そして、全体像が見えて来るのは〈第四話〉くらいからです。そういう意味でも作品世界に合わないと感じられた方も頑張って〈第四話〉までは読み進めていただきたいと思います。

そんなこの作品は『本嫌い』の主人公・深冬の心の変化を見る物語でもあります。前提設定にある通り『読長町』という『本の街』に生まれ、『巨大な書庫』とも言われる本だらけの『御倉館』で本に囲まれて育った深冬。しかし、そんな深冬は『本嫌い』でもありました。そんな深冬が全五章からなる物語の中で、街を『元に戻す』ために奔走していく姿が描かれていくこの作品。そんな作品の中で、さまざまな世界観と巡り合う深冬にどんな変化が生まれていくのか。そこにどんな世界が開けるのか。上記した通り、この作品は〈第四話〉に入って一気に物語が動きはじめ〈第四話〉と〈第五話〉では事実上連続した一つの緊迫した場面が展開します。そして最終話の〈第五話〉にも”小説内小説”が登場し、結末へ向けてこの物語世界の全容が全て明らかになっていきます。そこに繰り広げられる冒険活劇っぽいストーリー展開は間違いなく面白いです。しかし、同時に極めて”アニメ”っぽさを感じさせ、この世界観にハマるか、ハマらないかで読み味は大きく変わると思います。そんな中で主人公・深冬に大きな変化が訪れていくこの作品。さまざまな本の世界を見、さまざまな体験をし、そしてこの世界のありようを理解した先に深冬が見る『御倉館』に隠された真実の物語。そこには、そんな深冬がこの物語世界を体験すべき理由が、体験したからこそ訪れる未来の姿があったのだと思います。

『深冬ちゃん、今から深冬ちゃんは泥棒を捜さなきゃならない。泥棒を捕まえたら、ブック・カースは消えて街も元に戻るから』。

曾祖父が建てた『巨大な書庫』『御倉館』を訪れた主人公の深冬。そんな深冬が『御倉館』の中で出会った一人の少女・真白から告げられた言葉の先に、本を読み、泥棒を追い、そして盗まれた本を取り戻す姿が描かれたこの作品。そこにはファンタジー世界にどっぷり浸れる全五章の物語が描かれていました。さまざまなジャンルの”小説内小説”が登場することで、読み味の変化が楽しめるこの作品。絶対アニメ化すべし!と思えるくらいにそれぞれの場面の映像が頭の中に浮かんでは消えるこの作品。

独特な構成の物語が展開していく中に、深緑さんの攻めの作品作りを見た、そんな作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 深緑野分さん
感想投稿日 : 2023年5月27日
読了日 : 2023年5月18日
本棚登録日 : 2023年5月27日

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