ユージニア (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2008年8月25日発売)
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本棚登録 : 9082
感想 : 796
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本の中に本の話が出てくるというと「三月は深き紅の淵を」が思い浮かびますが、この本では本の内容というよりもその本の元ネタとなっている過去のある事件に焦点が当たります。かなり早い段階で恩田さんは主人公の語り、自問の中で〈書かれていることには嘘が混じっている〉こと、〈最後まで読んでも真相がハッキリしない〉ことを暗に読者に伝えています。なので、恩田さんいつものごとく最後はモヤモヤで終わるんだなという覚悟が早々にできました。ただ、何が嘘なのかという点は注意して読もうと思いました。

読みはじめて感じたのは、とにかく読みづらいこと。インタビュー形式で「」括りになっていたり、なっていなかったり、第三人称的な書き方になったかと思うと、記事のようなものや取材メモがいきなり出てきたり、それでいて時系列はバラバラ。これでは日を分けて読んでいると分からなくなってしまうと思い2日で読み切りました。注目したのは第三人称的な書き方の部分で、ここは真実が書かれているのだろうなと考えました。そして読み終えましたが、最終章の読者振り落とし感は半端なかったという点は強く印象に残りました。

ただ、色んな形式で書かれてはいましたが、多いのは事件について知っている人たちの語りです。ここで面白いと思ったのは、ある人の語りの中で登場した人が、今度はその人が語り手となって出てくることです。状況が分からない読者は順に出てくる語り手に感情移入しながら、他の登場人物をその登場人物がどういう人なのか頭の中でイメージしながら読んでいきます。ところが語り手が変わるとその出来つつあったイメージが否定されてしまったりもする。新しい語り手に今度は感情移入してしまうからです。一体何が真実なのか。
でもよく考えると我々のリアルな世界でもこれは同じことなはずです。AさんはBさんのこと良く思っていないからなぁとか、Cさんは実はBさんのこと好きなんじゃないかとか、Bさんの話は本当か嘘かわからないことがある、とか、知っている人たちだと意識になくても自分の中に持っている他人のデータベースと照合しながら話をします。この本の登場人物は読者にとっては全員が初対面ですが、無意識のうちに知っている誰か何かと重ね合わせたりしながら各登場人物のイメージを作っていく。そのため読者のこれまでの経験によって見える世界も変わってきて、読者の数だけ答えがある。恩田さんが〈最後まで読んでも真相がハッキリしない〉というスタンスをとっている以上、読者の中に出来上がる人物像、そして真犯人が誰かということも人によって違ってくるのも当然なのかもしれません。

この本は、推理小説として真実、結末を追うものなどではなく、茫洋とした独特な世界観の中に描かれる色んな人たちが同じ一つの事象をどう捉えどう見ているか、その人の考え方、感情、そういった心の内を味わう作品なんだと思います。極めて恩田さんらしい作品、この本は特にその印象が強いです。その意味で、話の結末には全くスッキリしませんが、読後感は極めてスッキリです。恩田さんの世界感を存分に楽しませていただきました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 恩田陸さん
感想投稿日 : 2019年12月28日
読了日 : 2019年12月28日
本棚登録日 : 2019年12月26日

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