往復書簡 (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎 (2012年7月30日発売)
3.53
  • (384)
  • (1336)
  • (1387)
  • (238)
  • (34)
本棚登録 : 13808
感想 : 974
4

『この手紙の送り主は本当に悦ちゃんなの?実は一通目から違和感がありました。例えば、書き方が悦ちゃんぽくないな、とか』。手紙やメールが届いたらまずすることはなんでしょうか?恐らく大半の方は差出人を確認するはずです。でも本当にこの手紙は彼女が書いたのだろうか?と疑心暗鬼でいっぱいになって『ねえ、本当に悦ちゃんだよね。浩一くん、じゃないよね。わたし、まだ信じられないところがあるの』、そんな風に改めて考えだすとある意味キリがありません。でも現実には郵便、メールともに差出人を偽った犯罪が後を断たないという現実もあります。また一方で、差出人が正しくても、宛名の人に正しく届くかどうかという問題もあります。日本で書留郵便という制度が導入されたのは1872年のこと。実に150年も前からこのことを不安視する人がいたという事実。でも無事に家に届いたとしても『大概は浩一の方が早く帰ってくるので、浩一が開封するという可能性がないとはいえません』と宛名の本人に読んでもらえるには、さらに家庭内の事情が立ち塞がります。『本人限定受取』などというものが生まれたのも必然の流れなのかもしれません。

『三十八年間の小学校教員生活の中で、卒業してからも毎年年賀状をくれ、退職祝いまで贈ってくれたのは、大場くんくらいです』という手紙を受け取ったのは高校教師の大場敦史。差出人は今年三月に定年退職をしたかつての恩師・竹沢真智子。手紙には教員生活を振り返り『悔いがないと言いきれるのだろうか』、そして『六人、どうしても気になる子どもたちが出てきました』と書かれていました。さらに『大場くんに、六人に会い、それぞれの今の様子を教えてもらえないでしょうか』という恩師の依頼。『先生のお気持ちは、他人事のように思えません』とこれを引き受ける大場。教えてもらった連絡先に順に連絡を取って六人に会いに行きます。 そこで、大場は、かつて恩師が関わった『あの事故』のことを知ります。真相を求めて図書館で過去を調べた大場は、かつて竹沢が彼女の主人と共に生徒六人を落葉拾いに誘った時の記事を見つけます。『川に落ちて流された良隆くんを助けるために、ご主人が川に飛び込んで一緒に流され、次に飛び込んだ先生は良隆くんを先に救助して、良隆くんは一命を取り留めたが、ご主人は亡くなった』というその記事。そのことを竹沢に伝えると『事故のことを黙っていてごめんなさい。六人が事故のことをどう思っているかではなく、今どのように過ごしているかを知りたかった』という返信を受けます。しかし、二人目、三人目と順に会うにつれ、『あの事故』の裏側に隠されていたまさかの真実を耳にして戸惑うことになります。そして、全く予想もできない結末へ、物語は展開していきます。

4つの章から構成されるこの作品。一部関連する章が含まれるものの基本的には登場人物も設定もすべて異なる短編集です。ただし、「往復書簡」という書名そのままに、本文一切なしですべて手紙のみで構成されているのは4章とも共通です。せっかくなので手紙の数を数えてみました。(はい、私はマメなのです)
第一章 24通(悦子宛12通、あずみ宛7通、静香宛5通)
第二章 18通(竹沢宛9通、大場宛9通)
第三章 12通(純一宛6通、万里子宛6通)
第四章 2通(正晴宛1通、亮介宛1通)
ということで、合計56通の手紙、手紙、すべて手紙をひたすら読み続けることになります。読者は他人宛の手紙を自分宛と思って読み進めることで、やり取りしている人物に隠された過去、繋がりを徐々に知ってゆくことになります。このように手紙(メール含む)だけで一つの作品を描ききった作品というと、三浦しをんさんの「ののはな通信」が思い浮かびます。思えばこの作品でも、私、手紙の数を数えてレビューしていますが、「ののはな」は湊さんのこの作品の3倍以上、なんと179通、しかも2名だけのやり取りという異常なレベルの濃密な作品でした。それに比べるとこの作品は随分シンプルです。というより、湊さんの作品は「告白」に代表されるように第一人称を変えながら独白によって作品を構成していくものが多いので、それが単に、『前略』〜『かしこ』となっているだけとも言え、そういう意味ではとても湊さんらしい構成の作品だと思いました。

また、これは『超』湊さんらしい!と思ったのが第三章です。『隊員の活動を知るために国際ボランティア隊事務局が発行している月刊紙「ブルースカイ」』、『三親等までの親族について、交通費と宿泊費の八割を負担してくれる「家族訪問ツアー」』、『日本にいる家族や友人に、日本食などを詰めた小包を送ってもらう「愛の玉手箱」』と、青年海外協力隊の国際ボランティア事業のパンフレットを読むがごとくの細かい記述がいきなり登場します。さらには、『一次試験は英語と職種別の筆記試験』と自分は今、小説を読んでいたんだっけ?というくらいに青年海外協力隊の細かいお話が出てきてニンマリします。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、湊さんはかつてこの事業で南太平洋に浮かぶトンガ共和国に派遣され、現地の学校で家庭科を教えていらっしゃいました。「絶唱」を読むとさらに濃厚なシーンが出てきますが、小説家になる前のこの貴重な経験が湊さんの中で占めているものの大きさを改めて感じました。湊さんのことを『イヤミスの女王』という言葉で敬遠されていらっしゃる方には、「絶唱」(オススメ)やこの作品を読むと恐らくイメージがゴロッと変わるのではないかと思います。

手紙だけで一冊を構成するという特徴あるこの作品。短編が故の駆け足感があるのは否めませんが、それぞれの章に隠されたミステリーを手紙のやり取りだけで解き明かしていく手法は独白形式の第一人称回しという湊さんの最も得意とされるところに通じるものがありますし、その人の気持ちになって読み込める分、作品から受けるインパクトはとても大きいと思います。

『メールでは「あなた」とは呼ばれないだろう。手紙だからできる表現がある』という手紙ならではの表現の潜在力、『手紙を書くという行為は、改めてわたしに、あなたとの正しい距離と時間を認識させてくれます』という手紙ならではの物理的制約、そして『メールを打つときとは違う気分で、自分の気持ちを表現できそうな気がします』という手紙ならではの送り手の心持ちなど、改めて手紙というものが持つコミュニケーションの可能性について、考えを新たにもさせていただきました。なかなかに興味深い作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 湊かなえさん
感想投稿日 : 2020年5月26日
読了日 : 2020年5月25日
本棚登録日 : 2020年5月26日

みんなの感想をみる

コメント 4件

naonaonao16gさんのコメント
2020/05/26

さてさてさん、こんにちは!
本日も素敵なレビュー、ありがとうございます。
この作品、気になりつつもどんどん湊かなえさんが新作を出していくので、結局触れないまま…
イヤミス系とは少し違った読了感なんですね。わたしの友人が海外青年協力隊にいたことがあるんですが、まさか湊さんもいらしたとは知りませんでした。またまた新しい知識を、ありがとうございます!

今日から湊かなえさんの新作「カケラ」に入るところです。
偶然の湊さん作品。

これからも読書楽しみましょうー

さてさてさんのコメント
2020/05/31

naonaonao16gさん、こんにちは!
いつもありがとうございます。
湊さんが青年海外協力隊で派遣されていたことについてはエッセイ「山猫珈琲」で知りました。その後、意識して作品を読んでいると、色んな場面でポロッと協力隊のことが出ていて、湊さんにとって相当大きな部分を占めているんだなと感じています。
「カケラ」の感想楽しみにしています。
またよろしくお願いします。

naonaonao16gさんのコメント
2020/06/01

さてさてさん、こんにちは!
お返事ありがとうございます!また、昨日は「紙の月」、文庫の方の感想にもいいねをくださり、ありがとうございました。

「カケラ」読み終わりました。こちらも、青年海外協力隊を彷彿とさせる部分がいくつかありました。この知識がある中読んでよかったです。友人にも、協力隊での活動はものすごく印象に残っているようです。

またレビューアップしたら見にきてくれたら嬉しいです^^

さてさてさんのコメント
2020/06/01

naonaonao16gさん、「カケラ」の情報ありがとうございました。青年海外協力隊、再びですか!余程なんですね。頭の中が湊さん=青年海外協力隊のうちに、私も早めに読みたいと思います。
「カケラ」の感想楽しみにしています。

ツイートする