中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)

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  • 医学書院 (2017年3月27日発売)
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プロローグで紹介されるアルコール依存や薬物依存を代表的な例に、「能動」と「受動」という観念だけで人間の行動を説明できるのか、という問いへの答えを求めるべく、「中動態」という概念を提示する著書。本文は290ページほどの9章立て。

「中動態とはかつてのインド=ヨーロッパ語にあまねく存在していた態である」。中動態は過去の文法のひとつであり、現在の受動態はこの中動態の派生であるとされる。中動態はその名が示すような「能動」「受動」の中間的な存在ではなく、過去に「能動態と中動態の対立は、能動態と受動態の対立に取って代られる」過程があったとされる。つまり中動態は、能動対受動とはまた別のパースペクティヴが自明だった事実を過去の文法の歴史が示した証でもある。

中動態と能動態の文法の特徴としては、能動態の動作が主語の外で完遂することを含意するのに対して、中動態では主語がある過程の内部にいることを示す。このような、能動態と受動態の「する」と「される」の対立とは異なった位相で浮かび上がるのは、能動対受動にある大きな特徴であり、人間の「意志」について強く意識させられる点である。対して中動態においては、「能動態と中動態を対立させる言語では、意志が前景化しない」。

著者はこの中動態の概念を引用し、過去の著名な哲学者・思想家の著作や発言から、この中動態と類似するコンセプトを取り出して、説明しがたい能動と受動の外にある視点が、中動態によって容易に理解されうると指摘する。本書は能動と受動で説明される世界への違和感に端を発し、中動態という観念を用いて「意志」という考え方に固執するあり方に一石を投じている。終盤は議論をさらにスピノザ哲学にある自由へと発展させ、「中動態の哲学は自由を志向する」として、中動態を知ることは自由に近づくための希望だと締めくくる。

他の著書もだが、話の進め方で丁寧でわかりやすい。各章冒頭に用意さえている前章のまとめも理解を助けてくれる。同著者の『暇と退屈の倫理学』と『はじめてのスピノザ』を併せて読んだうえで、テーマを変えても著者の根源的な関心や主張は一貫していると感じた。核となるキーワードはやはり「自由」だろう。

能動と受動の捉え方として、本書の一節としてある「スピノザは、能動と受動を、方向ではなく質の差として考えた」という言葉は、「意志」に囚われる機会を減らすための現実的で有用なフレーズのひとつだと思える。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年7月9日
読了日 : 2022年7月9日
本棚登録日 : 2022年7月9日

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