ヴェネツィア水の夢

著者 :
  • 筑摩書房 (2000年7月1日発売)
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感想 : 1
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「イタリア」、「詩人」、「書店」と三つの単語を並べたら誰を連想するだろう。須賀敦子さんを思い浮かべた人が多いのではないだろうか。その須賀さんについても一章で触れられているが、これはまた別の著者の本である。それにしても、『ヴェネツィア 水の夢』という書名は『ミラノ 霧の風景』と、あまりに似ていやしまいか。短文を多く集めたエッセイ集だが、ヴェネツィアについて言及している箇所はほんの少しである。他にもっと内容にあった書名が考えられなかったものだろうか。

著者は、ウンベルト・エーコやイタロ・カルヴィーノの翻訳家として知られている。卒業論文を書くためにイタリアに渡ったのをきっかけに、様々な詩人や作家の知遇を得、カルヴィーノが日本を訪れたとき、そのガイド役をしたり、エーコに招かれて毎年ミラノにあるスフォルツェスコ城近くの自宅を訪れたりするなど、まことに羨ましい体験を持つ。その著者がボローニャをはじめとするイタリアの古い町に住む、詩人や作家を訪問したことを書き綴ったものが中心になっている。

特にこれといったとっておきの話があるのでもない。さすがに、エーコや、カルヴィーノ、アントニオ・タブッキといった著名な作家達については、単なる訪問記ではなく、その作品や人となりについて、作者の近くにいる者にだけ分かるエピソードなどを鏤めて、現地取材でしか伝えられない微妙な匂いのようなものを伝えることに成功している。しかし、登場する多くのイタリアの詩人や作家はイタリア文学に堪能な人でなければほとんど知ることもないだろう。

それだけに、知らない町の古書店で、ふと手にとった詩集の名も知らない詩人の詩句に思いがけない懐かしさを感じたときのような静かな感興が、読後しみじみ込み上がってくる。須賀さんの文章に引かれてウンベルト・サバの詩集を読んだように、この本を読んで登場する詩人や作家の本を手にとる人がきっといるにちがいない。林達夫がルネサンスはじめ西欧文化のチチェローネ(水先案内人)であったように、いつの時代にも我々初心者を導いてくれる人や本が出てくるものだ。

一つだけ誤りを指摘しておく。著者が苦手だというローマについて語る中で、映画『ローマの休日』の監督をビリー・ワイルダーとしている(初版第一刷)が、もちろん、これはウィリアム・ワイラー監督でなければならない。書き下ろしでなければ単行本化する時点で訂正しておくべきところであろう。フェリーニやルキノ・ヴィスコンティについての言及もあり、著者が映画についても関心を持っていることが分かるだけに残念である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 紀行文
感想投稿日 : 2013年3月10日
読了日 : 2002年10月26日
本棚登録日 : 2013年3月10日

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