世界の多様性 家族構造と近代性

  • 藤原書店 (2008年9月20日発売)
3.84
  • (14)
  • (12)
  • (6)
  • (4)
  • (2)
本棚登録 : 428
感想 : 22
5

『帝国以後』で、世界的に知られるようになった人類学者エマニュエル・トッドが、30才台で世に問うた衝撃の問題作『第三惑星』と、その続編ともいえる『世界の幼少期』を併せて一冊にまとめたものである。『帝国以後』におけるアメリカ分析の鮮やかさには舌を巻いたが、家族類型や識字率、出生率といった人類学的データを世界を読み解く解析格子に用いる独特の手法は、すでに当時においてほぼ完成していたことが改めてよく分かる。

しかし、序文に自ら語っている通り『第三惑星』は、一部の評者からは好意的に受けとめられたものの、若さゆえの性急さから、順当な手続きを欠いた論証や過激な論調が仲間の人類学者や言論界からはかなり手厳しい評がかえってきたという。しかし、その着眼点は画期的なもので、それまで誰によっても唱えられたことのないものであった。

たとえば、「なぜ共産主義が革命プロセスのはてにロシア、中国、ユーゴスラヴィア、ベトナム、キューバにおいて勝利したのか」、あるいはその他の地域ではなぜそれが失敗したのかという問いに、あなたならどう答えられるだろうか。当時ロシアも中国もマルクスの言う資本主義が高度に発達した国家ではなかった。そもそも工業国ですらなかったのだ。

トッドが、目をつけたのは家族だった。結婚した子が親と同居するか、家を出るか。親の遺産は長子あるいは末子が相続するのか、それとも平等に分割相続するのか、といった観点から、二つの相対立する価値(自由/権威。平等/不平等)を使って、四つのカテゴリーからなる類型パターンを創り出した。自由、平等を価値とするフランスの平等主義家族。子どもたちの独立を要求するが平等は求めないイングランドの絶対核家族。父への服従と遺産の不分割の上に確立され、規律は重んじるが平等は無視するドイツの権威主義家族。平等と規律を併せ持ち、兄弟たちの父への服従を特徴とするロシアの共同体家族。ヨーロッパだけならこれで分類可能だった。しかし、これではイスラムをはじめ、世界中に存在する家族形態をすべて網羅することはできない。そこで、構造主義人類学ではおなじみのインセスト・タブーによる婚姻形態(配偶者を家族集団内部で選択する内婚制か、外部に求める外婚制か)を導入することによって、七つの家族モデルを創り上げた。

トッドの着眼の鋭さは、この婚姻形態の発見にある。それまでにも家族類型を提唱した学者はいたが、ヨーロッパ文化はすべて外婚制であるために、外婚制と内婚制の区別を見逃していた。つまり、自分たちの制度以外にあるものを外部として見ないふりを決め込んでいたために、世界にある多様性を発見することができなかったのだ。「現在まで、ヨーロッパのであれ、それ以外の地域のものであれ、すべての政治形態を正常であり、理論的に有意義なものとして認めることを拒否してきたが故に、コミュニズムが何であるかをいまだに理解できていないのであり、その結果、コミュニズムの「対立項」であるリベラリズムが何であるかも理解できないでいるのだ」と、若き人類学者は先輩たちに苦言を呈している。この世界の多様性に対する眼差しが、他の学者と著者の最も大きなちがいである。

そこで、先の問いに戻る。著者によれば、共産主義とは「外婚制共同体家族の道徳的性格と調整メカニズムの国家への移譲」ということになる。外婚制共同体家族は本来平等主義的な共同体に外部から他者を迎えるという性格上、常に緊張を孕む。それを調整するのが権威ある親の仕事だが、共産主義国家では政治機構がその代わりを果たす。そこでは個人は権利上平等であるが結果的には政治機構に押しつぶされてしまう。イデオロギーのような上部構造が、家族形態や婚姻形態といった、いわば無意識の下部構造によって支配されているというのだから、当時の人々が驚いたのも無理はない。

ちなみに、日本は、権威主義家族でドイツと類型をともにしている。その他の地域を列挙すると、ユダヤ、バスク、アイルランド、カタルニャ、フランス系カナダ、とまだまだあるのだが、共通して浮かび上がってくるものが分かるだろうか。そう、民族紛争である。権威主義家族の国は差異に敏感で同化よりも分裂への志向性が強いという。ドイツと日本については、第二次世界大戦の敗戦国、戦後の復興という共通項以外にも、自民族の優越性を主張するための差異の創出等、多くの共通点が指摘されている。ただ、ひとつ気になるのは、家族類型をもとにした分布地図はともかく、そこから共通する性格や行動様式を読むというのは、どこまでが科学的な裏づけがあるもので、どこからが筆者独自の解釈かが判然としないということだ。発表当時の批判も、その点に対する疑念があったのだろう。

続編の「世界の幼少期」では、識字率や出生率、女性の権威という複数の解析格子を重ね合わせ、数値化されたデータも収集し、日本や韓国、南インドほかの成長ぶりを論証していく。日本の急成長に脅威を感じる欧米人に、江戸時代の出生率や識字率を示し、日本はヨーロッパと同じ時期にテイク・オフしているのだから、これから先の成長に脅威を感じる理由はないと説くあたり、「第三惑星」と比べ、説得力を感じる。A5版で700頁という量である。とてもすべての内容を紹介しきれるものではない。是非、本を手にとって読んでみられることをお薦めする。訳文は平易で読みやすいが、明らかに誤植と思われる箇所がある。版を改める際には訂正してほしい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 人文科学
感想投稿日 : 2013年3月6日
読了日 : 2009年6月28日
本棚登録日 : 2013年3月6日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする