【ミステリーレビュー400冊目】この世に不思議なことなど何もない… でも不思議な物語 #姑獲鳥の夏
■はじめに
新本格以降の国内ミステリー作家は一通りかじってきたのですが、ずっと読まずに温めていた京極先生。なので実は本作も初読みなんですよね。最新作『鵼の碑』も発売されたことですし、よいきっかけなので手に取ってみました。
まぁ読まずとも名作というのは知っていたんですが、実際に読んでみたら目ん玉が飛び出ました。いままで世界観がスゴイ作品ですね~と気軽に言ってましたが、本書こそ、その形容がふさわしい。とんでもない読書体験がそこにありました。
■きっと読みたくなるレビュー
京極堂と関口、二人の語らいシーンが、もうたまらんす…
小説で重要とされる序盤シーンで、ただただ二人がしゃべってるだけなんですよ。なのに、京極堂の含蓄ありまくり名台詞の数々で、あっという間に物語の虜です。
京極堂から放たれるウンチクは、妖怪奇譚や民俗学などの厚みのある知識にも圧倒されますが、さらに量子力学や仮想現実など、現代テクノロジーとの関係性や考察も含めて語られていく。しかも理解がしやすいのがスゴくて、途中よくわからなくなっても、結局最後にはそれなりに腹に落ちるんですよね。
特に、何のために生きているのか、心と脳と意識の違いなどは、ミステリーというより完全に哲学の世界。もうこれ大学の講義ですよね。
徐々に物語の深みに入ってくると、一気に怪奇的で夢うつつな世界に包まれてしまう。映画のように、ぱっとシーンが切り替わって映像が目に浮かぶんですよ。もちろん文章を読んでいるだけなんですけど。
そしてある場面で死の描写がされるのですが、これがリアルで怖かった… 死ぬ瞬間って、こんな感じなんでしょうね。
本作にはいくつか大きな謎がありますが、その中でも私が一番シビレタのは藤野牧朗の行動原理。後半、周囲の衝撃的な事実と、彼の行動原理になったきっかけが明かされていくのですが、これが深すぎるんです。
手塚治虫の火の鳥を読んだ時以来のインパクト。そして、確かに彼の取った行動は正解かもと思ってしまう。こんなカタルシスに浸ったのは久しぶりです。
もちろん他の謎解きも切れ味が鋭いし、意外性も満点だし、納得感も高いし、しっかりミステリーです。伏線なんて、超エグイですよ。すとっーん!と、映像で脳に入ってくるんですよね。めいっぱい楽しませていただきました。
文学性も高く、人生勉強にもなり、エンタメとしてもミステリーとしても高品質。死ぬまでには、シリーズ全部読み切りたいです!
■さいごに
京極堂と関口、冒頭の会話。京極堂は世の中に面白くない本などは存在しないと語る。関口はその考えに納得がいかない。しかし事件が終わった終盤では、関口は漬物や新興宗教の経典など、興味もなかった本を読んで楽しさを知るんです。
何でもない場面のように見えますが、この事件を体験した関口の成長を示唆していると感じました。現実に向き合い、そして我々人間の永遠のテーマともいえる「生きる」ということに対して、前向きに歩き始めている。
何度も何度も、繰り返して読みたくなるような、生命力あふれる作品でした。
- 感想投稿日 : 2023年10月25日
- 読了日 : 2023年10月24日
- 本棚登録日 : 2023年10月24日
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