くまちゃん (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2011年10月28日発売)
3.81
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本棚登録 : 2752
感想 : 247

友達にお勧めして貰った本の1冊。
角田光代さんの本は初めて読んだけど、こう、淡々と今の状況を積み上げていく文章の書き方、結構好きだ。
くまちゃんは短編で成り立っていて、主人公が変わるけど前の話で出てきた人が次に主人公となる構成になっている。

あとがきを読んで、あぁ恋愛と仕事の事を書いてたんだ、なるほどーっと納得。
どの主人公もみんな振られて、恋愛をキッカケに仕事を頑張ったり、辞めたり。そもそも考え方とか、何かしらキッカケを得ていて、人付き合いで変わっていく描写、好きだなーと思っていた。
若い時ほど仕事にしろ恋愛にしろ、全力投球になる瞬間があって、それによって仕事を辞めたり頑張ったり、確かにあるんだろうなぁと思う。

くまちゃん
大学生の時、カラオケに4人で、と入りながら12人で入ったりした、という放埒さを持っていた古平苑子が、社会人となってからも集まる同好会のメンバーとの花見の席でくまちゃんと出会う。
飲みの席ではいつも誰かが知人を連れてきてごった返していたから、その人も誰かの友達なのだと思っていた。
しかしなし崩しに事に及んだ後、連絡を取ろうにも誰も彼のことを知らないことが分かる。
くまちゃんは誰だったのか、妖怪の類かも、と忘れようと思った矢先、彼は戻ってきて一緒に暮らすようになる、という話。

パーカーにくまの絵が描かれているからくまちゃんと呼んでて、本のタイトルでもある「くまちゃん」がそこから来ていることに「あ、なるほど」と妙に納得した。
その時の特徴から呼び名が決まるの、あるよね。
主人公はグズグズだし、そこに現れた男も絶対ろくでもないじゃん、と思えばやっぱりそうで。
それでも彼の話すアーティストの話を訳も分からずうんうん聞いたり幸せそうな暮らしをして、そして呆気なく彼はいなくなってしまう。
しばらくはくまちゃんを探し歩いて、でも見つからない中でようやく彼と再会。
最後にダメダメな彼に吐き出して、何も言わない彼に諦め別れる。
仕事で行ったドイツで、くまちゃんが熱狂していたアーティストの個展を見つけ入ってみると、あのくまがプリントされた服を着たアーティストと出会って言葉を交わし、なんだかスッキリした気持ちで別れる。
最後に『色彩がぐるぐると躍っていた』と表現する文が好き。

アルバイト
海の家のバイトで出会った女性に惹かれて、東京に戻ったら一緒にルームシェアしよう、と持ち掛ける持田英之。
なし崩しにルームシェアは同棲となり、「ずっと夏休みのような暮らしをしたい」2人はうまくやっていた。
彼女はいろんな協定を持ちたがり、その中には「主人公の好きな女優さんと出会って恋に落ちたら別れる。私が好きなバンドマンと恋に落ちたら別れる」というのもあった。
そんな事は起こりえないだろうし、この暮らしを継続するために、バイトを転々としていた彼は正社員としての仕事を探し始める。

前の章で名前は出てたけど、ずっとくまちゃんだったからこの章の彼がそうだと気付くのが遅れた。
同じようにフラフラしている彼女と出会って、くまちゃんは「めんどくさい」ことをしっかり言語化して考えてる彼女に尊敬する。
色んな女の子を転々としていた彼が、初めてちゃんと好きになった女性だった。
くまちゃんと呼んだ前の主人公の事も、彼は既に顔を忘れてるし、その時好いたアーティストの事も忘れてしまったよう。
変わらないと思ったダメダメな男も、恋で変わるんだなぁと興味深く、そして彼がそうしてきたように振られるのが良かった。

勝負恋愛
協定通りくまちゃんと別れ、ずっと好きだったバンドマンと恋人関係になった主人公・岡崎ゆりえ。
奇跡みたいな出来事に浮ついていた気持ちも、2年も経つ頃には落ち着いてくる。
他の女の影は全くなかったものの、姉のような存在という女性が家を訪ねて来ては、自分より彼のスケジュールを把握し、彼女が作っても食べない手料理を持ってくる。
憧れの男と付き合うために、自分が嫌だと思っていたつまらない女に成り下がったことを考える。

許容出来ないようなだらしない男でも、惚れた弱みで自分を殺して一緒に生活していたゆりえ。
今までの中で一番共感出来るなぁ、ずっと好きだった人と付き合えるとなれば、そりゃ自分を殺してでも一緒に生活してしまうだろうなと。
でもゆりえ自身も思ったように、彼女はくまちゃんと一緒の生活が合っていて良かっただろうにと思ってしまう。
世話焼きにきていた姉のような存在の人、本当にただそれだけの関係だとしても、あの世話焼き具合は面倒でイヤだよなぁ。自分の親戚を思い出した。
イタリアン(だったかな)で一人で限界まで食べまくる彼女が、彼女らしさを取り戻していく描写になっていて良かった。

コウモリ
元バンドマンの保土谷撒仁は、落ち目となったアーティストの仕事に見切りをつけながら、別の仕事をこなしていた。
スナックに連れられ全く未来の見えない女を家に泊めるハメになるが、何故か彼女に惹かれてしまう。
しかし彼女は酔っぱらうと記憶をなくし、親しくなったかと思えば離れ、宙ぶらりんのまま家にいつく生活を続ける。

バンドマンとして一度は成功しただけあって、直観や冷静さはあるらしい。かなり面倒くさがりのような性格でロクでもなさそうだ、と思うけど。
出会った女性と付き合うな、と未来が見える、ピンとくると、好きとか愛してるとか言葉を交わさずとも交際がスタートするという。
彼も大分、くまちゃんっぽいなぁ。好きとか思うわけでもなく女性がいてくれて尽くしてくれて、何も変えずに生きていた。
でも彼女と出会ってようやく彼はこの関係はなんなのかと悩んだり、姉のような存在の彼女は自分にとってなんなのかと考えてみたりと成長する。
でもすんなりまた次の女性と付き合って(今度は学習して結婚を申し込まないとって考えてる)普通に生活しているのを、良かったと思えない複雑な気持ちで見ちゃう。
この時ゆりえと出会えたら良かったような、でも地獄になるかなぁ…。

浮き草
劇団員に属して、成功を夢見る片田希麻子。
このままじゃいかん、と勤めてたスナックを無断でやめて住所も変え、エクストラの仕事後の飲みの席で彼と出会う。
人生設計を描きその通り、彼の家に転がり込み仕事を受け持つのだが…。

愛想もなく美人でも可愛いわけでもない、でも男に困らないのはいけるかどうかの判断と、行動を計画しているからだ、という。
酔っぱらうと記憶を忘れる質なのは本当らしく、でも撒仁も付き合うまではしなくても狙ってやってたんだなぁ、やっぱり…。
イラストレーターで成功している男の元に転がり込みながら、周りにいた男との違いを考える。自分と大差なかった、と言っちゃう希麻子に、いや撒仁は成功した男だよ?!と思ってしまった。この男の事を別に好きなわけでもないのに。
彼以外に、18から劇団の団長である黒田と付き合っている希麻子が、18以来本気の恋愛だ!と思うことでようやく黒田や劇団の仕事に見切りをつける。
結局彼とは上手くいかずに終わってしまうけど、男も劇団の仕事もなくても、普通の生活があると思い至った希麻子のラストは良かった。

光の子
イラストレーターとして成功している林久信は昔、おいしい料理を作る文太と出会い衝撃を受ける。
彼の熱意に押されるように自分も目の前の事に必死で手を動かし成功したが、文太はそれとは対照的にどんどん落ちぶれてしまう。
その彼と付き合う女性を紹介されながら、熱海で賄いを作る仕事をする、という文太に、内緒で彼女に会って止めようとする…。

希麻子と付き合って、自分の文太に対する感情は愛や恋に近いのだと悟る。しかし付き合いたいという感情ではないので、恋と呼べるかは分からない。
がむしゃらにずっと文太を目標にしていた彼の、その大きすぎる感情が、文太自身も本当は苦しめてたんじゃないかなぁ。
等身大の今の文太に向き合う彼女・苑子が、最初の主人公だと気付いてビックリした。ま、また夢追い男と付き合ってたの…!今回はうまくいって良かったけど。
やたらとチビでブスで年増だと(胸の内で)悪態つかれていたこともあって、最初の主人公だと全然気づかなかった。
最後の章で最初の主人公に戻ったら面白いなーと思ってたから、ここで戻るとは思わなかった。
盲目的に誰かを崇めるのって、全然接点のない関係ならいいけど、友人や恋人だと歪だなぁ、と思った。

乙女相談室
好きな人ができたと告げられ夫と離婚、数か月過ぎてからふと、これまで付き合った数と振られた数が一致することに気づいてしまった山里こずえ。
何か自分に問題があるのでは、と思っても誰も真剣に取り合ってくれない。そんな中、「乙女相談室」というHPの存在を教えられ、思い切ってその飲み会に参加することに。
振られた女たちが集まり、名前や振られた経験くらいしか知らない繋がりの飲み会は、不思議と心地が良いものだった。

一番まともそうな子がきた、と思ったけど、振られたショックで50万も買い物をして親に泣きついてたりやっぱりまともではなかった。
これまで振った方が主人公となったけど、今回は全然関係ない子が出てきたな、前の章で原点に戻っちゃったもんなーと思ってたら、乙女相談室で3話に出てきたユリアが来た!
彼女が一番好きな主人公だったから、また出てきてくれて嬉しい~!
ずっと好きだったバンドマンと付き合えたことで、やっぱり彼女はその後上手くいかなくなってしまったよう。
しかしずっとつまんない男だ!と思っていたけど、そのつまんなさは自分のものだと気付いてようやく目の前の人と向き合えるようになった、と乙女相談室を卒業していく彼女が見れて良かった。
今回の主人公も、離婚した男と出会ってお茶して、別れ際にようやく踏ん切りがついたような描写でよかった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 面白かった作品
感想投稿日 : 2021年10月14日
読了日 : 2021年10月14日
本棚登録日 : 2021年10月14日

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