裏庭 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2000年12月26日発売)
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かつて英国人一家の別荘だった洋館。近所の子どもたちは塀の穴をくぐり、洋館の庭で遊んでいた。照美もその一人だったが、面倒を見ていた軽い知恵遅れで双子の弟、純が庭の池に落ち、肺炎で亡くなってからは、庭を避けるようになっていた。

純が亡くなり、家族の中で自分の居場所がなくなったと感じた照美は、友達のおじいちゃんの話を聞くことが唯一の楽しみとなっていた。
おじいちゃんはかつて洋館に住んでいた英国人一家のこと、また洋館の「裏庭」での不思議な出来事について話してくれた。「裏庭」とは、死の世界にとても近い場所で、洋館の玄関つきあたりにある大鏡から入っていけるという。

ある時おじいちゃんが倒れた、と聞いた照美は、いてもたってもいられず、洋館の大鏡の前に立つ。すると、どこからともなく声が聞こえ、照美は導かれるように裏庭に足を踏み入れるのだった。

本書は照美と照美の母であるさっちゃんの視点から描いた現実の世界と、照美が裏庭の世界に入り、冒険を繰り広げる異世界の二つのパートに分かれる。
現実の世界では、登場人物の誰もが心の中に喪失を抱えている。純の面倒見役だった照美は純を失った今、自分を家族の中で不必要な人間だと感じている。さっちゃんは純を失った悲しみから立ち直れず、照美に向き合うことができない。また、彼女は自分の母に愛された記憶がないことに苦しんでいる。照美の父は純を失った悲しみを表すことができずに照美やさっちゃんに無関心な対応を取ってしまう。
洋館に住んでいたレイチェルは、裏庭を自由に行き来できる妹のレベッカに対して疎外感を感じ、レベッカの婚約者マーチンは若くして病気で亡くなったレベッカを忘れられない。
皆が傷を守るために心の内を鎧で固めてしまっている。そんな中、照美が裏庭という異世界を旅し、現実の世界へ戻ってくることで、皆が少しずつ心の鎧を脱いでいくのである。

物語はイギリスの児童文学の世界を模したような設定だが、大きく違うのが、本書では子どもの照美だけでなく、母親のさっちゃんの心の内も描き出していることだ。つまりこの物語は、子どもの成長物語というだけではなく、大人が過去の傷を乗り越えるための物語でもある。

裏庭で繰り広げられる冒険ファンタジーは、やや抽象的な寓話を読んでいるようで、どういう意味を持つのかわかりかねるところもあったが、すべての登場人物がつながり、それぞれに再生の兆しが見えるラストは胸を打たれる。

心の中に喪失を抱える人たちに少しだけ癒しを与えてくれる物語。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本の児童文学・SF・ファンタジー
感想投稿日 : 2023年1月6日
読了日 : 2022年5月5日
本棚登録日 : 2023年1月6日

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