「マザリング・サンデー」とは、イギリスのメイドに1年に一度許された里帰りのための休暇の日。本書は、孤児からメイドになったジェーンの、最後のマザリング・サンデーの一日を描いた物語である。
物語は、ジェーンと、近所の「アプリィ家の坊ちゃま」、ポールとの情事後から始まる。22歳にジェーンが最後のマザリング・サンデーを迎えるまで、ポールとの関係は7年間続いた。
家族や使用人が出払い、誰もいないアプリィ邸にジェーンは招待される。勝手口からしか入ったことのない邸宅に正面玄関から迎え入れられ、彼のベッドでひと時を過ごす。お互いに素っ裸でベッドに寝転がり、タバコを吸いながら天井を眺める。
マザリング・サンデーの2週間後、ポールはお金持ちのお嬢様と結婚することになっている。二人の逢瀬はおそらくこれが最後になるだろう。
ポールからは別れの言葉は何もない。ただ、この後婚約者との昼食のため、ホテルに向かわなければいけないことが告げられる。ぐずぐずと、しかし優雅に着替えた彼はジェーンを一人残し去っていく。
本書では、ポールを眺めるジェーンの心の内が詳細に描かれる。彼女は深い哀しみを感じつつも、どこか冷静で客観的である。彼が起きてシャワーを浴び、着替えている間、彼女は一つ一つのしぐさや行為、目に入るものすべてを観察し、言葉に変換する。ジェーンは後に著名な作家となり、この日のことを思い返すが、彼女がなるべくして作家になったことがよくわかる描写である。
彼が去った後、ジェーンは何も身にまとわないまま邸宅を一人歩き回る。この、ある意味傍若無人なふるまいは、ポールへの当てつけのようであり、彼女が誰にも縛られない自由を得た証しのようにも感じられる。
ポールは浪費家のお坊ちゃまで、関係が続いていたら、頭の良いジェーンはいつか彼に飽きていたかもしれない。しかし、彼との永遠の別れの日になった22歳のマザリング・サンデーの一日は、彼女の中で哀しくも美しい思い出として心の中に残り続けることになった。
人生の中で忘れがたい濃密な一日をリアルに、しかし美しく描いた小説。自分が死を意識した時に思い出すのはどんな一日なのか、ふと考えてしまった。
- 感想投稿日 : 2022年2月20日
- 読了日 : 2022年2月12日
- 本棚登録日 : 2022年2月20日
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