宮部みゆきさんの初期のSF歴史ミステリ。
大学の受験に失敗し、予備校を受けるために上京した主人公の孝史は、とある古びたホテルに宿泊する。ホテルの場所にはかつて陸軍大将蒲生憲之の邸宅があり、時折彼の幽霊が現れるとささやかれていた。さらに、ホテルの宿泊客には妙に暗い影を持つ薄気味悪い男もおり、孝史は落ち着かない気持ちで滞在する。
受験を控えた深夜、ホテルが火災に見舞われる。絶体絶命の危機に陥った孝史の前に突然現れたのは例の薄気味悪い男だった。彼は孝史を連れてとある場所へと避難する。その場所とはなんと、昭和11年2月26日の東京都永田町、まさに2.26事件が始まろうとしている時だった。
本書はいわゆるタイムトラベルものである。この手の話では、タイムトラベラーが歴史を変えられる場合とそうでない場合があるが、本書では歴史の大筋は変えられないという設定になっている。例えば、大事故を未然に防いだとしても別の形で同じような大事故が起こってしまう、といった具合である。本書がこの設定を取ることで、物語の中にタイムトラベラーの存在意義についての苦悩が生まれることになる。
本書はまた、主人公孝史の成長ストーリーでもある。受験範囲に含まれない歴史はほとんど知らない現代の青年で、学歴のない田舎育ちの父親のコンプレックスに振り回され、自分に自信を持てずにいた彼が、昭和11年のリアルを体感することにより、一回り大きくなって現代に戻ってくる。実家に戻った彼が父親に掛ける言葉は、彼の成長を感じさせてじんとくる。
さらに、未来を知ることができるなら、その情報をどう使うのか、といったことも、本書の大きなテーマの一つである。大きな歴史は変えられないけれど、自分や近しい人の未来はある程度コントロールできる。大切な人の有利になるように動くのか、あるがままの歴史の流れに委ねるのか。本書には、歴史に対するさまざまな哲学が描かれる。自分なら都合のいいように利用しちゃうかもしれないな、なんて反省しながら読んだ。
文庫本700頁近くの長編ながらミステリの要素で一気に読み進められ、時にほろっとしたり考え込ませられる、内容の濃い小説である。
- 感想投稿日 : 2023年3月1日
- 読了日 : 2023年2月16日
- 本棚登録日 : 2023年3月1日
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