蜘蛛の糸・地獄変 (角川文庫 あ 2-7)

著者 :
  • KADOKAWA (1989年3月20日発売)
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本棚登録 : 1713
感想 : 67
4

新技巧派ならではの表現の癖を感じられて面白い。夢と現実を行き来するような虚構の遊戯性を強調する文体は反自然主義ならではで、どこか童話らしさをも感じさせる。
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①『地獄変』
完全な地獄屏風を完成させるために娘を豪華の炎に追いやる良秀。彼の中に「完璧なる芸術」を希求する欲求と、非人道的な方法で愛娘を美の遂行のために殺してしまう事への葛藤が相剋しており、なかなかに考えさせられる作品。特に炎の描写は圧巻。生きたことのない時代にも関わらず、燃え盛る馬車のイメージがまざまざと浮かんでくる。あっという間に物語に引き込まれてしまった。

地獄変が人々に認められたことで、芸術が道徳を超越したかのように見えたが、結局良秀は自殺してしまった。芸術至上主義へのアンチテーゼとも捉えられつつ、
真の芸術は、死を伴う葛藤の上にようやく実現可能なほど尊いものだと言われているような気もした。

記憶に焼き付く作品。

②『枯野抄』
松尾芭蕉の死を前にした弟子たちの「死」に対する赤裸々な矛盾が語られる。案外、人の死を前にした人間の感情は、利己的な感情や嫌悪感、恐怖など「悲しみ」だけで語れるものではないのかも知れない。芭蕉は夏目漱石をイメージして描かれたものであるという説もあるようだ。漱石というカリスマの呪縛から解放された自分自身と重ね合わせて描かれたのかもしれない。

「自分たちは師匠の最後を悼まずに、師匠を失った自分自身を悼んでいる。ーーそれを非難したところで、本来薄情に出来上がった自分たち人間をどうしようか」

③『邪宋門』
個人的には、人々の信仰心の脆さや危うさを描いていると解釈した。恋愛に対して若殿は、「いつ始まっていつ終わるかだけが気がかり」「始めから捨てられるつもりでいる」と述べている。そして、恋愛も宗教も、ただ世の中の無常から逃れるための救済措置の手段に過ぎない。つまり、恒久な恋愛感情の実現が不可能なように、宗教における信仰心も簡単に捨てられて、乗り換えられていく。という事か?
『奉公人の死』では殉死のようなものを描いていてかなり宗教に対しての信仰が熱い作家なのかと思っていたが、この解釈だと他の作品との調和が取れないか。。?

④『毛利先生』
自己の本質を不器用にしか表現できない人間の哀れを描きながら、それに侮蔑の目を向ける人々の倨傲に、作者の深いため息が聞こえてくるよう。不器用ながらも、自分らしい道を、自分らしく歩む先生の強さに感服。




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感想投稿日 : 2023年9月21日
読了日 : 2023年9月22日
本棚登録日 : 2023年9月21日

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