お菓子とビール (岩波文庫)

  • 岩波書店 (2011年7月16日発売)
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本棚登録 : 620
感想 : 42
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 56歳のモームが、自分の人生を振り返りながら書いたもののようです。他の作品と同様にここでも、モームの鋭い人間観察に基づく皮肉たっぷりで手厳しい人物評が繰り広げられていきます。みんな俗物ばかりで、聖人君子なんて一人も登場しません。そんな登場人物たちの中にあって、とりわけ奔放で不道徳な女性であるロウジーだけが、ひときわ魅力的に描かれています。

 多くの男たちがロウジーを愛し、ロウジーから安らぎを得た。その中にはかつての「僕」も含まれていたが、若く潔癖だったその頃の「僕」は、何人もの男と平気で関係を持つロウジーのことが我慢ならなかった。そこには嫉妬の感情も混ざっていたのだけれど……

 それからずっと時を隔てて、人生の後半を迎えた今となっては、ロウジーのことが「僕」の大切な思い出になっているようです。だから、階級社会の古い道徳観からしか物事を見ることができないロイやエイミがロウジーの悪口をいえば、「僕」は思わず反発してしまうのでしょう。

 語り手の「僕」にせよ読者である私にせよ、ロウジーには何の悪意もなかったのだと信じたいのだけれど、実のところとても理解しがたいロウジーの行為にすっきりしない気分のまま小説が終わってしまうのかと思いました。ところが、エドワード・ドリッフィールドのもとをロウジーが突然に去った事情の全てを最後の章で明らかにすることで、やはりロウジーは素敵な女性だったのだなあと読者に思わせて小説は終わります。さすがモーム、上手いです。

 ところでこの小説のタイトル「お菓子とビール(Cakes and ale)」の意味が気になって、ネットで少し調べてみました。この言葉は「人生の快楽」、「浮き世の楽しみ」といった意味で、シェイクスピアの「十二夜」の中の「Dost thou think, because thou art virtuous, there shall be no more cakes and ale?(あなたが高潔ぶりたいからって、浮世の楽しみまであっちゃいけないというのかい?)」という台詞に由来するもののようです。古い価値観に囚われて他者の生き方にまで口をはさもうとする人たちに対する皮肉を込めて、作者はこのタイトルを選んだのかもしれません。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 海外文学
感想投稿日 : 2018年10月22日
読了日 : 2018年10月21日
本棚登録日 : 2019年12月27日

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