三幕の殺人 (ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 9)

  • 早川書房 (2003年10月15日発売)
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2

ポアロシリーズ9作目。1935年の作品。

タイトルの通り「第一幕」「第二幕」「第三幕」と舞台のような章立てになっており、最初のページには劇場のプログラムのように
〈演出〉
チャールズ・カートライト
〈演出助手〉
サータスウェイト
ハーミオン・リットン・ゴア
〈衣装〉
アンブロジン商会
〈照明〉
エルキュール・ポアロ
と書かれている。

物語を進行するのは、元俳優チャールズ、演劇パトロンのサータスウェイト、若い娘リットン・ゴアの3人で、殺人事件の調査をしたり、聞き込みをするのもこの3人。物語の3分の2くらいまでポアロはほとんど登場せず、完全な脇役。

三人称視点の文章がややわかりづらく、チャールズとサータスウェイトもキャラ的に区別がつきにくいので、今、誰の視点で物語が語られてるのか判別しにくい。これはある意味アンフェアな構成。

54歳のチャールズと、20代前半のエッグのラブロマンスは若いころの私なら「キモっ」と思ったんでしょうけど、今は人によってはそのくらいの歳の差カップルもありえるでしょうと思えるようになりました。(男闘呼組みたいにイケオジな54歳もいるし、チャールズは元俳優のハンサムで金持ちだし、夢中になる若い女の子がいてもおかしくない設定。)

それよりもチャールズの秘書ミス・ミルレーに対する描写がひどい。
「驚くほど不美人で長身の女」とか「あの手合いの女性には、そもそも母親などいるものか。発電機からいつのまにやら発生したに決まっている」、「あれはとても顔と呼べる代物ではない」、「ぼくは自分の秘書には、とびきりの不器量を選ぶことにしている」、「ヴァイオレットとは!ミス・ミルレーにはひどく不似合いな名前だ、と、チャールズは思った。」
……あんまりじゃないですか。

第一幕のチャールズの別荘があるのがコーンウォールのルーマス地方、第二幕の現場がヨークシャー、ポアロたちが休暇に訪れているのがモンテカルロ、そしてロンドンにも家があったり、ホテル・リッツに滞在していたり、みなさんどれだけ金持ちなんだ。

貧しい上流婦人らしいレディ・メアリーにしても「ドレスデンのティー・カップ」に「色あせたチンツ」の居間ですよ。

ポアロが自分の過去について語っているのも興味深く、金持ちになって毎日が休暇なのに「楽しくない」と言っているのがなかなか意味深。

以下はモンテカルロでポアロが聞いた親子の会話ですが、私的には殺人事件よりもこの場面が衝撃的でした。

「マミー、何かすることないの?」イギリス人の子供がいった。
「いいこと」母親はたしなめるようにいった。「外国に来て、こんなに気持ちいい日向ぼっこができるなんてすてきでしょう?」
「うん、でも何もすることがないんだもん」
「駆けまわるなりして、遊んでなさい。海でも見にいったら」

「海をみてきたわ、マミー。次は何をすればいいの?」


以下、引用。

18
「でも、冗談は別として、トリー、彼女の顔をよく見たかい? 目がふたつ、口がひとつ、確かについているが、あれはとても顔と呼べる代物ではない──女性の顔とはね。このあたりで一番の噂好きのおばさんでも、あの顔と浮いた話を結びつけることなんてありえないよ」

48
教会は聖パウロの伝統に凝り固まっています──まったくのところ、教会はめちゃくちゃ──でもキリスト教そのものは正しいんです。それだからわたしはオリヴァーのように共産主義者にはなれない。実際には、どちらの信念もいっていることはほとんど同じで、すべての人が物をわかちあい、共有するべきだといっているわけだけれど。

52
「男性が恋愛を経験するのはいいことですわ。同性愛者や何かでない証拠ですもの」

67
『殿方は追いかけられるのがお嫌いよ。女性はいつも殿方を走らせるようにしなくては』

86
「それに若い女性、それはいつも感動的です」

88
「おわかりのように、わたしは子供のころ貧乏でした。兄弟が大勢いました。自分の力でなんとかやってゆかねばならなかったのですよ。そこで警察に入り、一生懸命に働きました。昇進し、名を揚げたのです。国際的名声を得るようになりました。そして、引退しました。やがて戦争が起きました。わたしは負傷しました。悲しい疲れはてた難民として、イギリスに来ました。ある親切なレディがわたしによくしてくれました。彼女は亡くなりました──自然な死ではなくて、殺されたのです。ああ、わたしは自分の才知を働かせました。小さな灰色の脳細胞を使ったのです。犯人を見つけました。そして自分の役目がまだ終わっていないのに気づいたのです。
それから、わたしの第二の人生がはじまったのです、つまりイギリスで、私立探偵の人生が。
わたしは金持ちになりました。ある日、わたしは自分にいったものです、そのうち必要な金はすべて手に入る、そのうち夢のすべてを実現する、と」

89
「いいですか、夢が実現する日に用心なさい。わたしたちのそばにいるあの小さな女の子、あの子も外国に行ってみたいと夢見ていたに違いありません。胸をときめかせ、あらゆるものがどんなに違うだろうかとわくわくしていた。わかりますか?」

123
「特に目立つ特徴はなかったかな? 傷痕とか? 指が曲がっているとか? 痣とか?」チャールズが訊いた。
「あら、ええ、そういうのは何もございませんでした」
「探偵小説は人生になんと優ることか」チャールズはため息をついた。「小説では、いつも何か目立つ特徴があるんだが」

139
現実より探偵小説のほうがうまくできている

195
サータスウェイトはドレスデンのティーカップで中国茶を飲み、驚くほど小さなサンドウィッチをつまみ、おしゃべりをした。

200
それはたぶん、熱烈なロマンスではなかったが、レディ・メアリーの居間のいくらか色あせたチンツと上質で薄手の磁器のかもしだす雰囲気の中では、すてきなロマンスに聞こえた。

「わたくしはほんとに愚かな娘でしたの──若い娘というのは愚かなものですのよ、サータスウェイトさん。自分に自信があり、自分が一番正しいと思い込んでいるのです。」

271
「ヴィクトリア中期のおしとやかな女性たちにショックを与えるなんて、できないことですもの。彼女たちは口には出さないけれど、いつでも最悪の場合を考えているから…」

316
巨大な団子のように白くてぷよぷよしたミセス・ミルレーは、窓際に置かれた肘掛け椅子におさまっていた。外の世界で起きていることを眺めるのにちょうど良い場所だ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: クリスティー
感想投稿日 : 2023年10月10日
読了日 : 2023年10月9日
本棚登録日 : 2023年10月9日

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