話の終わり

  • 作品社 (2010年11月30日発売)
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感想 : 26
4

 この本はかなりいい。他人が書いたとりとめもない日記を延々読んでいるような気分。物事の捉え方とか言葉の選び方の点で自分と重なるところが多くて、十秒に一回くらい禿同した。眠れない夜とかに永遠に読みたい感じ。

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p.16
 そのとき彼と何を話したのかは覚えていない。もっともあの頃の私は、初対面に近い人に会うと、いろいろな雑念に気を取られて話の内容はまるで記憶に残らなかった。話しているあいだ自分の服や髪が変でないかと気になったし、立ち方や歩き方、首と頭の角度、足の位置までもが気になった。(中略)そういったことを考えるので手いっぱいで、相手の言ったことは、それに返事をするあいだは覚えているが、それ以上は考えないので、あとまで記憶に残らなかった。
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 と、途中までは思っていたのだけれど。途中までは。

 主人公は30代半ばの女性。教え子で12歳年下の大学生と出逢ってすぐ互いに惹かれ合い、その日のうちに恋人関係になる。しかしこの女性なかなかの情緒不安定。一緒に過ごしているときは彼を鬱陶しく感じてぞんざいに扱い、離れていれば会いたくてたまらなくなって彼の姿を探し求めて闇雲に街を彷徨う。一人で文章を書いたり読書したりして過ごすのが好きな彼女と、社交的で友人が多い彼。いつしかすれ違いが続くようになり、彼女が旅に出たことをきっかけに二人の関係は終焉を迎える。ここまではよくある話。

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p.25
 まだ何ひとつ始まっていなかったあの時間こそが、ある意味では最良の時だったのかもしれない。二本めのビールを開けたとき、私たちは秋の終わりから冬にかけて起こったその後のすべての出来事もいっしょに開けてしまった。けれどもまだ二本めを開けずに座っていたあの島のような時間には、幸福だけが二人の目の前にあって、二本めを開けないかぎり、それは始まらずにいつまでもそこにあった。
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 この本の醍醐味はその後、一人になった彼女が異常なまでの彼への執着を見せる展開。職場へ押しかけ、行きつけのスーパーで待ち伏せをし、パーティに誘い、彼が新たな恋人と住む家へ夜中に偵察に行き、あたかもそれが自分の使命であるかのごとく執拗に付け回す。友人たちとは疎遠になり、孤独を深め完全なるストーカーと化した彼女の奇行の数々が、感情を排除したフラットな語り口で淡々と語られるのが非常に不気味でシュール。え、なんか変なことしてます私?っていうテンション。

 ひとつ解せない、というか逆にそれもそれで男女関係の「リアル」なのかもしれないなあと感じたのは、彼女のストーカー行為の数々に気付きながらも彼がこれっぽっちも嫌がっていない点。新しい恋人が居ながら思わせぶりな態度を続け、まだ一筋の希望があるような素振りを見せ続ける。待ち伏せしていた彼女の車に普通に乗るし、車内で肩は抱くし、家に入るし、家に入れる。うーん、ここまで奇々怪界なラブストーリー、読んだことがない、、、

 作品の終盤、ある程度諦めがつき冷静さを取り戻してきたように見える彼女が語る「書くこと」の意味付けにはとても共感した。ある種の自浄作用のような。その紙の上に怒りとか虚しさとか苦しみとかそういう負の感情を全て置いてくるつもりで書くのだけれど、書いているうちに精神がどんどんマイナスな方向に行ってしまって、結局本末転倒ということも多々ある。書くと残るしね。時間が風化してくれることも文字にしてしまうとずっと消えないからいいのか悪いのかわからない。それでも書く。そうするしかないから。

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p.226
 まず最初に怒りがあり、ついで悲しみが膨らんでいき、あまりに悲しみが大きくなると一部だけでも書き留められないかと考える。そして気持ちなり記憶なりを正確に書き留めることができると、しばしば胸の中に穏やかな気分が広がった。書くときには細心の注意を払う必要があった。うんと丁寧に書くのでなければ、悲しみをその中に移すことができなかった。私は激しさと用心深さを同時に備えて書いた。書いていると、身内に力がみなぎってきた。一パラグラフ、また一パラグラフと前のめりになって書くうちに、自分はいまとても価値あるものを書いているのだという気がしてきた。だが書くのをやめて頭を上げると力の感覚は消え、つい今しがた書いたものに何の価値も感じられなくなった。
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 起こったことも感じたこともひとつも漏らさずにとにかく全部書く、という執念と狂気を感じた作品だった。眠れない夜とかに永遠に読みたくはないわ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年1月27日
読了日 : 2022年1月27日
本棚登録日 : 2022年1月27日

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